第23話 最後の特訓日
最後の特訓日。
俺はいつものように木剣を手にアリシアと向かい合っていた。
【晴天の四象】の他3人もこの場に存在し、俺たちの模擬戦を眺めている。
そんな中、モニカが始まりの合図をする。
「それじゃ……開始」
そして、最後の模擬戦が始まった。
先に動いたのはアリシア。
彼女は身軽な動きで俺に迫ると、鋭い突きを放ってくる。
横にステップし、剣先を俺から逸らすことで回避する。
だが、アリシアの真の狙いはここからだった。
「甘いですよ!」
突きはフェイク。
踏み込んだ足場から反発を受け、力強い横薙ぎを仕掛けてくる。
速さと重さが両立したその一撃は、俺の横腹に吸い込まれいき――
「いや、それはどうかな」
「なっ!?」
――寸前で木剣を間に翳し、横薙ぎを受け止める。
さらに本命はここから。
横薙ぎを受けた俺はその力を利用し、さらに横へと加速する。
加え、高速の足捌きでそのベクトルを調整しアリシアの背後へと回った。
そして、がら空きとなった彼女の背中めがけ――
「――ハアッ!」
「くっ!」
木剣を振り下ろした俺だったが、さすがSランク冒険者というべきだろうか。
アリシアはその場で前転し、紙一重で俺の剣先から逃れた。
まさかあのタイミングで回避されるとは思ってなかったため、俺は思わず目を見開いた。
「……まさか今のを躱されるとはな」
「驚いているのはこちらの方です。まだ特訓を初めて10日程度しか経っていないというのに……ユーリさんは本当に強くなりましたね」
「おかげさまでな」
軽い言葉の応酬の中で、俺はアリシアに感謝を伝えた。
アリシアの言った通り、俺が本当に強くなれているとしたら、それは間違いなく彼女たちのおかげだ。
まず模擬戦で得られたのは、他者との距離感を測る感覚と、繊細な剣捌きの技術。
これまで俺が【時空の狭間】でやってきたことは主に、体を速く強く動かし、様々な剣技を放てるようにするというもの。
敵の種類にかかわらず、自分の力を十全に発揮することしか考えていなかった。
……まあ、あの場所には俺一人しかいなかったから、仕方ない部分はあると思うんだけど。
続けてティオとの修行で得られたのは『気配感知』。
ティオの協力のおかげで日に日に精度が上がっていったのだが、俺にとってはこれが特に大きかった。
というのも、だ。
初めは遠くにいる魔物の気配を探るくらいしかできないと思っていた『気配感知』だが、実際は違った。
より集中力を高めることで自分以外の人・物の姿形、そして微細な体の動きからその先の狙いまでも看破できるという、神がかり的な技術だったのだ。
これらの要素が、俺をさらに強くしてくれた。
【時空の狭間】で例えるなら、100年以上の価値は間違いなくあるだろう。
その証拠に、お互い魔力を使わない(そもそも俺は使えないが)という条件下のみとはいえ、俺はアリシアと対等に渡り合えるようになっていた。
「――はあっ!」
「くうっ!」
俺が振り下ろした木剣を真正面から受け止めるアリシア。
追撃を試みるも、彼女はすぐさま後ろに跳び距離を取った。
――加えて、最後に一つ。
これは特訓とは関係ないのだが、地獄のように苦しかった筋肉痛も今日になってようやく完全になくなった。
まるで背中に羽が生えたかのように空が軽く、今なら新しい境地に辿りつける気すらする。
そう、新しい境地に――
「――――――ッ!」
――俺が力強く踏み込むと同時に、なぜか大きく目を見開くアリシア。
彼女の体がわずかに硬直しているのを『気配感知』が捉える。
緊張? このタイミングで?
