第32話 進化 【Extra】Side

 アリシアとモニカが大技の準備をしている一方。

 セレスとティオの2人は、魔人の猛攻を食い止めるのに全神経を注いでいた。


「ほらほら! アタシから目を離すんじゃねぇぞ!」


 怒涛の勢いで振るわれる剛剣。

 その一振り一振りが大気を揺らす程の馬鹿げた威力を有する。

 

『■■■■■ォォォォォォォ!!!』


「チィッ!」


 だが、さすがの魔人も真正面からの攻撃を受けるほど馬鹿ではなかったようで、自身の身を守るように巨大な両腕を体の前にかざす。

 その鉄壁によって、セレスの攻撃は軽々と受け止められた。


 しかし落ち込むのはまだ早い。

 一つの部位を守っているということは、それ以外の部分への注意がおろそかになっているということ。


 その隙を見逃してやるほど、ティオ・オータムは甘くなかった。


「喰らいなさい――【天駆ける絶矢グランドネス・アロー】!」


 矢に大量の魔力を纏わせ、巨大な弩砲へと変換。

 それを全身全霊で、魔人の空いた横腹に向かって解き放つ。

 空を裂きながら加速するその矢は、見事に魔人へと突き刺さった。


『■■■■■■ァァァァァァァ!!!』


 痛みに耐えられないとばかりに叫ぶ魔人。

 それに対し、ティオは満足と不満が入り混じった複雑な表情を浮かべる。


「残念、本当は貫通させたかったところだけど、1割程度しか刺さらないとはね。まっ、ダメージにはなっているだけ良かったと考えるべきなんでしょうけれど……」


 ティオが保有する全魔力のうち、実に3割を消費する大技にしては成果がいまいちといえるだろう。

 ただ、本来の目的であった時間稼ぎという観点からは申し分ない。

 少なくともこれで、敵は再生に時間と意識を割く必要ができた。


「セレス! この調子で攻めるわよ!」


「分かってる! 出し惜しみはなしだ!」


 コミュニケーションを取った二人は、そのまま魔人へと猛攻を仕掛ける。

 後のことなど考えず、ここで全てを使い果たすつもりだった。


 その結果、稼げた時間は約1分30秒。

 ――SSランクを相手にしてこの時間はまさに望外の結果といえるだろう。


 だが、問題はここからだった。


『■■■■■■ォ――――!!!』


「ッ、これは!」「まさか!?」


 セレスとティオ相手にまさかの劣勢。

 加え、吸収するはずの魔物たちはなぜか次々とたどり着く前に消滅していく。

 そんな状況で、魔人はのだろう。


 魔人を覆う黒色の靄が複数の糸に変化し、セレスたち目掛けて飛んでくる。

 その目的は攻撃ではなく対象の捕獲。

 先ほど急激に進化を遂げた時と同様に、魔人はセレスたちを喰らおうとしていた。


「チィッ、クソが!」


「数が多いわね!」


 その糸を切り払い、時には回避する2人だったが、その膨大な本数によってついに呑み込まれそうになる――その刹那。


 


