第11章「生け贄」(1)
アマトの力が最も強く反映される場所。
東の都は、高天原に近い、聖域であった。
白を基調とした美しい街並み。円形の建物がひしめき合って建っている。
「綺麗な町だなあ。」
「ミナトは、ここへは初めて来たの?」
「ああ。ここは海の国っつっても、姉上の町みてーな所だしな。」
「良かった…ミナトが来てたら、どんな悪戯されてたか分からないもの。」
「何ですぐそーなんだよ!俺は人間には悪戯しねーよ!」
「そうだったかしら?」
「過ぎたことをぐだぐだ言うなって!」
「おいおい、こんな所でケンカするなって。」
シーロンがたしなめた。
ミナトたちの大声を聞きつけたのか、兵士風の鎧を着た者が二人近付いて来た。
「何者だ!?」
「んっ?俺たちは怪しいモンじゃねーぞ。」
兵士たちは、ミナトたちの容姿を見ると、はっとして顔を見合わせ、その場に平伏した。
「し、失礼しました。神様であらせられたとは…。お許し下さい。」
「別にいいよ。オロチ騒ぎで、敏感になってんだろ。」
「はい。…我々はこの都の警備兵でございます。魔物が侵入しないよう、常に見張っているのです。」
「ここにも魔物が入って来んのか?」
「いえ…。おそらく、アマト様のご威光のためか、今の所魔物はこの都には入ってきておりません。ありがたいことです。」
「姉上の力か…。」
しかし、兵士以外の人々の姿はどこにもなかった。
いつもなら、人々で賑わっている町の中央広場にも、誰もいなかった。
皆、暗闇の恐怖に怯え、家の中に閉じこもっていた。
「これじゃ情報も何も聞き出せないじゃん。」
「あの…神様方はここへ何を…。」
兵士の男が尋ねた。
「オロチを退治しに来たんだ。何かオロチについて知ってたら教えてほしいんだ。」
「オロチを…退治する…?」
「ああ。俺は神なんだ。だからオロチを退治出来る。」
「オロチを退治…ですか…?」
兵士の二人は顔を見合わせ、何か不思議そうな顔をしていた。
「それなら、この都の長老にお会いして話を聞くのがよろしいかと。」
「分かった。ありがとう。」
教えられた長老の家は、都の中央部から外れた所にぽつんとあった。小さな家だった。
「すいませーん。」
ミナトは扉を叩いた。
「どうぞお入り下さい。」
中から老人の声がしたので、ミナトたちは家の中に入った。
ミナトたちを見ると、家の中にいた老人は椅子からゆっくりと立ち上がり、平伏した。中肉中背で、白髪と白髭が目立ち、どことなく威厳の漂う老人だった。
「私は、この都の長老。つまり、一番の年寄りで物知りというわけです…。」
長老は微笑んだ。
「俺たちは、オロチについて聞きたいんだ。」
「オロチが出没したのは一週間ほど前。この付近の湖に突然姿を現し、人間を襲って食べたのです。オロチはさすがにこの都の中にまでは入り込めないようです。生き残って逃げて来た者の話では、オロチは巨大な蛇のような姿をしていて、山ほどもあるかというくらいの大きさだったということです。又、目は恐ろしく赤くて、八つの頭と八本の尾を持っていたと。古い文献にあった通りの姿ですな。」
「でかいんだな…。」
ミナトが呟いた。
「オロチって、湖に棲んでるのか?」
「いえ…古文書によると、オロチは昔、地底深くに眠っていたということです。それが何かのきっかけで、地上に姿を現すようになったのでしょう…。」
「地底か…。」
シーロンが呟いた。
「…あの事件があってから、すぐに、この都の勇者がオロチを退治するといって、一人で湖へ向かいました。しかし、未だに帰って来ません…。彼は私たちの希望だったのですが…。」
「何!?人間のくせにオロチを退治出来ると思ってんのか!?」
「彼は特別な戦士なのです。英雄です。アマト様から人間界に授けられた宝剣で、彼は幾多の悪魔や魔物を退治してくれました。ですから、彼ならオロチを倒せると…希望を託したのです。」
「人間にも、そんな奴がいるんだな…。」
ちょっと悔しそうな顔で、ミナトは言った。
「それで、生け贄にされた人間というのは…。」
シーロンが言った。
「都で一番若く美しい娘…ルナが選ばれました。彼女は嫌がることもなく、生け贄を引き受けてくれた勇気ある娘です。彼女は今、最後のときまで家族と共に過ごすことだけを望んでいます。」
「そのルナさんという娘さんに会わせてもらえますか?」
「何故でしょう…?」
「まだ、死ぬと決まったわけではありません。我々に任せて下さい。きっと娘さんは救ってみせます。」
