第34話 矮小な存在
「何が何やらって感じだが……とりあえず、コイツを倒せばいいんだよな?」
そう零しながらこの場に駆け付けたのは、魔力すら持たないただの剣士――ユーリだった。
全く想定していなかった事態を前にし、アリシアは困惑しながら口を開く。
「ユ、ユーリさん……? あなたが、どうしてここに……」
「ティオに呼ばれたんだ。俺がいたところで、役になんて立てないとは言ったんだけどな――よっと!」
『ッ!?』
鍔迫り合い状態だったユーリと魔神。
だが、ユーリが軽い気合を入れて剣を前に押し出すだけで、魔神の体が軽々と後方へ飛んでいく。
魔神は巧みな身体捌きで着地するも、その光景にアリシアは目を疑った。
訳が分からない。
今の魔神は巨獣級の重量を有している。
いったい彼のどこに、そんな魔神を吹き飛ばせるだけの膂力があるのか……
疑問を抱いたのはアリシアだけではなく魔神もだったのか、奴は訝し気に目を細めながらユーリを見据えた。
『驚いたな。まさか私の剣を受け止めた上で、浮かせるだけの膂力を持った人間がいるとは……大したものだ』
「…………?」
『だが、それでも私の敵になるほどではない。私は【
ドンッ! と、魔神が纏う灰のオーラが膨れ上がる。
その量はまさに膨大かつ圧倒的。
ここにいるのがアリシアたちSランク冒険者でなければ、この威圧感によって瞬く間に気絶していただろう。
だが、肝心のユーリはといえば一向に戸惑う素振りを見せない。
それどころか直立不動のまま、堂々とした態度で――
「悪いが、何を言っているのか全く分からないな」
――そう言ってのけた。
その言葉には恐怖も驕りも存在しない。
確かな事実を、当たり前にように告げる。
ただそれだけの光景がそこには広がっていた。
あまりの出来事に圧倒されるアリシア。
そんな彼女のもとに、2つの影が近づいてくる。
「おいおい……一体全体、何が起きてやがんだ?」
「ユーリ、覚醒タイム?」
セレスとモニカだ。
2人のダメージはアリシアほど重くなかったようで、体を引きずるようにしてここまでやってきていた。
3人は未だに状況を呑み込めないまま、ユーリと魔神のやり取りを見届けることしかなかった。
ユーリに「何を言っているのか分からない」と一蹴された魔神は、呆れたような様子でクククと笑い声を漏らす。
『崇高たる私の言葉を理解できぬとは……申し訳ない、どうやら思い違いをしてしまっていたみたいだ。先ほどの称賛は取り下げさせてもらおう』
「………………」
『私はそこに転がる有象無象などとは比べ物にならないほどの圧倒的強者。彼我の差を感じることすらできぬとは、貴様は矮小な獣にすら劣る存在と言える。こういう思い上がった塵芥を処分するのも、【
「………………」
『どうした、何も言えぬか? それともここに来てようやく私の偉大さを理解したのか? だがもう手遅れだ、貴様を殺すことは既に確定した!』
そう告げると同時に、さらに膨れ上がる灰のオーラ。
どこまでも際限なく上昇する威圧感は、魔神が圧倒的強者であることの証明。
――そんな中。
あろうことかユーリは、魔神から目を離した。
そのまま振り返ると、アリシアに向けて真剣な表情を向ける。
「……ユーリさん?」
その様子から尋常じゃない何かを感じ、アリシアはキュッと息を呑み込む。
そんな中、ユーリは言った。
「……なあ、さっきからアイツが何を言ってるのか全く分からないんだけど……もしかして俺に対して怒ってたりする?」
「…………へ?」
あまりにも素っ頓狂な問いに、アリシアの頭はフリーズした。
(何を言ってるのか、全く分からない? 確かに神を名乗る相手の意図を理解することは困難ですが……いやいや、違います。今のユーリさんの訊き方はそういうことではありませんでした。それよりはむしろ、言葉自体通じていないような……はっ!)
そこでアリシアの脳裏に、先ほどモニカが言ったセリフが過った。
『これは多分、【魔力念話】に近い何か。あの魔人が言語を習得したわけではなく、思念を魔力にのせて送り出しているだけ。それで直接わたしたちの魔力に働きかけた結果、意味だけが伝わっているんだと思う』
――まとめると、両者ともに魔力を有している場合のみ発動可能な通訳の魔術。
そしてユーリといえば、アリシアたちも知っての通り魔力を一切持たない存在。
つまるところ、そういうことだ。
先ほどからユーリが言っているのは、魔神に対する煽りでも、ましてや返答ですらなく――
――単純に、魔力がないから何を言ってるのか分からなかったんだ!