『■■■■■■――ッッッ!?!?!?』


 その異変を察知した魔人は糸での捕獲を止め、ギギギと上空へ顔を向ける。

 そして見た。そこに一振りの輝く長剣を握った少女が浮かんでいるのを。


 そんな魔人に対し、ティオとセレスは安堵の表情を浮かべる。


「はあ、ようやくね」


「随分と待たせやがって」


 アリシアがを終えたことを理解した2人は、勝利を確信しながら改めて魔人に向き直る。

 現在進行形で上にいるアリシアから魔力の波長が注がれているが、これはあくまで前兆に過ぎない。

 本命はこれとは比べ物にならない威力を有していることを2人は知っていた。


『■■■■ァァァァ!!!』


 本能的に、あの魔力を受けてはならないと理解したのだろうか。

 魔人はセレスたちに向けていた黒色の靄を槍に変え、全てをアリシアに伸ばした。


 しかし、


「申し訳ありませんが、その程度では届きませんよ」


『■■■■ッッッッッッ!!!』


 長剣に込められた光が脈動するだけで、アリシアに迫る邪悪な魔力は呆気なく消滅する。

 それはあの長剣の中に、魔人を消滅させられるだけのエネルギーが秘められていることの証明でもあった。


「それでは、参ります」


 最後にそう告げた後、アリシアは下降を開始する。


 重力すら味方につけ、驚くスピードで加速するアリシア。

 モニカによる強化魔術の影響もあり、その速度は既に亜音速へと達していた。


 やがて音速にすら届こうというそのタイミングで、アリシアは純白に輝く長剣を掲げる。


 そして、




「喰らいなさい――【アストラル・ブレイド】!」




 渾身の力で、彼女はその刃を振りぬいた。


 空に描かれるは、大量の魔力で生み出された巨大な光の斬撃。

 ――――『煌刃こうじん』。

 彼女がそう呼ばれるきっかけとなった、【晴天の四象】最大火力の一撃。

 そこに音速の勢いを加えた破壊の鉄槌が、一直線に魔人へと振り下ろされた。


 咄嗟に両腕をかざす魔人だったが、その威力の前には一瞬しか持たず両断された。

 そしてそのまま、光の斬撃は弱点である胸部にへと叩きつけられる。


『■■■■■■ッッッ――――――!』


 寸前、魔人は最後の抵抗とばかりに黒色の靄を胸元に集めた。

 魔力には魔力で抵抗しようと考えたのだろう。

 その狙いは上手くいったのか、黒と白の魔力がせめぎ合い、しばしの膠着状態が生まれる。


 だが、


「まだ、まだぁぁぁあああああ!」


 アリシアはさらに、体の奥底から魔力を絞り出し斬撃の威力を限界まで高める。


 最後まで諦めないその意思が功を成したのだろうか。

 とうとう純白の光は魔人の守りを貫き、その体に呑み込まれていった――――



 ◇◆◇



『(―――――ナゼ?)』


 純白と漆黒の魔力がせめぎ合う、その最中。

 魔人は困惑していた。

 自身の消滅が迫っているという現状を、受け入れることができなかったからだ。


 魔人とは、高濃度の魔力から成る生命体の総称。

 今回の場合、【デッドリーの大森林】の地下を通る魔脈が暴走を起こし、生じた魔力溜まり――そして強引に取り込んだ魔物たちを素材に生まれることとなった。


 魔人は魔物を取り込む際、魔力だけでなくその知能まで吸収できる。

 そのため、ほんのわずかとはいえ魔人は思考できるだけの知能を獲得していた。


 その知能が告げているのだ。

 この結末はおかしいと。

 

『(ナゼ? ナゼ? ナゼ? ナゼ私ガ――コノ程度ノ相手ニ負ケル?)』


 肉体も魔力も、自分の方が圧倒的に優れているはず。

 にもかかわらず敗北したという事実に、魔人は納得することができなかった。


 もし、敗北したことに何か理由があるとすれば、それは何か。

 分からない。そもそも今の魔人には、それを理解できるだけの知能が欠けている。

 その知能を得るためには、大量の魔物か――もしくは、目の前にいるヒトを捕食しなければならない。


『(ダガ――ソレハ、失敗シタ)』


 先ほど、セレスやティオとの攻防で劣勢に立たされた際。

 その時も魔人は同様のことを考え、捕食するべく魔力の糸を伸ばした。


 しかしそれはあと一歩のところで凌がれてしまい、とうとう目的が達成されることはなかった。

 


