第12話 お別れのスイーツ

 何時間戦っていたのだろう、スタンピードという魔物たちの暴動を制圧し終えた頃には薄っすらと夜が明け始めていた。 戦いに参加した多くの冒険者や兵士たちがエゼルバラルの町を守るために犠牲となったが、ギルドマスターはこれでも今回の被害は今までで一番少ないと言っていた。それもこのセーフティハウスが最前線に設置できたことが大きいのだと言っていたが俺としては複雑な心境だ。


まず、ここはただの喫茶店であってセーフティハウスなどではない。それでも人命や町の命運がかかっているからと言われれば協力しないわけにもいかないのだが、負傷した兵士や冒険者を治療するために使わせた俺やニナの寝室兼休憩所の部屋はあちらこちらに血痕が飛び散りちょっとした事件現場のようになってしまっていた。


     ――――――やれやれ、これは大掃除が必要だ。


 

 そして魔物たちを殲滅しスタンピードを食い止めると、生き残った冒険者たちは魔物の耳やら角やら魔核やらといった素材を回収し始めていた。今回の報酬とは別に魔物から取れる素材もギルドが買い取ってくれるらしく冒険者たちはせっせと魔物の解体作業を始めている。


さっきまで店の中で薬師やヒーラーたちの補助をしていたニナも、店の外で死んだ魔物から素材を回収している冒険者たちの姿を見ると慌ててマントを羽織りヴィエラから貰ったダガーナイフを手に持って回収作業をしている冒険者たちの所へと走って行った。まだ子供のニナに解体作業なんてものができるのかと俺は少し心配になったが、普段ライラと共に冒険者として活動していることもあってかニナも魔物の解体はお手のものといった感じで手際よく素材回収をしていた。


 素材を回収し終わった冒険者たちに俺はコーヒー(砂糖とミルク付)をふるまった。最初こそ見慣れない黒い飲み物に警戒した冒険者たちではあったが、毒味も兼ねて彼らの目の前で俺がコーヒーを啜ると、冒険者たちも俺の真似をして恐る恐るコーヒーを啜っていた。


砂糖やミルクを添えて出したことが良かったのか、コーヒーに対する反応は概ね好意的だった。中には砂糖もミルクも使わずに飲み、案の定、口の中のコーヒーを吐き出した輩もいたが、コーヒーの香りを楽しみながら飲むような『逸材』もいたため個人的には満足だ。



「マスター殿、無事だったか!!」


俺が冒険者たちにコーヒー(コーヒーが飲めない者にはお茶)をふるまっていると、後ろから俺を呼ぶ声がした。振り返ると、そこにいたのはライラとヴィエラの姿だった。どうやら彼女たちは一番危険な魔物たちの発生源であるダンジョンへと行き戦っていたようだ。


『戦神』などという二つ名を持つライラが強いのは知っていたが、どうやらこのヴィエラもタダ者ではないようだ。2人とも服が少し汚れたくらいでケガ一つ負うことなくケロッとして帰って来た。


「おお、戦神と鮮血が戻って来たぞ!!」


「ご無事でなによりです、戦神様! そして鮮血様!!」


「な、なぁ・・・・俺あの2人に憧れて冒険者になったんだ! 握手とかしてもらったりできないかな?」


「バカね! アンタなんか相手にもされないわよ!!」


ライラとヴィエラの姿を見た冒険者たちが色めき立ち歓声をあげる。まるで日本にいた時にテレビなんかで見た優勝した野球チームの凱旋パレードのようだった。俺はスターの凱旋パレードの邪魔にならないように俺に向かって手を振る2人にむけて軽く会釈だけした。


それにしても『鮮血』とは物騒な二つ名だ。


「マスター殿、パンケーキはあるだろうか!? もう腹と背中がくっつきそうなのだ!!」


「私はいつものセットをお願いね!  ・・・・・いや、今回は紅茶じゃなくコーヒーとセットで頼もうかしら? タルトも追加でね」


「ふふっ やはり疲れた時はマスター殿の店の甘味を食べるにかぎるなヴィエラ殿」


「ええ。でも最近少し太ってきちゃったから甘味も気を付けて食べなきゃ・・・・」


そんなことを言いながらライラとヴィエラは2人の無事の帰還を喜び群がる冒険者たちを押しのけると小走りに俺の店へと入って行った。そんな2人の姿を見たニナもライラとヴィエラの後を追うように店へと戻って来た。


「お、おい・・・・あの戦神ライラと鮮血のヴィエラが甘味屋の店へと入って行ったぞ?」


「なんだあの店は? あの2人が贔屓にしてる店なのか?」


「そういえば、以前あの店の前を通った時に2人が甘味屋の店から出てくるのを見た事あるわ!!」


「お、俺もだ! あの2人が出てくるところを何回か見たことあるぞ!!」


「戦神と鮮血が贔屓にする店か・・・・」


冒険者たちはお互い顔を見合わせると何かを決心したように全員が頷き、一斉に俺の店へとなだれ込んで来た。ライラとヴィエラにパンケーキとガトーショコラのセットをふるまった俺は自分でも飲むためコーヒーを作り、ニナはライラたちと一緒にいつものカウンター席に座りオレンジジュースを飲んでいたのだが、店になだれ込んで来た冒険者たちに対応するため俺もニナも飲んでる手を止め仕事モードへと切り替えることとなった。



