第50話 【閑話】キャンピングカーに乗った異世界人①
狩猟祭を翌日に控え世界各地から多くの人たちがこの王都ミストレアに集まって来ていた。見た事のない種族や珍しい品を持った商人、そして各地で活躍する料理人に頑固そうな職人気質の鍛冶師などが、狩猟際を盛り上げるべく正門からミストレア城へと続く通りに露店を出し明日の準備を始めていた。
かく言う俺も、本来であれば明日の狩猟際に向け準備に追われているところではあるのだが、スキルで店をそのまま移動させられるため本日も普段と変わりなく商業ギルドの敷地にて通常営業をさせてもらっていた。
「ますたぁ聞きましたですか!? 明日のシュリョーサイには串焼き屋さんやお肉料理やお魚料理のお店屋さんもたくさん出ますですよ!!」
「そうなのか? でも町中に魔物を放つんだろ? 危なくないのか?」
今回の狩猟際はギルドの昇級試験も兼ねているため例年より討伐レベルの高い凶暴で獰猛な魔物を放つと聞いていた俺は内心不安だった。だが、そんな俺の不安をライラが一笑に付す。
「心配することないわよマスターさん。狩猟際が行われている間は町中にある家や建物には結界が張られるんだもの」
ヴィエラが俺の不安を払拭するように笑いながら教えてくれた。
「うむ、ヴィエラ殿の言う通りだ。基本的に冒険者たちの狩りは結界の外で行われるのでな、王都の住人達は安全なのだ」
「それに結界は王都守護術師と呼ばれる一流の法術師たちによって構成されているの。だから万が一にも結界を破られるなんてことはないから安心していいわよ」
「・・・・まぁ、お二人がそう言うなら」
ライラとヴィエラの説明を聞いて安心する俺を、ニナが不満そうにぷくーっと自分の頬を膨らませて見ていた。
「どうしたんだニナ?」
「私もいますですよ!! ライラちゃんとヴィエラちゃんだけじゃないのです。私もますたぁを守りますですから!!!」
「あぁ、そうだな。何かあったら頼むよ」
俺はそう言うとニナの頭を優しく撫でる。ニナは俺の言葉に満足し嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らしていたが、俺としては10歳の子供に守ってもらうというのは少し情けない感じがして複雑な気持ちになった。
────まぁ、いざとなったらニナ連れて店内に逃げ込めばいい。
そんな不安を抱きながら皆で明日の狩猟際の話をしていると、店の外から車のエンジンのような音が聞こえてきた。俺が店のホールにある窓から外を見ると、キャンピングカーがキッという音を立て店の前に止まったのが目に入った。
────この異世界でキャンピングカー?
キャンピングカーの扉が開くと犬人族と思われる女の子と見た事もない種族の子供(?)の2人降りてきた。車から降りて来た2人が辺りをキョロキョロと見回していると、次に65から70歳くらいと思われる女性と年齢的にはライラやヴィエラたちと同じくらいと思われるどこか高貴な雰囲気を漂わせた金髪の綺麗な女性が降りてきた。
「なにアレ!?」
紅茶を飲もうと手に持ったカップを口に近づけたヴィエラが驚いて立ち上がる。
「新手のテイマー(魔物使い)であろうか? だが、あのような鉄でできた大きな魔物など見た事がない」
ライラが腰に差した剣の柄に右手を当て臨戦態勢に入るとニナも慌てて外を警戒する。
外では何やら犬人族の女の子と見知らぬ種族の男の子(?)がお婆さんに注意を受けているようだった。男の子は全身が体毛で覆われており例えるなら二足歩行で歩く犬といった感じの獣人だが、あのようなタイプの獣人を俺は見たことなかった。
「あの犬人族の女の子といるのは魔族、もしくは魔物の類であろうか?」
ライラが二足歩行犬を見てより一層警戒を強めていると、キャンピングカーから更に2人の男が降りて来た。一人は10代後半から20代といった感じでもう一人は俺と同い年くらい、キャンピングカーの運転手をしていた男だった。
運転手の男は全員がキャンピングカーから降りたことを確認すると、キャンピングカーに手を当てその場から消してしまった────どうなっているんだ?
