第19話 密談
ゴロゴロと寝ているようで、神たちは会話続けていた。
ハナだけなら良いが、別の神の式神であるウメがいるのだ。
『ウメはいつまでいるのかの?』
熊ジイが聞く。
『ハナの進み具合次第じゃが、そろそろ戻そうと思っておる』
おじいちゃんの言葉に最上のおばちゃんが答えた。
『それが良かろう。何やら纏うておるようじゃからな』
『ああ、何が憑いているのか確かめようと抱いてはみたが、ようわからなんだ』
熊ジイが面白そうに聞く。
『それよりもわからんということは……』
『ああ、菅原の小僧には手に負えん奴かもしれんな』
『崩れ者か? 厄介じゃな』
最上のおばちゃんの声が深刻だ。
『ハナ坊は大丈夫か?』
『ハナは守っておるからな。今のハナに憑けるほどの強さは無いと見た』
『そうか、それなら安心じゃが。もしかしたら菅原の小僧は分かっていて送り込んだか?』
『それはそうじゃろう。俺もまさかウメが来るとは思わなんだ。あいつも長く生きすぎたのかもしれんな。そろそろ戻してやる頃じゃろう』
『戻るか?』
『憑き物を落としてやれば戻るさ』
『百年に一度とはいえ、面倒な事じゃな』
『仕方ないわい。これも旨いめしを喰らうためじゃ。我慢もしようぞ』
三人はフンと嗤った。
『此度は安倍も手伝わそうと思うておる』
『ああ、安倍の……陰陽師の血が必要とは、物騒な話じゃな』
『よう考えてみろ。天照の大姉が臍を曲げてから丁度20周が今年じゃ。今年は大戦があるやもしれん』
熊ジイが驚く。
『もう20周か? 2千年が経ったか……早いものじゃ』
『ああ、ハナも丁度10代目。何があってもおかしゅうない。その年に当たったあの子は人とは思えぬほどの霊力を持っておる。これも父神母神のご差配だろうて』
『なるほどのぉ。ではわし等はちと声掛けに走らねばならぬな』
『ああ、頼む。その間に俺はウメを清めておこう』
三人は起き上がった。
ハナがふと書台から顔を上げる。
「どうしたの? お腹減ったの?」
「いや、腹はまだ良い。お前の方はどうじゃ?」
「うん、読み書きは大体できるようになったよ。難しい字は見ながらじゃないと書けないけど」
「よいよい。そこまでできるなら問題ない。ではウメはそろそろお役御免じゃな。菅原の小僧も寂しがっておろうからな」
ウメがサッと顔色を変えた。
「いえ、まだ……もう少しここで……」
「お前、菅原から何か預かっておらぬか?」
「いえ……何も」
真っ青な顔でそう答えるウメの前で、おじいちゃんが何やら呪文のようなものを唱え始めた。
その横では熊ジイと最上のおばちゃんが、どこから取り出したのか大きな網と刺股を構えていた。
「ハナ、こちらに」
最上のおばちゃんの声に、ハナは転がるように座敷に逃げた。
じりじりと三神はウメとの距離を詰めていく。
遂にウメの表情が変わった。
苦しそうな声を上げて、土間でのたうち回る。
やがてその体から黒い靄が現れて、巨大なヘビを形作った。
「何じゃ、ヘビか。思ったより小物じゃな」
熊ジイが声に出す。
おじいちゃんは呪文を止めないまま、ヘビを睨みつけた。
「下るなら今じゃ。逃げるなら消す」
最上のおばちゃんの声に、黒い大蛇が反応した。
おじいちゃんに向かって牙をむき、座敷に上がろうと飛び掛かる。
「バカか」
熊ジイは難なく大蛇に網をかぶせ、その上から最上のおばちゃんが刺股で押さえこんだ。
三神の足の間からハナが覗くと、ウメはぐったりと横たわっていた。
おじいちゃんは呪文を唱えることをやめ、懐から白い紙を取り出した。
真っ白な誓詞にびっしりと何やら書かれているそれを、網の中で蠢く大蛇の上に落し、気合の入った声を出した。
「えいっ! えいっ! えいっ!」
大蛇が動きを止め、真っ黒に艶光していたその肌が徐々に白くなっていく。
黒い霞が立ち上り、どこからか吹いてきた風に流され、滝つぼの中に消えていく。
しばらくの間、三神は気を抜かずに真っ白に変わった大蛇を見下ろしていた。
「どうじゃ? 抜けたか?」
おじいちゃんの声を同時に、大蛇が首をもたげた。
「ありがとうございました」
大蛇が礼を口にした。
まだ若い女性の声だった。
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