「それは…どういうことですか?」
「生け贄を差し出しても、解決にはならないということです。」
シーロンが言った。
「しかし…これは神様からの直々のお言葉に従って行っていることです。」
「その言葉が、間違いだとしたら…?おかしいとは思いませんか?」
「…それは…確かに初めは神様のお言葉かと…正直疑ってしまったのですが…。」
長老は渋い顔をして言った。
「その言葉は間違ってる!俺だって神だけど、んなこと絶対おかしいよ!神がそんなこと言う訳ねー!」
ミナトは怒ってドンと机を叩いた。
「…では、あなた方にお任せしましょう…。本当は誰も、生け贄など望んでいないのですから…。」
長老は、複雑な顔で言った。
「ただ、今回のことは他の者には秘密にして頂きたい。皆の不安を煽ることになりかねないですし…。中には、生け贄を捧げることで救われると安心しきっている者もいるのですから…。神様方は、他の者には儀式を見届けに来られたということにさせて頂きます。よろしいですね?」
ミナトたちは頷いた。
そして今度は、生け贄とされた少女の家へ向かった。ごく普通の白い丸型の屋根の家。
「あなた方は…もしや…神様?」
生け贄の少女、ルナは、雪のように白い顔に大きな黒い瞳をした美しい少女だった。長い黒髪を頭頂部で二つに分けて結んでいて、華奢な体に白い服を着ていた。
「ああ。お前を生け贄から助けてやるよ。」
「ああ!神様!どんなにそれがありがたいお言葉でしょう!」
娘の両親が泣きついてきた。
「でも私は生け贄になることを決めたんです。それで皆が助かるのなら。」
ルナはきっぱりと言った。
「だから、俺たちがオロチを倒す!そうすればお前も皆も助かる。」
「では何故、神様は生け贄を要求してきたのですか?」
「それは、狂ってるからさ!」
「え…?」
「…とまあそれは置いといて…俺たちは勝手にオロチを退治に来たんだ。そんな生け贄の要求になんて従うことはない。黙って俺たちに任せるんだ。」
ミナトは胸を張って言った。
「でも、もし神様に逆らったら、どうなるか…。」
ルナは不安げにミナトを見つめた。
「俺だって神だぜ。俺に逆らったら、どうなるか…。」
「お前、神なのか!?」
そこへ、小さな男の子が奥から出てきた。
「頼む!姉ちゃんを助けて!」
男の子はミナトにしがみついてきた。
「な、何だよ!?」
「お願いだ!姉ちゃんが生け贄になるなんてやだ!助けてよ!」
「ヒオキ!その方は神様よ!」
ルナがヒオキをミナトから引き剝がした。
「だからお願いするんだ!きっと、生け贄なんて言った神様は悪い奴なんだ!兄ちゃんたちがいい神様だったら、あんなこと言わないだろ!だから頼むよ!姉ちゃんを助けて!」
「ああ!そうだ。生け贄なんてのは悪い奴が言ったことだ。そんなことは絶対にさせない。俺たちに任せろ!」
「…でも私はもう生け贄に決まったのですから、逃げたりはしたくありません。私が囮になって引き付けている間に、神様方はオロチを倒して下さい。」
「お前、見かけによらず度胸あんだな。」
感心したようにミナトは言った。
「もうとっくに覚悟は出来てます。」
ルナは、力強く言った。
「ルナは、気丈な子ね。」
ルナの家を出てから、エスリンが言った。
「てっきり泣きついて来られるかと思ってたけど、あれなら大丈夫だな。」
「ミナトの方が、覚悟が出来てなかったりして。」
「な、何言ってんだよ!俺はいつでも大丈夫だ!オロチなんて、全然怖くないもんね!」
「正直な所、もっと情報が欲しかったんだが…まあ、でかい奴だってことは分かったね。そして、地底に眠っていたはずが、何故か湖から姿を現した…。オロチの巣がどこかにあるのかな。」
シーロンは考え込むようにして首を傾げた。
「なあ、シーロン。それより俺の修行に付き合ってくれよ。」
「何だ。ここまで来て、修行するのか。英気を養えと言っただろう。」
「ミナトは何かしてないと、不安なのよね。」
エスリンはふふっと笑った。
「べ、別に!ただ最終調整をしたいと思って…。」
「大丈夫だ。修行なんかもう必要ない。あとは心だ。覚悟を決めることだ。ミナト、不安になるな。自分を信じろ。」
シーロンは、いつになく厳しい口調で言った。
「うん…分かったよ。」
ミナトたちは、生け贄の捧げられる日まで、長老の家に泊まることになった。
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