「おい甘味屋、俺にも戦神と鮮血が食べているものをくれ!!」


「こっちもだ甘味屋!!」


「甘味屋さん私にはライラ様と同じのちょうだい!!」


「私はヴィエラ様と同じやつと、あの猫人族の子供が飲んでるものを貰えるかしら? 甘味屋さん、急いでね」


「おい甘味屋、俺の席がないぞ!!」


「甘味屋、腹減ったぞ!!!」



 店の中はなだれ込んで来た冒険者たちで一気に賑わった。あれだけの死者を出した戦いの後だというのに盛り上がっている冒険者たちを見て少し薄情にも思えたが、そうではなかった。彼ら冒険者は常に死と隣り合わせの生活をしており、依頼で仲間が死ぬなんてことは日常茶飯事だ。そしてそんな彼らの流儀は死んでいった仲間たちを盛大に送り出すため、そして生き残った者たちは生きている事を喜びあうために宴を開くのだとか。


本来であれば報酬を受け取った後、冒険者たちが集まって酒場で盛大にやるようだがライラやヴィエラという町の有名人が俺の店に入っていくのを見て俺の店が冒険者たちの興味を引いたようで俺の店で盛大な宴が開かれることとなった。


ライラやヴィエラもいつの間にか後ろで盛り上がっている冒険者たちの席へ行き弔いの宴に参加していた。そして初めて見るそんな冒険者たちの姿に少し戸惑いながらも食べ物を運んだり接客をしているニナの手を筋肉粒々の冒険者と黒いローブを着てとんがり帽子をかぶっている女冒険者が後ろから引っ張った。


「わわわっ!!」


手を引っ張られたニナはバランスを崩して後ろに倒れそうになったが、筋肉冒険者がちょうど倒れ込むニナの尻の下に椅子を出して受け止める。


「嬢ちゃんも冒険者だろ? だったら一緒に死んだ冒険者仲間を弔ってやってくれ」


「え? でも私、魔物と戦ってませんですよ・・・・」


申し訳なさそうに俯くニナを見た筋肉冒険者の男がニカッと笑うと、黒いローブを着た女冒険者が無言でニナの目の前に先ほど筋肉男が追加注文したパンケーキと紅茶を出した。


「食い物も茶も口付けてねぇから安心して食ってくれ!」


「で、でも・・・・」


「いいか嬢ちゃん! 魔物と戦うだけが冒険者の仕事じゃねえぞ? こんな最前線でヒーラーたちの補佐をした嬢ちゃんはもう立派な冒険者で俺たちの仲間なんだ!!」


その言葉に今まで張りつめていたニナの緊張の糸が切れたのか、ニナは声を出して泣いた。スタンピードなどという魔物たちの大暴動を食い止めるためとはいえ、間違いなく世界最弱の頼りない俺なんかと共に最前線へ行った事が怖かったのか、あるいは今回の戦いで顔見知りだった冒険者仲間が死んでしまった事が悲しかったのか、はたまた無事スタンピードを乗り越えて安心したのか、もしくは俺の店に集まった冒険者たちに仲間と認められたことが嬉しかったのか、理由は俺にもわからない。


ライラに抱きつき顔をうずめて大声で泣いているニナをライラとヴィエラがよく頑張ったと労い頭を撫でる。そして筋肉冒険者をはじめとした多くの冒険者たちもそんなニナに優しく笑いながら話しかけ宥めていた。


この世界にはニナのような獣人に対して差別や偏見があり、以前ライラはニナのような獣人でありながら奴隷でもあった者は更に酷い扱いを受けると言っていた。だが、どうやらニナは平気そうだ。


きっとこの町でも、冒険者になったばかりの頃は獣人であり奴隷でもあったニナの扱いは酷いものだったはずだ。だが、そんな境遇にも負けずニナは持ち前の頑張りで人知れず努力したのだ。そしてそんな直向きなニナを他の冒険者たちも次第に認めていったのだろう、俺はそんなニナが自分のことのように誇らしく感じた。



「おい甘味屋! こっちに何か甘味を出せ!! コーヒーってのが苦いせいで涙が出てきて止まらねぇ!!!」


「こっちもだ!!」


「私にもちょうだい!!」



冒険者たちもニナ同様にいろいろな思いを持って戦っていたに違いない。さっきまで盛大なスイーツパーティをしていたはずの冒険者たちが静かになり、ニナの涙に貰い泣きしたのか泣き出す者も出てきた。


このままお開きになるかと思いきや、その後もまた冒険者たちの宴は飲むわ食うわ歌うわの大騒ぎが続いた。俺はそんな冒険者たちから入った注文を順に捌きながらスイーツとコーヒーや紅茶でよくここまで盛り上がれるものだと半ば呆れながらも感心していた。


冒険者たちの胃袋は底なしなのか注文の声はいつまでも止むことなく続き、結局冒険者ギルドが開く時間まで俺の店で飲み食いした後、ギルドが開くとライラやヴィエラ、そしてニナ以外の冒険者たちは報酬を受け取るためギルドへと向かい、弔いの宴は解散となった。




この状況で言う事でもないかもしれないが、一つだけ強く言いたい。


   ―――――うちの店も俺の名前も『甘味屋』ではないのだ、と。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る