理由は分からないが、攻めるなら今だ。
唐突に振ってきた初勝利の機会、これは絶対に逃せない。
勝利を確信し、さらに前へと踏み込もうとしたその時だった。
「――――――ハアッ!」
アリシアの持つ木剣が、一瞬だけブレた。
それはこれまでとは遥かに次元が違う一振り。
俺が瞬きする間もなく、その一撃は俺に迫る。
それに対し、俺は――
「ストップ、そこまで」
――そのタイミングで、モニカの言葉が響いた。
ピタリと動きを止める、俺とアリシア。
……どうやらちょうど30分が経過してしまったみたいだ。
「……これで、終わりですか」
そう呟きながら、ゆっくり木剣を下ろすアリシア。
彼女は腕で汗を拭った後、戸惑ったような表情をこちらに向ける。
「ユーリさん、今の、最後の一撃ですが……」
「ん? ああ」
どうやらアリシアが最後に放ったブレる一撃の感想を訊かれているらしい。
答えは言うまでもないが、訊かれたからには答えよう。
「すごかったな、アリシアが放った最後のやつ。モニカの制止がなかったらやられるところだった」
「えっ? いえ、尋ねているのは私のものではなく――」
「今朝会った時にリハビリが終わって本調子になったとは聞いてたけど、まさかここまでとは。驚かされたよ」
これでまだ魔力を使ってないって言うんだから、本当に底知れない。
俺自身、再び筋肉痛にならないよう制限はかけていたとはいえ……本気を出したとしても、同じく全力の彼女には一溜りもないだろう。
それでも、俺の尺度で強くなれたのは事実。
俺は感謝の気持ちを込めて、アリシアを含めた皆に頭を下げた。
「改めてありがとう。皆に教わったおかげで成長できたよ」
「……何やら誤魔化された気もしますが、まあいいとしましょう。とにかく、ユーリさんが頭を下げる必要はありません。私たちの意思でお返しをしただけですから」
「それでも感謝してるのには変わらない。迷惑じゃなければ、お礼の言葉を受け取ってくれると嬉しい」
「……ユーリさん」
少しだけ困惑した様子のアリシア。
すると、そこに新しい声が飛び込んでくる。
「分かった。ユーリがそこまで言うなら、素直に受け取る」
「モニカ、アンタは特に何もしてないでしょ……」
「失礼。ちゃんとティオを紹介した」
「あたしに丸投げしただけじゃない!」
いつものように漫才のような掛け合いをしながら現れるモニカとティオにも、俺は言葉をかける。
「当然、2人にも感謝してるよ。『気配感知』のやり方を教えてくれたティオはもちろん、モニカも毎日特訓に付き添ってくれたからな……まあ、隣でただくつろいでいただけの気もするけど」
「大丈夫。ちゃんと応援してた」
「……ならいいか」
何が大丈夫かは俺にもよく分からないが、まあ気にするところではないだろう。
いずれにせよ、そんなやりとりで俺たちの特訓の日々は終わった。
最後に改めて4人と挨拶を交わし、俺は【晴天の四象】の
◇◆◇
ユーリが
赤髪のポニーテールが特徴的な少女――セレスがおもむろに口を開いた。
「何というか……最後まで捉えどころがない奴だったな」
「セレス? どういう意味?」
「それはアタシじゃなくてアリシアに訊いた方がいいと思うぞ」
「じゃあアリシア、教えて」
モニカの質問に対し、セレスが視線を向けたのはアリシアだった。
ティオを含めた3人の視線を受ける中、アリシアは自身の思考に沈む。
思い返すのは先ほどの模擬戦。
ここ数日、ユーリの実力がどんどん増しているのは分かっていた。
アリシアが実戦で見せた剣術と、ティオが教えた『気配感知』を凄まじい早さで吸収していたからだ。
それだけでも驚きだが、アリシアにとって一番の衝撃はその後にあった。
最後の攻防。
目の前に立つユーリの纏うオーラが、突如として異質なものに変わった。
それは歴戦のSランク冒険者であるアリシアが思わず硬直してしまうほど、圧倒的な“剣気”だった。
瞬間、首筋に這った敗北の予感。
アリシアは思考するよりも早く、反射的に魔力を込めた剣撃を放った。
それは魔力を使わないという模擬戦の条件を無視した行動。
アリシアが自身の失態を悟った時には、既に木剣はユーリに迫っていた。
しかし――その刹那、ユーリと目が合った。
知覚すら置き去りにする中での視線の邂逅。
そして、明確な反撃の意思。
それが抑止力となったかの如く、アリシアは寸前で動きを止めることができた。
同時に鳴り響いた、模擬戦の終わりを告げるモニカの声。
あの合図がなければどんな結果になっていたか、想像するのも恐ろしかった。
「……そうですね。セレスの言う通り、本当に捉えどころがない人でした」
スライム程度の魔物としか戦闘経験がないにもかかわらず、達人染みた剣技を扱うFランク冒険者。
明らかに歪だった。
とはいえ、明らかなことが一つだけ存在する。
「……彼が魔力を持っていないことが、本当に残念でなりませんね」
どれだけ剣術や体術の才能に恵まれていようと、この世界において魔力を持たない人間には限界が存在する。
だからこそ出た、率直な感想だった。
とはいえ、冒険者としては既にDランクくらいならあるように見えた。
ただ生活するだけなら十分な水準だ。
と、そんな感じのことを掻い摘んで語るアリシアだったが――
「なるほど、わかった。とにかくユーリはユーリ」
「……自分で質問しておきながら、到達した答えがそれですか」
思わず頭を抑えるアリシアだが、元からモニカはこういう人物。
深く考えても、疲労が溜まるのは自分だけだ。
何はともあれ、こうしてアリシアたちの
そう考え、各々が気合を入れ直していた時だった。
「すみません! 【晴天の四象】の皆さんはいらっしゃいますか!?」
門の方から女性の声が聞こえる。
向かうと、そこには冒険者ギルドの受付嬢リサが息を切らしながら立っていた。
「リサさん? 何かあったんですか?」
「ああ、アリシアさん。それに皆さんも、いらっしゃってよかったです。実は……」
そんな前置きの後、リサは大声で告げた。
「町の中心に突然Sランク魔物が襲撃してきたんです! 討伐するため、どうか皆さんの力をお貸しください!」
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