第7話 始まり

 12月も残す所1週間足らず。昨日がクリスマスだったとは思えないほど街は年末モードだった。


 店の前に門松を立てている所や、クリスマスケーキの在庫処分セールをやっているケーキ屋。昨日までサンタ服を着ていたのに白いスーツに戻ってるカーネル・マッサンダース。などなど……。


 私は今、児童相談所の保護施設に来ている。面倒な書類手続きが終わり、今日、香帆ちゃんが私の家に来るのだ。あの日、車の中で言ったことに香帆ちゃんは一瞬戸惑いを見せたけど、最終的に私の手を取ってくれた。


 あの事件は、千葉一家強盗殺人事件として大々的にニュースになった。犯人は香帆ちゃんのお父さんが勤務している会社の部下で、香帆ちゃんのお父さんからお金を借りていたが、返済できずにいるところに過度の催促を受け、精神が疲弊して起こしてしまったことらしい。


 それが、警察が会見で発表した内容だった。さらにその会見では、犯人は家に侵入後、母親を殺害したのちに、父親の腹部をナイフで刺すが、必死の抵抗により返り討ちにあい死亡した。とされていた。それ以外、警察が事件に言及することはなかった。私はそれを聞いて、すぐに警察が嘘を言ったことがわかった。でもそれは、香帆ちゃんにマスコミなどの矛先が向かないためにできたであろう嘘だった。


 そのニュースを見て、胸がキュッと締め付けられた。

 香帆ちゃんは私たち大人が守らなければならないのだと。認識させられた。


 今日は家に帰ったらうんと美味しいご飯を香帆ちゃんに作ってあげようと思い、買い物は昨日のうちに済ませておいた。あんな悲惨なことがあった後だからこそ、ささやかでありつつも、最大限もてなそう。そう思ったのだ。


 閑話休題。待合室で待っていた私の元に、施設の人が香帆ちゃんを連れてきてくれた。


「……奈緒美さん」


 私を見つけるや否や小走りで駆け寄って来て力強く抱きしめてくる香帆ちゃん。


「久しぶり。元気だった?」

「……はい。ずっと奈緒美さんを待ってました」


 3週間程度ではあったけど、知り合いもいない施設で暮らすというのは、まだ大人でもない子供にはあまりいい経験だなんて言えないだろう。長くて綺麗な髪の毛をとかすように、香帆ちゃんの頭を優しくなでた。


「それじゃあ行こうか、私の家に」


 私は家から施設まで電車で来たのだけど、香帆ちゃんにはそれが負担になってしまうかもしれないため、施設の人に家まで車で送ってもらうことになっている。

 既に外に車が用意されていたので私たちはそれに乗り込んだ。


 乗車中、会話をするべきかと思ったけれど、香帆ちゃんはずっと外の景色をみていた。だから私も同じように、外の景色を眺めることにした。でもその間、香帆ちゃんは私の手を離すことなくギュッと握っていた。


 施設の人は家に着いてすぐに帰っていった。


「……おじゃまします」

「いらっしゃい」


 おかえりとただいまの強制を私は好ましく思わない。初めて入る家だったら、当然おじゃまします、だと思うし、初めて家にあげる人におかえりなさいと言うのは変だと思う。だから、香帆ちゃんから言ってくれるようになるまで私は待つべきだと思った。


 私は香帆ちゃんに家の中を案内した(小さいアパートだから案内というよりただの説明になってしまうのだけれど)。終わるころにはちょうど、時計の針が13時を回っていた。そろそろご飯を作ろう。腕の見せ所だ。


「香帆ちゃん、お腹減ってない? そろそろご飯にしよっか。座って待ってて」


 香帆ちゃんは「わかりました」とまだ少し固い表情で言った。まだ緊張するよねそりゃと思いつつ、私は冷蔵庫から材料を取り出した。


「今日私が作るのはオムライスです」

「……オムライス!」


 興味を示してくれたみたいでよかった。

 私の1番得意な料理。お米は朝炊いておいたから今から研いで水につける必要はない。ぱぱっと作ってしまおう。


 料理って不思議だよなあ。一緒に暮らしている人がいると、その人のために頑張って作る気になれるけど、1人暮らしだとなにもする気が起きない。最初は頑張って自炊しようと試みたりするんだけど、2週間目からコンビニでお弁当買いだして料理しなくなるんだよなあ。


 誰かのために作って美味しいって言われた時はまた作りたくなるくらい嬉しいのに、自分1人の時に美味しいのが作れても次回また作ろうとはならないの。もはや人類が解明すべき謎なのでは?


 なんてことを考えたりしつつ、無事オムライスが完成した。ちなみに私はケチャップライスの上にオムレツを乗せて割るオムライスは作れない。あれは素人が手を出していい物ではない。コンロ周りと床が大変なことになってしまう……。

 もう同じ悲劇は繰り返さない。


「香帆ちゃんおまたせ~オムライスできたよ」


 香帆ちゃんのやつにはたまごの上にケチャップで「かほちゃん」と書いてあげた。なんか文字が書いてあるとテンション上がるよね。私のは……なんて言うんだ? シマシマ? 普通に波といったほうがわかりやすいかな。自分のだからちょっと適当に書いた。


「あの、これが、オムライスですか?」


 テーブルの上に置かれたオムライスを見て、興奮気味な香帆ちゃん。

 なんだか想像以上に香帆ちゃんの目が輝いているように見える。もしかして……。


「オムライス食べるの初めて?」

「あ、はい。テレビで見たことはあるんですけど、食べるのは初めてです」


 なんてこった。オムライスを食べたことない子供なんているんだ……。いやこれは偏見になってしまうか。どれだけオムライスが子供に人気だろうと世界を探せば食べたことない人くらい何人もいるだろう。

 ならば、私のオムライスで香帆ちゃんの胃袋をがっしりと掴ませてもらうとしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る