第6話 女の子が溺れてました



 ~数十分前~



 冒険者の町『グラントリー』から程近くに存在する、強力な魔物モンスターが数多く蔓延るフィールド【デッドリーの大森林】。

 そこに一組のSランクパーティーが存在していた。


 パーティー名【晴天の四象】。

 所属するメンバーは計4人。


 金髪の剣士――『煌刃』アリシア・フォン・スプリング

 赤髪の大剣使い――『紅蓮の剣豪』セレス・サマー

 緑髪の弓使い――『翡翠の守り人』ティオ・オータム

 青髪の魔術師――『碧の賢者』モニカ・ウィンター


 女性のみで構成された彼女たちは本日、この大森林の入り口付近に現れたSランク魔物――スカイドラゴンの討伐を目的とし、ここまでやってきていた。


 本来であれば森の最奥に生息しているはずのスカイドラゴンが、町から視認できるほどの距離にまで接近するという異常事態。

 その実力はSランク魔物の中でも飛びぬけており、襲われれば町ごと壊滅する恐れがある。

 それゆえ、この町唯一のSランクパーティーであるアリシアたちに白羽の矢が立つこととなったのだ。


 しかし、スカイドラゴンの力は彼女たちの予想を大いに上回るものだった。



 ◇◇◇



『グルォォォオオオオオ!』


「くっ! これだけ距離があるというのに、なんて威圧感……!」



 戦闘開始から早10分。

 空高く浮かぶスカイドラゴンの咆哮を受け、リーダーの『煌刃』アリシアは思わず表情を強張らせた。

 それは背後のセレスやティオも同じ。

 彼女たちは今、劣勢の只中にあった。

 

 スカイドラゴンが強力な魔物であることは、アリシアたちも重々承知していた。

 勝つための策がなかったわけでもない。

 パーティーの中で飛びぬけた魔術センスを持つ『碧の賢者』モニカに浮遊魔術と支援魔術をかけてもらうことで、スカイドラゴンの主戦場である空の主導権を奪おうと考えていたのだ。


 しかし、相手はSランクの中でも飛びぬけた力を持つスカイドラゴン。

 長く生きた魔物は知性を持つことも多く、スカイドラゴンは真っ先にこちらの要が誰であるか見抜いた。

 その結果、開始早々に敵の攻撃によってモニカは落とされ、アリシアたちは地上から戦うことを強いられることとなった。


「どうするの、アリシア! ここからじゃ決め手に欠けるわよ!?」


 『翡翠の守り人』ティオが、次々と弓を放ちながらそう尋ねてくる。

 彼女の弓はこちらに残された数少ない遠距離攻撃手段だが、それもスカイドラゴン相手では牽制程度にしかなっていなかった。

 それどころか時折放たれるブレスによって矢は簡単に弾き飛ばされ、魔力の衝撃波によってこちらのダメージは蓄積する始末。

 このままではジリ貧だ。


「アタシがいく! とにかくアイツを地上に落としてやればいんだろ!?」


 続けて『紅蓮の剣豪』セレスが、彼女の背丈ほどある大剣を構えながら告げた。

 確かに彼女の膂力なら、一飛びであの高さまでいけるだろう。


 だがアリシアは二人の発言に対し、首を横に振った。


「いいえ。モニカのバフもない状態で単独突撃は認められません。相手はあのですから」


「ならどうするの!? モニカを探そうにも、かなり遠くに飛ばされたわよ!」


 ティオの問いに対し、アリシアは苦悶の表情で答える。


「……仕方ありません、撤退します」


「っ、本気か!?」


「はい、セレス。こうなった以上町まで戻り、他の冒険者とともに防衛戦に徹する方が被害は減らせるはずです」


「……ちっ、仕方ねえか」


「そうね。さすがにこれ以上は無謀だわ」


 悔しそうにしながらも、納得の反応を見せるセレスとティオ。

 そこでアリシアは「ただし」と付け加えながら、空高く浮かぶスカイドラゴンを見上げた。


「あの魔物が、私たちを見逃してくれるならですが」


 スカイドラゴンは空を悠々と旋回しているだけに見えるが、こちらへの警戒は一切緩めていない。

 攻撃であれ撤退であれ、自分たちが何かしらのアクションを見せたタイミングであちらも動き出すだろう。


 その結果、生じる均衡状態。

 アリシアたちはスカイドラゴンの遠距離攻撃を警戒しつつ、撤退の気を見計らう。


 だが、その直後だった。



『グォォォォォオオオオオオオオオオ!!!』

 

