第19話 違和感の正体
あの会合の後。
お礼の内容はアリシアたち直々の修練という形に落ち着き、あれよあれよという間に俺は別の場所に連れてこられた。
宿屋がある商業区や、冒険者ギルドがある冒険者街からも離れた場所。
そこには巨大な館が経っていた。
緑豊かな庭園まで存在しており、まるで貴族が暮らすお屋敷のようだ。
あまりにも豪華な光景に、俺は思わず目を奪われた。
「ここはいったい……」
「私たち【晴天の四象】の
「……それはまたとんでもないな」
何でもここに来る途中で聞いた話によると、アリシアたちはこの町唯一のSランクパーティーらしいが、それにしたってこの規模は驚きだ。
ここに来てようやく、とんでもない人たちと関わり合いになったんじゃないかという感想を抱いた。
まあ、それで対応を変えようとは別に思わないが。
アリシアは庭園の真ん中にやってくると、立ち止まりこちらに振り返る。
「到着しましたよ、ユーリさん」
「特訓はここでやるのか?」
「はい。ここなら、音を出しても周囲に迷惑はかかりませんから」
「そうか」
【時空の狭間】に比べてたら多少手狭だが、簡単な素振りくらいなら問題ないか。
……ふとした拍子に、館を真っ二つに両断してしまわないかは心配だけど。
ここでふと、俺はさっきから気になっていたことを尋ねることにした。
「それで実戦経験をくれるって話だったけど、ここに低級モンスターを連れてきてくれたりするのか?」
「いえ、それよりももっと手早く効果的なものがあります……モニカ」
「おっけー」
アリシアの呼びかけに応じたモニカが、杖を持って何かをブツブツと呟き始める。
あれは詠唱だろうか?
10秒ほど経過したその時――
「うおっ」
モニカの前で茶色い光が生じたと思った直後、そこには二振りの木剣が浮かび上がっていた。
驚く俺を見て、モニカは得意げな表情を浮かべる。
「それって木剣だよな? どこから取り出したんだ?」
「ううん、取り出したんじゃなくていま作った」
「いま作った?」
予想外の言葉に首を傾げる俺の前で、アリシアがくすりと上品に笑う。
「モニカは『碧の賢者』と呼ばれる程の魔術師ですからね。確かに固体を魔術で生み出すのは高難易度とされていますが、彼女の手にかかればそれも可能なのです。強度に関しても通常より高く、数時間は形を崩すことはありません……さあ、これで準備が整いましたね」
そう言いながらアリシアは一本の木剣を手に取り、もう一本をこちらに手渡してくる。
これはつまり……
「私たちの手で鍛えるってのは比喩でもなんでもなく、実際に模擬戦の相手になってくれるってことだったのか」
「ええ、その通りです」
アリシアはSランク冒険者。
そんな彼女が訓練の相手になってくれるというなら、確かにこれ以上ない恩恵と言えるだろう。
ただし、事前に確認しておきたい懸念点が幾つか存在する。
「Sランクのアリシアがこうして付き合ってくれるのは嬉しいけど……魔力も使えず低級モンスターとしか戦ったことがない俺とじゃ力の差がありすぎると思うんだが、特訓になるのか?」
「その差を埋めるための実戦形式の特訓です。それにご安心ください、魔力を使えないユーリさんに合わせ、こちらも剣技だけで対応するつもりです」
「……それはそれで、アリシアの時間を無理に奪うようで悪い気がするな」
俺に構わなければ、その分の時間でより効果的な特訓ができるだろう。
そう思っての発言だったのだが、アリシアは首を左右に振った。
「いいえ、恥ずかしながら昨日のスカイドラゴン戦で私たちもダメージを受けてしまったため、しばらくは出力を下げたリハビリをするつもりだったんです。それに魔力を用いず、一から剣技だけに向き合うのは私にとっても意味があります。ですから、ユーリさんが気を病まれる必要はありません」
「……そうか、ならこれ以上は何も言わないでおくよ」
もともと俺にとっては望むべき状況。
アリシアからここまで言われた以上、こちらからさらに謙遜する方が迷惑だろう。
それに思い返してみれば、誰かと剣をぶつけ合うのは初めての経験。
せっかくのチャンスをせいぜい活かすとしよう。
「ふぅぅぅぅぅぅぅ」
場所は【晴天の四象】の
観戦はモニカとティオ(ここまでほとんど無言だったが、一応この場についてきていた)。
相手はSランク冒険者のアリシア。俺に合わせて魔力を使わないと言ってくれているとはいえ、
つまり、俺の実力を試すには絶好の機会だ。
(とりあえず最初は相手の様子を窺いつつ、少しずつ出力を上げていこう)
方針を定めつつ、俺は切っ先をアリシアの視線に合わせるようにして半身で木剣を構える。
そして、その体勢のまま向こうの出方を待った。
「――――――――ッ!?」
ひとたび戦闘体勢に入れば、アリシアの様子がよく見える。
ただじっと立っているだけの俺を前にして、彼女は急激に集中力を高めていた。
アリシアにとっては俺なんて取るに足らない相手だろうに、それほど真剣に相手をしてくれるらしい。
ありがたいことだ。
(…………ちっ、また来たか)
ただ、俺には戦闘以外に気になることが一つだけ存在していた。
それは今朝からずっと感じていた小さな違和感。
倦怠感というべきか重圧感というべきか、なんとも表現しがたい不愉快な感覚がここに来て一層強くなっていた。
【時空の狭間】で過ごした1000年間では一度としてなかった経験だ。
そのせいだろうか。
普段なら絶対にありえないが、木剣を支える腕がわずかにブレ、切っ先がほんの少しアリシアの視線から逸れた。
「――――――!」
それを戦闘開始の合図と受け取ったのか。
アリシアが驚くような速度で踏み込んで接近してくる。
まずい。今のは意図してやったものではないため、まだこちらの対応準備が整っていない。
だが、ここでただやられてやるわけにはいかない。
アリシアの方が数段格上の実力者とはいえ、魔力を使わない戦闘に関してはこちらに一日の長がある。
ここから反撃に移れる手段を瞬時に選び、高速の足捌きでそれを実行した。
「なっ!? まさか、今のは誘われて――」
「――――」
運がいいことに、まっすぐ俺に迫ろうとしていたアリシアは反応が遅れた。
彼女の振るった木剣はむなしくも空を斬り、その間に両者の位置取りは逆転する。
そしてそのガラ空きの背中めがけて、俺は悠々と木剣を振り下ろし――
「ッッッッッ!?!?!?!?!?」
――ズキン! と。
これまで経験したことのないような痛みが全身を襲った。
その痛みのせいで俺の木剣は勢いが衰え、アリシアはかろうじて回避に成功する。
しかし彼女自身、なぜ自分が回避できたのか分からないとばかりに不思議そうな表情を浮かべていた。
ただ、そんな彼女に構う余裕など今の俺にはなかった。
なにせ、自分を襲うこの痛みに向き合うのに精いっぱいだったから。
だけどこの痛みのおかげでようやく理解することができた。
今朝からずっと感じ続けていた、この違和感の正体を!
ずっと倦怠感が伴いつつ、体を動かそうとしたら激しい痛みが走るこの現象。
そう、これは間違いない――
――――筋肉痛だ!!!!!
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