運転手の男を先頭に6人は真っ直ぐ俺の店へと向かうと『営業中』という札がかけられた扉を開け店内へと入って来た。わけのわからない連中だが俺の店に入れたということは悪意などはないのだろう。それがわかったため、ライラたち3人も警戒を解き席に戻った。
であれば、俺がやるべきことは一つだ。
「いらっしゃいませ。6名様ですか?」
俺は彼らのリーダーと思われる運転手の男に声をかけた。すると、運転手の男の両サイドで男と手をつないでいた獣人の子供たちが運転手の男に代わり返事をした。
「ハイなのです。ミーコたちは6人なのです!」
「オイラたち狩猟祭ってのが見たくてはるばる違う世界から来たんだぜ」
この二足歩行犬が言った『違う世界』というのは地球の事だろう。だが、地球に獣人という種族はいなかったはずだが・・・・。次に、どこか高貴な雰囲気が漂うウェーブのかかった金髪女性が俺たち3人に頭を下げて挨拶をする。
「お騒がせしてもうしわけありません。私たちは狩猟祭を見にミストレアへと赴いたのですが、リーダーであるミナミヤにどうしてもこの『こぉひぃしょっぷ』なる店に立ち寄りたいと懇願されてしまい急遽立ち寄らせてもらったのです」
俺は女の言葉を聞いて確信した────運転手は間違いなく日本人だ。
「とりあえず皆さん、そちらのテーブルにどうぞ」
俺は6人をホールの円卓テーブルへと誘導する。彼らが席に着いたのを確認すると、ニナが6人分のレモン水が入ったコップとピッチャー、そして店のメニューをお盆に乗せ持っていった。
「なぁマスター、アンタも日本人なんだろ?」
突然俺にそう聞いてきたのは、20代前半くらいと思われる男だった。男は自分をレオンと名乗ったが、どう見ても日本人である彼の名がレオンというのは些か違和感を感じた。
「違うのデスよ! 田吾作は田吾作なのデス!! 田吾作、ウソはいけないのデス!!!」
犬人族の女の子が即否定する。レオン・・・・いや、田吾作も慌てて犬人族の女の子の言葉を否定し「自分をレオンだ」などと言い張ったのだが、俺の「田吾作様も日本人なのでしょうか?」という一言で観念したのか、ガックリと肩を落とし自分が田吾作であることを認めることとなった。
「ニホンジン? ニホンジンとはなんなのだ、マスター殿?」
ライラが不思議そうな顔で俺を見る。ヴィエラは俺の正体に気づいていたのか田吾作から出た『日本人』という言葉を聞いても顔色一つ変えることなく優雅に紅茶を飲んでいた。ちなみにニナはというと、メモ紙とペンを持ち今や遅しと彼らの注文を待っていた。
「ライラさんには言ってなかったですね。俺、実はこの世界とは違う世界からやってきたんです」
「なんと!? ではこのタゴサク殿の言う『ニホン』というのは・・・・」
「・・・・いや、レオン」
「はい、俺が元いた世界です」
田吾作は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。どうやら自分の本名が俺たちにバレてしまったことが気に入らなかったようだ。
(田吾作、いいじゃないか! 立派な農民になれそうな名前だ)
そう思ったが本人に言うのは止めておく。名前が気に入らない彼にとっては何が地雷となるかわからなかったためだ。
そして、俺が異世界人だと知ったライラや他の2人も俺の出自についてはそれほど驚かなかった。どうやらこの世界には俺のような異世界から来た者たちがいるようで、それほど珍しいことではないとのことだ。
それから俺たちは互いに自己紹介をした。
まず、運転手兼リーダーである彼は『ミナミヤシンゴ』というらしい。彼は日本にいる時に念願のキャンピングカーを買い旅に出た矢先に異世界へと転移させられてしまったようだ。
彼は「いつか自分を異世界なんかに送り込んだ奴を見つけ出してケツを蹴っ飛ばしてやる」と息巻いていた。
次に田吾作は21歳で日本にいた時は大学生だったらしい。アニメや漫画、それにライトノベルが好きなオタクだったようで、彼の異世界知識にはリーダーである真吾も助けられたと言っていたが、子供たちからは少し小バカにされている感じに俺には見えた。
そして次に子供たちが自己紹介をした。犬人族と思われた女の子は自分たちのいた世界では『犬耳族』という種族らしく、元々孤児で2足歩行犬の子供と共に路上生活をしていたところをミナミヤリーダーに助けられ仲間になったらしい。