 その結果、とうとう自分はこの純白の魔力によって滅ぼされ――


『(白イ――?)』


 そこで魔人の知能は、いや本能はその可能性に気付いた。

 いま自分を滅ぼそうとしている魔力は、ヒトから生み出されたもの。

 原理的に言うならば、これを吸収するのも、ヒトをまるごと捕食するのも何も変わりはしない。


 問題があるとすれば、吸収する以前にこの魔力には自分を滅ぼせるだけの意思が込められているということだが――

 逆にいえば、それさえどうにかできれば、この大量の魔力をそのまま糧とすることができる。


『アア――ヤッテミヨウ』


 それは可能性でいうなら、0.00001パーセントにも満たない事象。

 仮に確かな知性がある生命体の場合、挑戦を試みることすらしないだろう。


 だが、この魔人には知能が欠けていた。

 それゆえ、迷うことなく行動に起こした。


 その結果が今、この場所に現れようとしていた。



 ◇◆◇



 ――――数秒後。

 光が収まった時、アリシアの前にはもう魔人の姿はなかった。

 高さ50メートルを超える巨体が、一かけらも残さず消滅したのだ。


「……成功、したのですね」


 疲れ切った声でそう呟いたアリシアの体が、そのまま地面に向かって背中から落ちていく。

 セレスは落下地点に走り込むと、アリシアの体を受け止めた。


「……ありがとうございます、セレス」


「ああ。よくやってくれたな、アリシア」


 屈託のない笑みで、アリシアに感謝を告げるセレス。

 そんな2人の元に、残るティオとモニカが駆け寄ってくる。


「やったわね、アリシア!」


「勝った、ぶい」


「……二人とも」


 SSランクの魔人という、これまでに戦ってきた中でも間違いなく最強の相手。

 その相手に勝利したという歓喜を、4人はこれでもかと分かち合う。


 だからこそ、彼女たちは気付くのが遅れた。

 遅れてしまった。

 まだ、戦いは終わってなどいないということを。






『……なるほど、これがというものか』






「「「「――――ッ!?」」」」


 突如として、アリシアたちに降り注ぐ何者かの声。

 4人は咄嗟にそちらへ視線を向け、そして驚愕に目を見開いた。


 そこには一人のが立っていた。

 容姿は中性的で非常に整っており、男か女かは分からない。

 地面につくほど長い灰色の髪が特徴的で、顔以外の全身は灰色の靄によって包まれていた。


 纏うオーラが、明らかに一般人のそれではない。

 そもそも一般人がこんなところにいるのもおかしい。


 一体何が起きているのか。

 あまりに突然の事態に困惑するアリシアたち。

 そんな中、誰よりも早くに気付いたのはモニカだった。


「……その灰色の靄、特徴は少し違うけれど、さっきまで魔人が纏っていたのと近いもの感じる」


「モニカ? 突然何を言って……」


「気を付けて、みんな。姿


 モニカがそう言い切るのと同時だった。

 灰色の人間――否、魔人は光のない瞳でじっとモニカを見つめながら、小さく口を開いた。


『やはり、最も厄介なのは貴様だな』


 瞬間、魔人はその場から消えた。

 否、消えたと錯覚するほどの速度で加速した。


「――っ!」


「モニカ!」


「――――――」


 アリシアとセレスが動き出すよりも早く、モニカに肉薄する魔人。

 そんな中、唯一行動を起こせたのは、モニカに最も近い位置にいたティオだった。


「させないわ!」


 ティオは咄嗟にモニカの前へ立つと、両手で弓を盾にする。

 が――


『邪魔だ』


「なっ――――がはっっっ!!!」


 一瞬だった。

 魔人が振るう拳によって弓は真っ二つに折れ、そのままティオの腹部へと命中。

 そのまま彼女の体は勢いよく吹き飛ばされた。


 数多の樹木が壁として立ちはだかるも、薄っぺらい紙のようにその役割を果たさない。

 ティオの体は次々と大樹に大穴を空けながら、遥か彼方へ消えていくのだった。



――――――――――――――――――――


次回、とうとうヤツが――?

どうぞお楽しみに!

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