第12話 公爵令嬢の夢の中・後編

 エドワード王子も吃驚して目を丸くしています。しかしディアナはそれには気を配らず、カンサイ弁でまくし立てました。


「私は施しを受けたいんやのうて、将来自分で稼げるようになりたいねん! もちろん自分でも勉強はしとるけど、この国の王子様なら最高の教育を受けられるんやろ? だったらどんなん見てんのか知りたいやんか。ケチケチせんとちょお見せてや!」


「……あ、ああ?……いいぞ」


 王子は半ば呆然としつつも、既に読み終わり傍らに積んでいた本のひとつを手渡します。ディアナはふん! と鼻を鳴らして椅子にちょこんと腰掛け、本を読み始めます。が、暫くするとプルプルと小さく震え始めました。


「なんだ? 読めないのか?」


 王子は問いながらもその答えを自分の中で見つけています。


(……まあ当然だな。同い年のヘリオスすら、かなり知識は持っていたが僕についてくる事はできなかった。さらに彼の妹の年となれば、文字が読めてもこの本の内容はまだわからないだろう)


「……っ!」


 しかしディアナは顔を赤くして大きな目で王子を睨みました。年齢の事など関係なく悔しさを募らせているようです。そうした後、再び本に視線を落とすとページを素早くっていきます。


「…………ここ! ここは読める!」


「ふうん? どこだ?」


「"この国が統一されたのは、約150年前。それまでは幾つかの小国が覇権を争っていた。他国に攻めいられたバクフ王国が機転を利かせて返り討ちにし、それをきっかけに周りの国と同盟を組んで戦い、徐々に大国になっていった。そして150年前の東西の決戦が勃発する。"」


「ほう」


「"西の大国であったカンサイ国に勝利した東のバクフ王国は、カンサイ王を、"……う???」


 詰まったディアナをフォローする王子。


「"蟄居ちっきょ"だ。隠居させ、住まいから出られなくする。幽閉よりは優しい扱いだ」


 ディアナはちょっとだけ口をとがらせましたが、王子のフォローを素直に受け取ります。


「…………"蟄居させ、その姫を腹心の部下の妻として娶らせ、部下にカンサイ地方を治めさせた。カンサイ国と同盟を組んだり、ギリギリでバクフ王を裏切った小国の王族や貴族達は殆どが幽閉されるか、その領地を取り上げられ外様とざま貴族として辺境の各地へ送られた。"」


「ふむ……よく読めてるな。だがこれは君の先祖のことだ。当時のバクフ王の腹心の部下というのが王の末弟であり初代アキンドー公爵でもあるから、君にはバクフ王家と元カンサイ国王家の血が流れている。だからこれを知っていても不思議ではないな?」


「むぅ……」


 意地悪そうに言う王子の態度が癪に障り、次のページを急いで確認するディアナ。


「……ここも読めるわ! "当時は常にどこかの国が争いを起こしていた為、国民からの納税は殆どが麦をはじめとした食料であった。その税を使って兵糧とする事が多かった為である。国が統一され、平和が続くようになると食料以外の物を納める者が増えた。特に人気が出たのは少量で持ち運びが可能で莫大な価値を生む金銀宝石である。"―――つまり税に金銀が採用され、金貨や銀貨等が造られるようになったって事やろ?」


「……なるほど。金を稼ぎたいと言うだけあって、それに絡む話も強いんだな。大したものだ」


 エドワード王子はその翠の目を初めてにこやかに細めてディアナを見ました。


「ディアナとか言ったな。その本はお前にやる。次に会うことがあれば、その時にもう少し本の内容について話ができるように読んでおけ」


「えっ!」


 ディアナはその本を抱きしめ、瞳をキラキラさせて王子にお礼を言います。


「ホンマにええの? ありがとう!! ケチとか言うて悪かったわ!」


(                  )

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    O

   O

  ゜


 窓から眩しい朝日が差し込み、小鳥のさえずりが遠くから聞こえます。

 彼女の長い銀の睫が震え、ゆっくりと目蓋が開きました。


「―――――――?」


 ディアナは寝床から身を起こし、額に手を当て首を振ります。


(何の夢か思い出せん……なんか、小さい頃の夢やったと思うけど……大事なような、思い出したらアカンような……)


 彼女が首を振るたび、その銀の糸のような髪がさらりと小さな音を立てました。


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