第22話  集う神々

 翌日からハナは真剣に宿題に取り組んだ。

 ハクはウメと同じように良く気の利く娘で、座敷以外の掃除や洗濯、庭木の剪定まで何でもソツなくこなす。

 本当なら調理も任せたいところだったが、そこは神々が許さなかった。

 神々……そう神々なのだ。

 翌日から一人二人と同居人が増えていく。

 今朝がた最上のおばちゃんが連れてきたのは三人だ。

 そして全員が就学前くらいの姿になり、座敷を走り回っている。

 姿は子供でも中身は大人のはずなのだが……


「久しぶりにまともな飯を喰らい、懐かしい者たちにあって童心にかえったのであろうよ」


 そんな神々を咎めることもせず、むしろ一緒に走り回っているおじいちゃん。

 心から楽しそうなので止めることもできずにいる。

 書台から顔を上げ、笑い転げている子供たちを見た。


 急に強い風が吹き抜け、すが坊が丁稚さんの姿で現れた。

 その両手には四歳くらいの女の子が、そして肩にも一人乗っている。


「おお! 厳の姫じゃないか! 久しいのう」


 おじいちゃんがやってきて、その幼子を代わるがわる抱き上げ頬ずりをする。


「一言主神様、お久しゅうございます。何年ぶりでございましょうか。再びお目に掛れて嬉しゅう存じます」


「俺もだよ。相変わらず美しいのう。まあ、ゆっくりしてくれ。ああ、これが我が愛し子のハナじゃ。良しなに頼むぞ」


 三姫が横に並びハナにペコっと頭を下げた。

 ハナも慌てて頭を下げる。


「どうぞよろしゅうお願いいたしまする」


「こちらこそよろしくお願いします。どうぞゆっくりしてくださいね」


 言うが早いか、三姫はもう遊びの輪の中に加わっている。

 フッと笑いを溢し、ハナは再び書台に向かった。


「お~い、ハナ。皆が腹を空かせておるぞ」


「は~い」


 正直勉強どころではないが、ハナはとても楽しかった。

 米の消費量が半端ないが、米はたくさん炊いた方が旨い。

 小鍋の出番が減り、味噌汁さえも大鍋で作るようになった。

 これだけの量を毎日用意するシマとヤスが一番大変かもしれないとハナは思っていた。


「いただきま~す」


 もはや託児所だ。

 きちんと並んで楽しそうにがつがつと食べる子供たち……の姿をした神々。

 ハナもハクもお代わりを注いで回るのに忙しい。

 最初の子のお代わりを注ぎ、次々と差し出される大ぶりな茶碗を受け取る。

 やっと一回りしたと思ったら、最初この子が茶碗を差し出してくるという状態だった。

 食後は並んでお昼寝だ。

 やっと訪れる休息のひと時。


「ハクさん、お疲れさまでした」


「いえいえ、ハナ様こそ。毎食ご苦労様です」


 二人は厨房の板場に腰かけてお茶を啜っていた。

 そろそろ起きてくるころだ。

 ここからはウメが子供たちの面倒を引き受けてくれるので、ハナは集中して勉強に励む。

 庭でウメ狐と駆け回る子供たち。

 ハナはこんな毎日がずっと続けばいいなと思っていた。


「これで最後じゃ。あとは棲み処で待機してくれることになっておる。さすがに皆は入りきらんからな」


 熊ジイの声がして、最後の神が座敷に現れた。

 最上のおばちゃんの号令で、神々が座敷に集まってくる。


「そろそろ始めよう。あまり棲み処を空けておくわけにもいかん」


 滝を背に真ん中に座るのは一言主神、その両脇を熊ジイと最上のおばちゃんが固める。

 ハナはウメ狐とハクと一緒に土間に控えた。

 一言主神の声が変わった。


「今年で20周、愛し子も10代目。節目の年じゃ。大戦を覚悟せよ」


 居並ぶ神々がスッと頭を垂れた。


「悪しき大御神の動座があると覚悟せよ。人間の心は汚れ痛んでおる。他国との戦も収まる気配がない。我らに次は無いやもしれん」


 神々の背中から何か白い霞のようなものが漂い始めた。

 後ろからそれを見ているウメ狐もハクも畏れ慄いて座り込んでしまった。

 ハナは目を逸らさない。

 いや、逸らしてはいけないと本能が訴える。

 おじいちゃんがブツブツと何かを呟き始めた。

 その聞き取りにくいほど小さな声に、全員が声を合わせる。

 ハナの全身に鳥肌がたった。


「では参る。ハナ、同道せよ」


 ハナはいつの間にか巫女の姿に変わっていた。

 教えられたわけでもないのに体が動く。

 おじいちゃんの横に立ち、羨望の目で見詰めてくる神々の顔を見回した。

 フッと笑顔でハナを見上げたおじいちゃんの手がハナのそれを握った。

 気付いたときには、巨大な鳥居の下にいた。


「おじいちゃん、ここって……」


「ああ、大御神様の棲み処じゃ」


 ふと見ると、奥の森の中から大きな黒い塊が飛んでくるのが見えた。


「迎えが来たな」


「あれって?」


「八咫烏じゃ。少し気が荒いが懐くと可愛いものじゃ」


 八咫烏は大鳥居の上にとまり、小首を傾げてこちらを見ている。

 ハナは心の中まで覗かれているようで、居心地が悪かった。


「お久しぶりでございます。主がお待ちです」


 おじいちゃんが鷹揚に言う。


「よろしく頼む」


 音もなく飛び立ったその黒い巨大な鳥は、歩き出す二人を先導するようにゆっくりと羽を動かしている。

 なぜか喋ってはいけないような気がして、ハナはおじいちゃんの手を握りしめながら黙々と進んだ。





 大晦日ですね。

 今年も大変お世話になりました。

 どうぞ良いお歳をお迎えください。

  

          志波 連

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