そして俺やライラたち3人が一番興味を持っていた二足歩行の喋る犬君の番となった。彼の名は『レオ』というらしく、自分たちがいた世界では『獣魔人族』という種族らしい。獣魔人族は先祖に魔族がいた種族らしく彼らの世界では酷い迫害を受けていると言っていた。
「カワイソウなのです。レオ君がイジメられるのはイヤなのですよ、ますたぁ」
自分と似た境遇にいるレオを心配したニナが泣きそうな声で俺に訴える。だがレオはそんなニナに笑顔で首を横に振った。
「いや、いいんだ。オイラはいずれS級冒険者になってオイラの世界の皆に認められて仲良しになる。そのために今はリジィおばさんに鍛えてもらっているんだから」
「エスキュー冒険者ですますか?」
ニナが聞いたことない言葉に不思議そうに首を傾げていると犬耳族のミーコが慌ててレオとニナの会話に割って入った。
「ミーコも! ミーコもS級冒険者目指しているのデスよ!! ミーコもリジィみたいなS級冒険者になるのデス!!!」
よくわからないが、レオとミーコは冒険者として出世するために毎日頑張っているようだ。言葉使いだけでなく、そんな頑張り屋なところもニナとミーコは似ているようだ。
世界は違えど獣人に対する差別というのは大なり小なりあるようで、ニナもミーコたちもそんな世界に不満を言うことなく少しでも自分を高めようと努力している姿は大人の俺が見ても尊敬せざるを得ない。
「じゃあ、次はアタシの番だね」
そう言うと、杖を持った老女が俺たちの方へゆっくりと目をやる。
すると次の瞬間、カウンター内で立って仕事をしていた俺はストンと尻もちをついてその場に座り込んでしまい、ライラやヴィエラの2人は全身から汗が噴き出しており本人たちも気づかないうちに戦闘態勢の構えを取っていた。
────なんだこのババア!?
その場に座り込んでしまった俺はすぐさま立ち上がろうとしたが上手く立ち上がれない。
「この御仁、とんでもない手練れだ」
「えぇ、おそらく私たち以上ね・・・・」
軽快する俺やライラたちに向けたのは『威圧』というスキルらしく、実力差がある者であれば威圧を向けられただけで気絶してしまうようだ。そしてこのババア・・・・いや、この女性がレオやミーコたちの師であるリジィという者らしい。
「すまなかったね、私はリジィという元冒険者で今はこの子たちの師匠だ。よろしく頼むよ」
そう言って俺たちに向けた威圧を解くとライラとヴィエラも警戒を解いた。どうやらリジィが威圧を向けたの俺とライラ、そしてヴィエラの3人にのみだったようでニナには今何が起きていたのかわからず困惑していた。
「・・・・まったく、世の中というのは広いな。この高みに来てまだ上がいるとは思わなんだ」
「本当ね。私は冒険者を副業でやってるけど、ここまで力の差を見せつけられたのは初めてだわ」
「いやいや、アンタたちもたいしたもんさね。こっちの世界にいたらS級冒険者の称号は確実だろうね」
「「 S級冒険者(なのです)!? 」」
リジィから出た『S級冒険者』という言葉にレオとミーコが反応する。
「へぇ~、ネェちゃんたちスゲェ冒険者だったんだな!」
「スゴイのデス。2人とリジィはミーコの憧れなのデスよ!! 今度お手合わせしたいのデス!!」
レオとミーコから向けられる尊敬の眼差しにライラとヴィエラも満更ではなさそうだ。そんな4人を見たニナがライラとヴィエラの間に入り2人の手を握る。
「わ、私も冒険者なのですよ」
ライラとヴィエラの2人と仲良くしているレオとミーコを見ていてヤキモチを妬いたニナはレオとミーコの2人に負けじと自分をアピールする。
「じゃあオイラたちとニナは冒険者仲間だな!!」
「そうなのデス。ミーコもニナと冒険者仲間になるのデス」
「え、仲間なりますですか?」
「おう、オイラたちと一緒に頑張ろうぜニナ!!」
「頑張りますです!! 私も今以上に頑張りますですよ!!」
「ミーコもニナやレオには負けないのデス!!」
どうやらニナにまた友達ができたようでよかった。俺がほっこりして3人を見ていると、最後となった綺麗な金髪の女性が立ち上がり自己紹介を始めた。どうやら彼女はミレーユという名前らしく、あまり大っぴらにできる身分の者ではないとかで自己紹介は名前だけ名乗るとニナに紅茶とオススメの甘味を注文し椅子に腰を下ろした。
同郷の仲間と出会え気を良くした俺は、それからしばらくミナミヤ&田吾作の2人と共に日本を懐かしみ語り合った。
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