第39話 早朝の来訪者

 次の日の朝、俺は寝ている部屋のドアをドンドンと激しく叩く音で目が覚める。何事かと眠い目を擦りながら寝グセでぼさぼさの頭をボリボリかきながら慌ててドアを開けるとニナが立っていた。ニナは昨日、疲れもあってか早めの就寝となったため今朝はこの店の誰よりも早く目が覚めたようだ。


「どうしたんだ、こんな朝早くから」


「お客さんが来ちゃいましたです。ますたぁ、ダイシキュー飲み物とすいーつをお願いしますですよ」


「はぁ??? だってまだ店を開けるような時間じゃ・・・・」


そう言うと俺は寝坊してしまったのか思い慌てて部屋についている窓から外を見る。だが外は霧が出ておりまだ日も登っていないため薄っすらと明るい早朝の様相を呈していた。


こんな朝っぱらから非常識にも程があると思いながらも俺は身だしなみを整え制服に着替えるとカウンター内にあるスタッフルームの扉を開け客が待っている店のホールへと顔を出した。


「お待たせして申し訳ございません」


「いえ、こちらこそこんな早朝からごめんなさいね」


カウンター席でニナが出したであろうお茶を飲んでいるのは豪華なドレスに身を包んだ10代後半から20代前半の綺麗というよりは可愛らしいといった感じの女の子だった。この子がこんな早朝から来店した理由はわからないが、まず間違いなく俺の目の前にいるこの娘が貴族であることは俺もニナもすぐにわかった。


「あの・・・・それで今日はどういったご用件で?」


俺が恐る恐る尋ねると、派手なドレスを着た娘は手に持ったカップをテーブルに置き俺を見た。


「要件というほどの事ではありません。私はただ客として来店しただけですので」


「失礼ですが高貴な方とお見受けしますが・・・・そのような方がなぜ私のような者がやる店に?」


「え!? ワタクシはタ、タダの旅人デスノヨ?」


娘はメチャクチャ動揺している。そんな豪華なドレスを着て旅をする奴なんかいるものかと言ってやりたいところではあるが、不敬罪などと言われしょっぴかれてもバカバカしいので笑ってその場はやり過ごす。俺はニナに小声でライラを起こしてくるようにと言うとニナはコクリと頷き駆け足でライラが寝ている部屋へと向かった。



「よろしければこちらもどうぞ」


「これは・・・・菓子のようだけれど見たことありませんね」


「はい、こちらは水ようかんという菓子でございます」


俺は皿の上に乗った2切れの水ようかんを小さいフォークと一緒に娘の前に出すと、彼女は何やら訝しげに水ようかんを眺めていた。コーヒーもそうだがやはり黒い食べ物というのは警戒されてしまうのだろう。初めて目にするものとなれば尚更だ。


俺はもう1枚皿を用意するとその皿の上に水ようかんを出し娘の目の前で水ようかんを摘まんで口に入れた。


「うん、美味い!」


水ようかんを美味そうに食べる俺を見て安心したのか、娘も俺の真似をして皿の上の水ようかんを人差し指と親指で1つ摘まむとゆっくり自分の口へと運んだ。


「!?」


「いかがでしょうか?」


「悔しいけど美味しいわ」


「ありがとうございます」


『悔しい』の意味はわからないが娘は水ようかんが気に入ったようで皿の上に乗っているもう一切れもペロリと食べてしまうとおかわりを要求した。


「さすが噂の甘味屋だわ。この国一番の菓子を振舞うという噂は本当だったみたいね」


「は? 噂?? え???」


娘が言うには、『俺の店では見た事もない異国の菓子を食べる事ができ、その出される菓子を食べた者はもはや他の菓子を受け付けなくなってしまう』などという噂が流れているのだとか。


また俺の店は客を選ぶため、店主が気に入らない客にはコーヒーというどす黒く苦い泥水のような飲み物を出し店から叩き出されるのだとも噂されているとも言っていた。コーヒー専門店のはずの俺の店が今や甘味屋として知れ渡っているだけでなく、メインのコーヒーを罰ゲームのように扱われているのは本当に心外だ。


そもそも俺が客を選んだことなど一度も無い。



「これだけのものを出す店なのに客を選び、挙句、気に入らない客には泥水を振舞うというのは残念に思います」


    ────そんな噂を信じるアナタの方こそ残念だ。


「ノブレスオブリージュという言葉はご存じでしょうか?」


「はぁ・・・・」


「私たち王族はノブレスオブリージュの精神のもと日々国の民に尽くしております。それが王族の義務であり矜持だと思っているからです」


   ─────ちょっと待て!!


「アナタも甘味屋としての義務や矜持というものがあるのではないでしょうか?」


「あの・・・・今何とおっしゃいました?」


「ですから、甘味屋としての義務と矜持が・・・・」


「いえ、そうではなく・・・・その前」


「私たち王族はノブレスオブリージュ・・・・」


そこまで言うと娘はハッと我に返る。本人としては身分を隠していたつもりだったようだが、まさに今自分の口から自分の正体を言ってしまったのである。それから数秒間、俺と王族の娘が沈黙しているとスッタフルームからライラとニナが出て来た。


「え、姫様!?」


「あら、ライラ様。こちらにいらしたのですか」


どうやらこの娘はこの国の王女様のようだ。俺は早朝から自分の理解を超える事が起こりすぎて冷静を装いながらも頭の中では軽いパニックを起こしていた。

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