第15話 王子と婚約者は密談をする・後編
ディアナの顔に急速に血が上り、真っ赤になったのが自分でもわかりました。今まで微笑みを絶やさなかった王子もギョッとした顔を見せます。しかし彼女は右手の拳を握りしめたまま、カンサイ弁で続けました。
「カンサイの全ての商売人を纏めとる家の
人差し指を伸ばします。
「
ディアナの啖呵に特別室は一瞬静まり返りました。ややあって、呆気にとられていたエドワード王子も徐々に微笑みを取り戻し、口を開きます。
「……あ、ああ、そうだな……では」
「カァーカァー」
突如として部屋の外からカラスの鳴き声とバサバサとした羽音が聞こえました。王子の顔に緊張が走ります。
「……これは縁起が悪い。今日の話はまた今度の機会にしよう。いいな? ディアナ」
「
標準語に戻したディアナが答えた後、激しいノックとフェリアの声、それに護衛の怒った声が聞こえてきました。
「エド様? エド様! いらっしゃるんでしょう? 開けてください!」
「ハニトラ男爵令嬢、お
その姿は扉に阻まれ見えなくとも、声の調子で護衛が必死に止めているのが目に浮かぶようです。王子は小さく声を発しました。
「セオ」
「は。アキンドー公爵令嬢殿、カレン殿、どうぞこちらに」
セオドアは二人を特別室の隣の部屋へ続くドアへ誘います。
「控えの間です。申し訳ありませんが、こちらからお帰りください。……それと」
王子の従者は、その黒い目を三日月のように細くして囁きました。
「殿下のお心をご理解下さいました事、深く感謝致します」
二人が控えの間に通され、背後のドアがパタリと静かに閉まったその直後。向こうのドアが開け放たれる音とフェリアの「エド様! 今度のパーティーで……」という大きく、しかし甘い声が隣の部屋から聞こえました。が、それ以上は細かく聞き取れません。
ディアナ達は控えの間のドアを開けそっと廊下に出ました。特別室の前にいる護衛がこちらをチラと見たようですが特に何も言いません。二人はそのまま遠回りして学園を抜け出し、人目を避けるように公爵家の馬車に乗りました。
「…………ぷっ」
馬車の中、それまでずっと無言でいたカレンが突然吹き出します。
「……何よ」
「ぷぷっ、だってお嬢……お嬢が慰謝料の事を話した時、拳を握ってたんでしょう?」
カレンからはほぼ王子の手元しか見えなかった筈です。が、背を向けていたディアナが何をしたのかは予想がついたようです。
「そうよ。何かおもろい?」
「いつもとあべこべやないですか! カンサイ弁で話してるのに嘘をついてるなんて!!」
「……しゃーないの! 指を出したり引っ込めたりしながら咄嗟に誰かに聞かれても問題ない嘘ついて……カレンかて、こないだキャパオーバーしてカンサイ弁で喋ってたやんか!!」
唯でさえ今までエドワード王子との対話に慣れていなかったのに加え、今回は王子に本当の事を訊ねてはいけないのであろうと思われる状況で、ディアナにはああするのが精一杯だったのです。
しかし婚約者に向かってカンサイ弁で、しかもよりによって慰謝料の話をするという自らの行為を思い出したディアナは恥ずかしさのあまり顔を両手にうずめます。
「もう
「……ぷぷぷ。まぁええんと違いますか? どうせ婚約を続けていればいつかはバレたんでしょうし……それに、多分大丈夫でしょう。殿下もああ仰ってましたし」
「カレン……私、殿下が何を言いたいんか、完全にはわからんかったの。婚約破棄は嘘ってことやろ……?」
「おや、そうですか。『フェリアさんを怪しいと思うてる、婚約破棄は本気じゃない、信じて欲しい』って言うてましたわ」
「一番最初の『この数日で奇妙な事を……』って言うてたのは?」
「……」
「……カレン?」
ディアナはおそるおそる両手を顔から外します。そこには真面目なカレンの顔がありました。
「それは急を要さない件です。今度、直接エドワード王子殿下に確認してください」
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