第3話 迷子の迷子の・・・・

 ドンッ!! ガラガラ・・・・ ガシャン!!!


 朝、俺が寝ていた部屋の外、つまり店のホールから凄い音とともに女の「キャァ!!」という甲高い悲鳴のような声が聞こえ俺は目を覚ました。


   ――――――泥棒か!?


内心そのまま声の主が出て行ってくれるまで寝室に鍵かけて籠っていたかったが店内を荒らされたらたまったものではないと思い、俺は意を決し寝室とホールをつなぐ扉のドアノブを恐る恐る握った。


こんなことなら昨日のうちに木の棒か何か武器になるものでも寝室に置いておくべきだったと今更ながら後悔する。俺は身を屈めてそっと扉を開けると、店のカウンターの中で食器類が入っている棚を物色している女の子と目が合ってしまった。


「あわわわ、どちらの誰様ですか!?」


それはこっちのセリフだというツッコミはこの際いいだろう。それ以上にこの女の子自体がツッコミ所満載でいろいろとおかしかった。まず顔や体は俺と同じ人間なのだが頭に猫の耳を付けており尻からは尻尾が出ている。以前、同僚に連れて行かれたメイド喫茶の店員も猫耳をつけていたことがあったがそういうのではなく頭から猫の耳が生えているのだ。


「キミは一体誰でここで何をしているんだい? ここは俺の自宅兼店なんだけど・・・」


女の子は見た感じから小学生くらいだろうと推測し俺はなるべく怖がらせないように柔らかい口調を心掛け話しかけてみた。


元の世界では子供どころか結婚もしていなかったので子供の気持ちなどよくわからないが、こんなところで見ず知らずの男と2人っきりというシチュエーションは子供にとって恐怖でしかないはずだ。



「お、お腹が空いて・・・・道が魔物が迷って067番がいなくて馬車もいなくなっててそれでそれで・・・・えと、えっと・・・一人ぼっちになりましたです」


   ―――――うん、腹が減っていたってことしかわからない。


カウンターの中を見ると数枚皿とコーヒーカップが割れているのが目に入った。おそらく店内を物色して食料を探したのだろうが俺はまだ買い出しもしておらずこの店に子供が食べられるような食料は用意していなかった。


否、自分用にとスキルでカップラーメンを出しておいたのだが、おそらくこの子には食べ方がわからなかったのだろう。


カップラーメンはカウンターの外に無造作に転がっている。


どうやら俺のスキルは店に必要な物、つまり俺がこの喫茶店をやっていくうえで必要と判断されたものを出してくれるようだ。店をやるには食べることが必要、つまりカップラーメンは店に必要と俺のスキルは判断したのではないだろうか。


まぁ実際のところはどうなのかわからないが都合のいいように解釈をして無理矢理自分を納得させた。


   ――――知らないうちに勝手に異世界に飛ばされたのだ、そのくらいサービスしてくれてもバチは当たらないぞジイさん!!


そんなことより今は目の前の女の子のことを解決するのが先だ。俺は女の子の目線に自分の目線を合わせるように膝を折ると元々低い声を少し高くするよう意識し笑顔でできる限り優しく女の子に話しかけた。



「俺も今起きたばかりでこれから朝食にしようと思うんだけど、よかったらお嬢ちゃんも食べてくか?」


俺のその言葉を聞くと女の子はさっきまで俯いて泣きそうだった顔が一瞬パァッと笑顔になったがすぐにまた俯いてしまった。


「どうした? 食べないのか?」


「わたし、お金持ってない・・・・です。」


「はっはっは、お金なんていいよ。俺はただの喫茶店のマスターであって料理人じゃないんだから素人の俺が作る飯なんかで金は取らないよ」


「・・・・ますたぁ? きっさてん??」


女の子は不思議そうに俺を見ている。この子のこのリアクションから察するにこの世界にはコーヒーどころか喫茶店なんてもの自体ないのかもしれない。


「まぁ、兎にも角にも金は取らないけどどうする? 食べるか?」


「うん!!! あ、、、はい!!」


なにやら言葉がたどたどしい。慣れない敬語を頑張って使っている感じに見えるがこんな小さな子にもかなり躾の厳しい家なのだろうか?

