第30話 ご近所トラブル

 次の日の朝、俺の店の前には人区に住む村人数人が集まっていた。この世界にはノックという文化がないのか村人たちは玄関のドアノブをガチャガチャと荒々しく回しているが悪意を持った者は俺の店に入れないため彼らはいつまでも開かない玄関の扉と数十分間戦っていた。



「おい、よそ者!! 中にいるんだろ!?!? 出てこい!!!」     

  ――――いかにもアブなそうな連中に出てこいと言われて行くわけないだろ。


「テメェら誰に許可を得てここで商売してやがるんだ!?」

   ―――――誰にも何も商業ギルドに許可を貰ったはずだ。


「出てこねぇとこの扉ぶっ壊すぞ!!」

   ―――――やれるものならやってみろ!!


と、こんな感じで戦闘力ゼロの俺は彼らの挑発に乗ることなく店内で目覚めのコーヒーを作り外で騒いでいる村人たちを他人事のようにホールの窓から眺めながらコーヒーを啜っていた。


朝早い事もあってライラやヴィエラはまだ夢の中のため、今の俺に取れる選択肢は無視の一択だ。


 それにしても、外で喚き散らしている村人たちを見ていると日本にいた時に動物園で見た猿山の猿たちを思い出す。彼らも動物園の客を威嚇したりエサを強請ったりと様々だったが今店の外で騒いでいる連中よりはまだ行儀が良かったように思えるのは気のせいだろうか?


連中は俺を刺したトムだかスミスだかって名前の男の事で俺に文句を言いに来たようだ。俺が刺された後、犯人の男はライラたちによって取り押さえられ王都に護送されて行ったらしい。その時に怒り心頭のライラは戦神ライラの名前を使いこの男が極刑に処されるよう護送のためにやって来た王都の兵士に頼んだのだとか。


俺も詳しい事はよくわかっていないのだが、どうやらライラにはこの国の王族と繋がりがあるようで王都から犯人を護送するためにやって来た兵はライラからの要望を2つ返事で受けたようだ。


そのため俺を刺した男は王都に着き次第極刑となることが確定したようで、それに怒った人区の村人たちが文句を言うため朝早くから俺の店へとやって来て今に至る。



「おい店主! お前人族の癖に獣人に肩入れするだけじゃ飽き足らず俺たちの仲間まで殺す気なのか!? 恥を知れ!!」


「そうだ、恥を知れ!!」


「いつまでも出てこねぇとこの店ごとぶっ壊してやるからな!!」


「さっさと出てこい、獣人に味方する恥知らずの人モドキが!!!」


「テメェんとこの獣人のガキ共々無事にこの村を出れると思うなよ!?」



俺は好き勝手怒鳴り散らしている村人たちにいいかげん呆れていた。これではこの村にコーヒーを広めるという俺の目的も頓挫しそうだ。それでは10日もこの場所を借りた意味も無くなってしまう。そんなことを考えていると、見るからに屈強そうな獣人たちを引き連れピピアが店の前で騒ぐ村人たちの前に現れた。



「な、なんだテメェらは?」


人区から来た村人が獣人たちの先頭に立つピピアを威嚇するように睨みつけながら言うがピピアも他の獣人たちも意にも介さないといった感じでフンッと鼻を鳴らすと人区の男たちに告げる。


「ここは獣区、獣人の縄張りだぜ? 人区の奴らが勝手に入って来るのはご法度でしょう? それとも何か? アンタらは獣区の獣人たちと戦争でも始める気なんですか?」


ピピアのドスのきいた言葉に人区の村人たちは硬直し、さっきまでの勢いはすっかり影を潜めてしまっていた。人区の村人たちはよく「獣人共なんか追い出してしまえ」などと言ってはいるが、実際は自分が先頭に立って獣人たちを排斥するといったことは誰一人としてしないようだ。


気に食わない相手がいても自分から喧嘩を売るような真似はしたくない、というのは俺も日本ではその他大勢に混じって生きていた小市民の一人なのでよく理解できる。



「ちっ、 獣風情が調子に乗りやがって・・・・」


「・・・・この村は俺たち人族の村なんだぞ」



そう言うと人区の村人たちはそそくさと人区の方へと去っていった。さっきまで俺の店の前で怒りに任せて叫んでいた声よりピピアたちに詰め寄られ逃げる際に放った捨て台詞は俺の耳にはかなり小さく聞こえたのはツッコまないでいてあげよう。

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