それが貴方と違うから
鷹槻れん
雨の日の出会い
その日は朝からどんよりと重い
愛車に乗って、いつも通いなれた道を走りながら、ふとルームミラー越しに後方を見遣った私はドキッとした。
(エスティマ……)
それも最新型のものではなく、何世代か前の型のもの。
私はかつて、それに乗る人と付き合っていたことがある。
その人は、ある日突然……本当に突然……何も言わずに私の前から姿を消してしまった。自ら命を断つという方法で。
余りに突然の別れだったからだろうか。
今でも私の中に、彼の死を認識できずにいる自分がいる。
頭では分かっているけれど、ふとしたときに心が理解していないのだ、と痛感させられる。
そう。今みたいに彼が乗っていた車と同じものを見たときなんかに。
勿論、後ろにいる車の運転手が彼でないことぐらい、そうして恐らくその車が彼が乗っていたものではないことも……理解しているつもりだ。
それでもルームミラーに映る車体が気になって仕方がなくなる。
「バカなことを」と打ち消す理性とは裏腹に、心の片隅で「彼かもしれない」という淡い期待がふつふつとくすぶり始める。
あいにくナンバーを確認しようにも、距離がありすぎてミラー越しでは視認することが出来なかった。だから余計にその思いは膨らんで。
そんな気持ちを裏付けるように、我知らずちらちらと後方を気にしながら走る。
いつもより速度を遅めにして走るのは、後ろの車が自分の車に少しでもいいから近付いてくれるのを期待してのことだ。
でも、一向に距離は縮まらない。
そんなことにイライラしながら車を走らせている内に、とうとう堪えきれなくなったのか、空からぽつりぽつりと雨が落ちてき始めた。
それはひっきりなしにワイパーを動かすには少なすぎる雨量で……。
私は時折手動でワイパーを操作してはフロントガラスに貼り付く雨を払い除けた。
そうしながらふと後方を見た私は、酷くガッカリさせられた。
後ろのエスティマが、大した雨でもないのに、ワイパーをせかせかと動かしているのが目に入ったからだ。
(違う……)
その途端、落胆の溜め息とともにそんなことを思った。
私の知っている彼は……助手席に座っている私が思わず横から手を伸ばしてワイパーを動かしてしまうほど、窓ガラスに雨粒が溜まらないとワイパーを動かさない人だった。
些細なことだけれど、それだけの違いで私が後方の車へ対して抱いた期待を打ち砕くには充分だった。
そう。最初から解っていたことだ……。後方のエスティマを操っているのは私の知っている彼ではない。
そんな酷く悲しい現実を振り払うように、私はフロントガラスに溜まった雨を、ワイパーを動かして思い切り跳ね飛ばした。
終わり
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