人様の家の事情を詮索するのはよくないと思い俺は「よしっ!」と笑顔で言うと女の子の頭を撫で朝食の準備を始める事にした。


さっき女の子にも言ったが俺はプロの料理人ではないので朝食も簡単なものしか作れない。メニューはスクランブルエッグにウインナーとミニトマトを添えたサラダとベーコン、そしてスキルで出したス〇ャータのコンポタを温めカップに注ぎ、主食はまたまたスキルを使い出したバターロール。


材料はもちろん、すべてスキルで出したものだ。


こっちの世界に来てからスキルに頼りっぱなしだが、こっちの世界で暮らしている人たちが当たり前のように扱っているという剣や魔法も使えなければこの世界の常識すらわからない、俺はコーヒーを淹れることだけが取り柄の男なのだ。このくらいは許してほしい。


本来、俺としては朝は米がいいのだがここは異世界、こっちの世界で米を食う習慣がなかったらこの子を戸惑わせてしまうかもしれないと思い一応主食はパンにしてはみたのだが女の子はバターロールのパンを不思議そうに見つめている。


もしやこちらでも米が主食でパンという物を食べる習慣はなかったのか? とも思ったがどうやらそうではないらしい。女の子はテーブルに置かれたバスケットの中のパンを目を輝かせて凝視している。


   ―――――そんなに腹が減ってたのか?


そこまで腹が減っているのなら待たせるのも可哀想だと思い、俺は朝食が用意された店のテーブルに向かい合わせに椅子を2つ出し座ると女の子も慌てて俺の向かいの椅子に座った。


「んじゃ食べようか。いただきます!!」


そう言って俺はフォークを手に取りスクランブルエッグを食べようとしたが女の子は食事に手を付けず自分の胸に手を当てて目を瞑っていた。


「じゅーしん様、今日も生きるカテをありがとうございます。」


何かの宗教だろうか? 突然のことだったので何故か俺もやらなきゃまずいと思い慌てて握っていたフォークを置き女の子を真似ながら胸に手を置き訳も分からず「ジュ、ジューシーサマ、今日のメシをありがとう」と言うと俺を見た女の子は「ふふふ」と笑っていた。


最初の頃より大分緊張が解れたみたいでよかった。


お祈りのようなことが終わると女の子はバスケットの中のパンを取り手触りを楽しんでいた。人差し指と親指でパンを揉んだり千切ってパンの中を覗き込んだりとまるでパンを初めて見るかのように扱っていた。


「パンが珍しいの?」


「ううん、違うの。こんな柔らかいパンは初めてだから・・・です」


「いつも食べてるパンは違うのかい?」


「う・・・はい。パンなんてあんまり食べられないけど、パンは黒くて固いんだよ・・・です」


女の子がパンを不思議そうに見ていたのはどうやらパンの質の違いに困惑していたようだ。もしこっちの世界にパンを食べる文化がないか、もしくは宗教上の理由とかで食べられないならスキルを使いレンジで温めて食べれるご飯を出してやるつもりではいたがどうやら違ったようだ。


だが、パンはあまり食べられないというのは気になる。こっちの世界ではパンというものは贅沢品なのだろうか。


「お父さんやお母さんはパンを買ってくれたりしないの?」


「私、パパもママもいないから・・・・です」


やっちまった!! 