「っ、なに!?」



 こちらが何もアクションを見せていないにもかかわらず、スカイドラゴンが突如として雄叫びを上げる。

 問題はその声量と迫力だった。

 これまでの“それ”がまるでただのじゃれ合いだったと思えるほど、緊迫感と敵意に満ちた咆哮。


 これまでに以上の攻撃が襲い掛かってくるのではないかと、咄嗟に構えを取るアリシア。

 だが、彼女の予想はすぐに裏切られることとなった。






 ――――






「……は?」

「なんだ!?」

「はあっ!?」


 それはほんの一瞬の出来事だった。

 いきなり空に光の線が走ったかと思えば、スカイドラゴンの体が左右に分断。

 命を失った二つの巨大な肉塊が、ゆっくりと墜落し始めた。


 アリシアたちは混乱しつつ、かろうじて浮かび上がってきた疑問を口にしていく。


「今のは、いったい……?」


「おい、何が起きたんだ!? 竜がいきなり真っ二つになったぞ!?」


「一瞬だけ、流星のようなものが見えた気はしたけど……」


 その結果分かったのが、この場にいる誰もが何が起きたのか分かっていないという皮肉な事実のみ。

 ただ、何もないのにこんなことが起きるはずがない。

 つまり、それが指し示す事実は一つだけ――



「何者かが、今の一瞬でスカイドラゴンを倒した……?」



 ――あまりにもあり得ない発言に、アリシアは自分の体をぶるりと震わせた。


 果たして本当に、Sランクの自分たちが目に留まらない程の速さで、スカイドラゴンを倒せる存在がこの世にいるのだろうか?

 あり得ない。そうは分かっているが、状況証拠からは他のことが思いつかない。


 考えすぎて頭に熱がこもってくる。

 この場でこれ以上考えても答えが出ないと判断したアリシアは、ひとまず後に回して現実的なことを考えることにした。


「と、とりあえずスカイドラゴンが本当に死んでいるか確認しましょう。それから、どこかに飛ばされたモニカも探さなくては……」


「じゃあモニカについてはあたしが行ってくるわ」


「確かに人探しならティオが一番ですね。それではお願いします」


 何はともあれ窮地を脱することができたアリシアたちは、それぞれの目的のために動き始めるのだった。



 ◇◆◇



 ――さて。突然だが、少しいいだろうか。


 俺は【時空の狭間】で1000年過ごす中で幾度となくこう思った。


 人に会いたい。

 会って、何でもいいから会話をたくさんしたいと。


 異世界に来て早々、犬と出会えたのは運が良かったが、やっぱり少し違うのだ。

 だからこそ俺は一刻も早く町を目指し、誰でもいいから人と関わりたかった。

 その願いが叶った際には、どれだけ嬉しいものかとも空想した。


 しかし――



「ゴボボボボボボォォォォォ『そこにいる人、ちょっと私を助けてほしい。そうしてくれたらすごく嬉しい』」


「あ、はい」



 ――もし異世界で初めて遭遇する人間が、川の中でゴボゴボと溺れながら脳内に直接語り掛けてきた場合、どんなリアクションを取るのが正解なんだろうか?

 少なくとも俺は、両手を高く上げて喜ぶことなんてできなかった。


 とはいえこのまま放置するわけにはいかないので、とりあえず俺はその青髪の女の子を川の中から引き上げるのだった。

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