(……うそぉ)
思わず、アリシアは心の中でそう零した。
魔神の圧に負けない力を持っていながら、まさかそんな落とし穴があるとは。
「はい、ユーリ。プレゼント」
そんな風に戸惑うアリシアの横では、同じ結論に至ったモニカがそう言いながら手を伸ばす。
すると、モニカの手から出た純白の魔力がユーリの体を覆った。
「モニカ、これはなんだ?」
「魔力でユーリの体を覆った。一時的だけど、これでアレが何を言っているのか分かるはず」
「? 原理はよく分からないが助かった、ありがとう」
そう言いながら、ユーリは改めて魔神に視線を戻す。
そして、
「よし、もう一度最初から同じ説明をしてもらっていいか?」
その言葉に、魔神の眉がピクリと動く。
『貴様、さっきから私を愚弄しているのか?』
「そういうつもりじゃなくてだな……はぁ、説明はもういいか。それより、戦いを始める前に一つだけ訊きたいことがある」
『…………』
無言を肯定と捉えたユーリは、先ほどからずっと気になっていた疑問を口にする。
「姿といい、回りくどい手段が必要とはいえ会話が成り立つことといい……お前は、人間っていう理解でいいのか?」
『人間……? ク、クハハ、クハハハハ』
何が面白いのか、高らかに笑い始める魔神。
怪訝そうな表情を浮かべるユーリの前で、魔神は続ける。
『私が人間だと!? 冗談も大概にするがいい! そのような下等生物と比べられるとは不愉快にも程がある! 私自身の手で、貴様は無残に殺してやるとしよう!』
「……そうか、それが聞けて良かったよ」
何かを諦めるように一つ息を吐いた後、ユーリは剣を構える。
それを見て、魔神は自身の手に握られているアリシアの長剣に目を落とした。
『(奴が放った魔力を吸収して本能的に使い方を知ったおかげか、この剣はやけに手に馴染む。それにこの愚か者の武器が同じというのもちょうどいい……同様の獲物を用いて圧倒することで、そのプライドごと粉砕してやろう!)』
ニイィッと、口端が避けそうなほどの意地悪い笑みを浮かべた後、
とうとう魔神は行動を開始した。
巨獣級の重量による踏み込み。
大地が割れ、その余波だけで周囲の大樹のうち数本が根元から折れる。
そこから得られる推進力により加速した魔神は、音速の数倍に至る速さでユーリにへと迫った。
『(一度私の剣を防げただけで調子に乗るなよ。この速度と重さを加えた一撃は、貴様ごときに到底受け止められるものでは――)』
ふと、魔神は違和感を覚えた。
ここに来てなお、ユーリは動く素振りすら見せずに突っ立っている。
魔神の速度に追いつけていないのだろうか。
そう結論を出すのは簡単だが、どこか様子が――
『(いや、違う。これがこの愚か者の実力なのだ!)』
強引に違和感を振り払うように、魔神は瞬時に思考を切り替える。
そして今にも魔神の剣はユーリに迫り、その命を断とうとしていた――その瞬間。
ユーリと、目が合った。
ごくごく自然と、まるで当たり前のように。
「【
『――――――ッッッ!!!』
それは、死の予感。
これ以上前に踏み込めば自分の命が一瞬で立たれると、魔神はそう判断した。
『(まずい、今すぐ退かねば! いや間に合わん、せめて魔力障壁を――)』
咄嗟に急ブレーキをかけ後退を試みる魔神。
その間にも、ユーリの振るう剣閃は加速を続ける。
回避もガードも完全には間に合わない。
魔神が後方に回避するその刹那に、
ユーリの刃は、魔神の腕一本と両足を斬り落とした。
『ッッッァァァァァァァ!!!』
魔神に痛覚は存在しない。
だが、確かに感じた死の恐怖によって魔神は思わず叫び声を上げた。
なんだ、これは。
この結果は。
敵を戦闘不能にするばかりか、この一瞬で右手以外の四肢が斬り落とされた。
右腕が残っているのも、単なる偶然でしかない。
『(ありえない。ありえないありえないありえない! こんなことが起こりえていいはずがない! 私は【
『――なんだ、貴様はッッッ!』
魔神による心からの咆哮。
しかしそれを受けた張本人はというと、魔神を易々と切り裂いた自身の剣を眺めながら物思いにふけっていた。
(……やっぱり、そうだったのか)
その時、ユーリはここに来るまでの経緯を思い出していた。
ティオから求められた救援の言葉。
最初は自分など、Sランクパーティーである【晴天の四象】の力にはなれないと考えていた。
そう思い始めは断ったのだが、ティオ曰く、本当の敵は黒い靄の巨人を倒した後に現れた。ソイツを倒すのにはユーリの力が絶対に必要――という話だった。
その時は何を言っているのか理解できなかったが、ここに来てユーリはようやくその意図を把握した。
目の前にいる、名前すらよく分からない灰色をした人型の何か。
コイツはきっとあの巨人が変化した姿なのだろう。
同時に思い出すのは10日前のスライム戦。
スライムはユーリが切り刻めば切り刻むほどその体積を減らし弱体化していった。
これらの条件を合わせれば、答えは簡単。
まず、アリシアたちは死力を尽くして最強の巨人を討伐した。
しかしその後にこの小さい人型が出現。
人型の実力自体は大したことなかったが、アリシアたちは力を使い果たしていたため、この程度の相手にすら勝てなくなっていた。
そこで、ティオは俺に助けを求めた――だいたいはこういう経緯だろう。
弱ったティオが一人ではスライムにも勝てないと言っていたことからも、まず間違いないはずだ。
とまあ、状況整理はほどほどに。
ユーリは今の攻撃に手ごたえを感じながら、改めて人型に視線を戻した。
『……何だ、その目は!』
恐怖か、戸惑いか。
震える声で叫ぶ人型に向けて、ユーリは告げる。
何やら先ほどから色々と言っていたが、実際のところは大したことがない。
所詮、自分でも圧倒できるほどの実力。
つまり――
「お前、弱いな」
――どこかから、ブチッと何かが切れる音がした。
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