まだ日本にいる感覚が抜けていなかったのかもしれない。このくらいの年の子なら両親がいて学校に通って友達と毎日日が暮れるまで遊んで・・・・なんてのが普通なのだと思い込んでいた。


ここは異世界、日本の常識は捨てなければいけない。


「じゃあ今は親戚の人の家とかに住んでるの?」


「ううん、私ソレニアの町の商人さんの奴隷だから・・・・あ、、、奴隷です」


そう言うと女の子は上を向き自分の首につけられている輪のような物を俺に見せた。女の子が言うにはその首につけられたものは奴隷の首輪という物らしく、奴隷が逆らったり主人に危害を加えようとすると首輪が締まり奴隷は死んでしまうらしい。


「は・・・・?」


言葉が出なかった。親のいない孤児とかそういう子たちは日本にもいたが奴隷というのは衝撃的だったのだ。そもそもこんな小さい子を奴隷にした挙句こんな物騒な首輪をつけてまでその商人は何がしたいんだ。


俺はこの世界の薄気味悪さと胸糞悪さが相まって少し腹が立ってきた。だが相手は子供なのだ、その主人である商人もめったなことはしないだろう。奴隷といってもきっと昔でいう丁稚奉公のようなものなのかもしれない。


きっとそうだ!!


俺は思い切って女の子に奴隷は普段どんなことをさせられているのかと聞いてみた。するとこの子のような子供の奴隷は荷運びや買い出しに掃除などをやらされたりしているようで思ったよりは普通の仕事で、やはり昔の丁稚奉公みたいなものかと安心したのだがそれも束の間だった。


子供といえども奴隷は言う事を聞かなかったり仕事でミスをしたり敬語を使わなかったりすると地下の牢に連れて行かれムチで折檻をされるらしい。あのたどたどしい敬語はそんな過酷な環境の中で生きていくためにこの子が必死で覚えたようだ。


話題を変えよう。これ以上は聞くのが怖いし聞いたところできっと俺にできることなどない。


「ところでその耳と尻尾って・・・・君は一体?」


「私は獣人、猫人族のニナだよです。」


そういえば、そんな『人』もいるとジイさんからの手紙にも書いてあったなと今更思い出す。


「あぁそれと、俺と話す時は無理に敬語はいらないよ。話しやすいように話してくれればいいから」


俺がそう言うとニナは戸惑っていた。どうやら相当酷い目にあったのか敬語を使わずに話すのを極端に怖がっているように俺には見えた。できることならその鬼畜商人からニナを解放してやりたいが・・・・。


「その主人はどうしたんだ? ここまで来るのに一緒じゃなかったのか?」


「ご主人様は私と一緒だったです。でも途中でわいばーんに襲われて死んじゃった・・・ましたです。馬車にいたニナのお友達の奴隷の067番もお馬さんと一緒にわいばーんに食べられちゃったです」


なんかどんどん言葉がおかしくなっていってるような気がするが、あえてツッコまないでおいてやろう。


「ワイバーンってなんなんだ?」


「ワイバーンはお空を飛んでいる魔物だよ・・・です。空からいきなり降って来てニナや067番を襲ったの・・・・です」


どうやら067番というのはニナと一緒にいた奴隷らしい。ニナから聞いた話を要約すると、ニナは主人である鬼畜商人の行商にその067番の子や護衛に雇った数人の冒険者たちと出かけていたところをワイバーンという魔物に襲われ一行は全滅させられてしまったが、小柄なニナだけは木々に身を隠し命からがらここまで逃げて来たようだ。


なぜ町に戻らず反対方向であるここまで登って来たのかと俺はニナに聞く。無我夢中で逃げたにしても町へ向かった方がいいだろうにと不思議に思って聞いたのだが、ニナは突然大粒の涙を流し泣き出してしまった。


どうやら主人が魔物に殺されてしまった奴隷が一人で町に戻ると『主人を見捨てた』もしくは『主人をおとりにした』と見做されてしまい処刑されてしまうのだとか。


異世界に飛ばされいきなり狼たちに殺されそうになはなったものの念願の喫茶店を開けると思いウキウキしていた俺だったが、一気に現実に戻された感じがした。これだけ便利なスキルを貰い店まで手に入れておいてこんなこと言うとそれこそバチがあたりそうだが思わずにはいられない。




   ―――――マジでふざけんなよ、クソジジイ!!!

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