第2話 人が苦手な人と人に憧れるもの

 小さい頃から人には視えないものが視えていた。怖いと思ったことはない。私は人のほうが怖いし、苦手だったからだ。


「だから!集会所の掃除当番をわざとサボったわけじゃないってば!」


 私は無心で箒を動かす。自分が言われてるわけじゃないのにドキドキする。言い返された相手はイライラしている。


「これまで何回来なかったか?来ても遅刻してきて……今日もでしょう?若い方に言っても仕方ないかもしれませんけどね、町内の活動は地域の皆さんのためでもあるんです。嫌かもしれないけれど、誰もが嫌がっていたらする人がいないでしょう?」

 

 町内でも主となって活動している年配の奥さんが髪を金髪に染めていて、ダボッとしたルームウェアにサンダルを履いてやって来た若い人に言う。


 私は見ざる聞かざるで、雑巾を絞る。人間関係をまだまったく把握できてないし、名前も知らない……どうしていいかわからないので、黙々と掃除をする。


「だって連絡の紙がいつもないんだもの!イジメじゃないの!?」


「そんなわけありません!ちゃんとあなたの家の郵便受けにいれてます!」


 嘘をついてるのよとヒソヒソと言う周囲の目が突き刺さり、それ以上のことを言えなくなった若い女性は黙りこくった。


 その帰り道、若い人と同じ道を歩くことになった。方角が一緒らしい。


「新しく引っ越してきた人?こんなめんどくさい地区に来るなんてねー」


 金髪の若い人が、私のことを憐れむように見た。


「いえ……静かで良いところだと思います」


「はっきりと田舎って言ってよ!コンビニだって車で行かなきゃ行けないし!」


 またイライラしたように怒る。私より先に彼女の家に着く。


「でも、ほんとに不気味なの。子どものためにネットで買ったものもや実家から送られてきたものも失くなるの。嫌がらせなのって思っちゃうのよね」


「なるほど。それは変ですね」


「嘘じゃないのよ」


 憂鬱そうに彼女はそう言って家の中へ入っていった。私が帰ろうとした時だった。郵便受けにササッと横切る影を見た。


 黒い影を私は反射的に追いかけた。………草むらから出てる太い尻尾?ムギュッと踏む。


「うぎゃっ!」


 飛び上がる……狸。


「な、なにすんでい!」


「それ郵便受けに返してきなさいよ」


「やだね!」


 狸の置物のような姿をしたものだ。


「10秒以内に返さないとお仕置きよ?」


「できるもんならしてみろってんだー!」


 べーと舌を出す。人の姿にもなれぬ狸の妖のくせに生意気である。


「あ、そう……」


 私が印を空中に書き出そうとした瞬間、狸の妖は目が飛び出るほど目を丸くし、ダッシュで郵便受けに返した。


 ぽっちゃり狸のくせに動きが、すばやいわね。


「あ、貴方様は!術を使えるので!?」


「多少だけどね」


 突然お辞儀し、ペコペコしだす。


「実は人間に憧れていて、こんな半妖ではなく、本物の人間になりたい!それで色々調べていたのです」


「人が好きなの?」


「楽しそうじゃないですか?ハロウィンだの!クリスマスだの!正月だの!イベント尽くしで祭りだらけ!」


 ……郵便受けを漁って、いろんな知恵をつけたらしい。


「人になりたいなら、好きにしなさいな。でも郵便受けからとったものは返して置きなさい。この家の者たちが困っていたわ」


 もちろんです!と頷く狸。じゃあねと私が手を振ると可愛い短い腕を振ってくれた。


 家に帰ると大きな靴があった。これは!!


秋生しゅうせいさん!?」


 私は声をあげて家の中へ入る。


「ただいま。もう帰宅が朝になっちゃったよ。コンビニスイーツ食べる?お土産に買ってきたよ」


 食べる!食べる!私は大喜びでダブルシュークリームとモンブランプリンとバームクーヘンとクリーム入りの生ドラを並べた。


「秋生さんはどれ食べる?」


「どれでも好きなの先に選びなよ。僕はどれでも良いからね」


 優しい〜と私は頬が緩む。でもどれでも良いなんて言われると、迷っちゃう!ニコニコと眼鏡をかけた奥の目が優しく私を見守っている。


 人は苦手だけれど、秋生さんのことは大好きよ!もちろん甘い物も!


 あの狸は人になって満足だろうか?それとも後悔するだろうか?

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