第3話 格好の付け方が分かってなさそう

「ーー嘘!?……ここ1階でしょ。なのになんで!?」


地獄の様な光景だった。

いつものようにダンジョン攻略の様子を配信していた少女ーー 一ノ瀬 結花は絶望に満ちた表情で絶句していた。


眼前には先程までスタッフだった肉塊が横たわっている。

その首は無く、首があった跡地からは鮮血が滝のように溢れ赤い海を石畳の上に広げている。


「ーーなんでこんなところにボスモンスターがいるのよ!」


悲鳴に近しい声で、相対しているそれへと糾弾する。

この混乱の犯人である居るはずのない巨人ーートロールは持っている大鉈に着いた血を拭うと、視線をこちらへと向けてくる。

途端、とてつもない殺気が彼女を襲った。


「ーーヒッ!!」


素っ頓狂な声が出る。

だが仕方ない、それほどまでに目の前のモンスターはヤバい。

Dランクの彼女が相対しているのは、推定B~Aランクのボスモンスターだ。

普通にやってはまず勝てない相手である。


「ユイカさん!!逃げますよ!」


その様子を見兼ねたスタッフ達のうちの一人が、入口方向からそう叫ぶ。

懸命な判断だ、戦って勝てる相手では無い。

彼女も踵を返そうとしたその時だった。


「……えっ?」


それは刹那のことだった。

耳元で風切り音がしたと思ったら、生き残っていた数人のスタッフの首が吹き飛んだのだ。

まるで首がいきなり無くなったかのように綺麗に刈り取られ、外れた頭部は地面転がり落ちて行った。


彼らもダンジョンにいる以上、魔術や体術にある程度の素養がある。

そんな彼らが瞬く間に、亡き者にされたのだ。

その場に残ったのはユイカと撮影用ドローン、そしてトロールのみである。


ーー死ぬんだ……私


気付けば立っているだけでやっとな程の震えが全身を支配しており、目から自然と涙が零れ落ちていた。


:ヤバいヤバいヤバい

:これマズくね!?

:ユイカちゃん逃げて!!


彼女の視界に映り続けているコメント欄は阿鼻叫喚の様相を呈している。


ーーごめんなさい、みんな……


田舎から出て夢だったダンジョン配信者にやっとなれて。

最初は上手くいかなかったけど段々とファンの人達も着いてきてくれて……

嫌な事もいっぱいあったけど、念願の企業所属まで決まって。

これからだったのに……

彼女の心は悔しさと恐怖で壊れそうであった。


ーーあいつに殺されるぐらいなら……


そう覚悟を決めると魔術を行使しようと魔力を練り始める。

行使する魔法は自壊セルフ・デモリッシューー簡単に言えば自死するためだけの魔術だ。

これはせめてもの抵抗だった。


ーーさよなら


「ーーセルフ…!?」


「大丈夫ですかー!!」


詠唱し終える寸前、後ろから男の声が聞こえる。

中断し振り返ると、そこには一人の男がいた。

========

悲鳴の聞こえた方向へ猛ダッシュし、着いた現場は悲惨な光景が広がっていた。

一人の女の子を除いて、周りの人間の体と胴体が切断させて横たわっている。

そして、唯一の生存者の女の子も何やら様子がおかしい。


ーーあの詠唱は……マズイ!!


「大丈夫ですかー!!」


魔術の詠唱を始めている彼女の意識を逸らすために、ありったけの声を張り上げる。


あれは多分、自死の魔術だ。

推察するに、目の前のあいつに殺られるぐらいならと、武士道のような精神で行使しようとしたのだろう。

そんなことさせる訳にはいかない。


「……逃げて!!」


振り返った彼女は必死の形相でそう叫ぶ。

自分の死が確定しているような状況に立たされて人の心配を優先する彼女は、余りに優しすぎる。

それに答えない訳にはいかない。

踏み出す悠真の足に力が入った。


「ーー速っ!?」

「つかまって!」


そう叫ぶと、彼女の身体を抱え込みダンジョンの入口へ向かう。

どれだけ経験にものを言わせようと、ステータスが下がっているのもまた事実だ。

正直呆然と立ち尽くす彼女を庇いながらあれと戦うのは些か厳しいものがある。

そう判断した悠真は一度彼女をダンジョンから出すことを試みる。

しかし……


「ガアアアアア!!」

「ちっ!!そう簡単にはいかないか」


先回りしたトロールの一閃が鼻先を掠める。

何とか避けきった悠真はトロールと距離をとるために少し後退。

結果的に出入り口を完全に塞がれてしまった。


ーーそもそもなんでこんな所にボスがいる?


経験則上有り得ないことだ。

このダンジョンは上に積み重なった数多の層によって構成されている。

こういう形のダンジョンの場合、ボスは最上階にいるのが定石だ。

探索者達に追い立てられて中層まで降りてくるなんて事はあったりもするが、ごく稀。

ましてや1階まで降りてくるなんて、聞いたこともない。


「取り敢えずあなたはここにいて下さい!」


「は、はい……」


比較的安全な壁際に彼女を下ろし、トロールに相対する。

悠真の見立てではBランク、発している魔力の総量を鑑みるにその中でも比較的上位の魔物だろう。


元来のランクシステムは、様々な評価点があるものの、本人のランクはどのランクの魔物を狩れるかに依存している。

要するにCランクの探索者ならCランクの魔物なら倒せるだろうという具合だ。


そしてそのランクにも一種のラインのようなものがある。


ーーBは少しマズイかもな……


CとBランク。この差はただ一つのランクの差などでは無い。

世間ではCランクは才覚の無いものの最終到達地点と言われている。

つまりBランクというのは高い素養を持った人間が必死に努力をした結果、初めて狩る事が出来るぐらいの存在と言うことだ。

悠真に何年ぶりかの緊張が走る。


「ーーガァ!!」


短い雄叫びと共に振り下ろされる大鉈は魔力が込められており、触れば一溜りも無い。


「くそっ!」


地面を思いっきり後ろへ蹴り飛ばしなんとかそれを避ける。


ーー武器があればまた話しは違ったんだけど……さっきのゴブリンから短刀奪ってくれば良かった


悠真の本職は長物を用いた剣術だ。

先程のようなステゴロで戦いは、正直向いていない戦闘スタイルなのだ。

Cランク位ならゴリ押しは効くが、Bランクともなれば話は別だ。

どうしようか……トロールの攻撃を避けながら思案していたその時だった。


「あの!!良かったら使ってください!」


言葉と共に、一本の刀が悠真の足元に投げられた。

声の主は先程の彼女だ。

助けた時に刀なんて持っていなかったのを鑑みると、近くに立てかけてあった彼女達の荷物の中にそれはあったのだろう。

悠真は有難く頂戴することに決める。


ーーこれがあるなら話は違う


足先に引っ掛けて落ちていた刀を拾い上げ、その感触を確かめた悠真の表情は先程までとは異なり、若干のニヤつきすら出て来ていた。

理由は明白、この刀にある。

業物には魔力が宿る、しかもこの刀が有している魔力はそんじょそこらのものとは違っていた。

急いでステータスを確認すると、


『魔力:1800/1』


そこには明らかに異質な魔力値が示されている。


ーー誰が打ったのかは知らないけど、こんな刀滅多にないぞ


物に宿るにしては余りに多い魔力量。

通常莫大な魔力を有する武具の類を使うのには、高い素養を必要とする。

つまりそれが意味することは……


「期待されてるなら答えないとな!」


「ガアアアアアアアアア!!」


刀のヤバさを察知したのか、これで終わりと言わんばかりに先程までとは桁違いの魔力を込め、大鉈が振り下ろされる。

しかし、悠真は避けようとしない。

立ち尽くし、ただ攻撃の軌道に刀を添えているだけだ。


「グァ!?」


得物同士が触れ合う瞬間。

金属と金属が触れ合う特有の甲高い音がダンジョン内に響き渡った後、トロールは聞いたこともない素っ頓狂な声を上げる。

それも当然のこと、なにせ、


「……大鉈が砕けた?」


「さぁ、ケリつけようか!」


砕け散った自らの得物に気を取られている隙に、悠真は相手の死角へと入り込む。


ーーそういえば配信回しっぱなしだったな……なら少しだけ格好つけるか!


普段の悠真であれば、相手の背後から絶命に必要な最小限の魔力で確実に急所を一突きしていただろう。

それが探索者としての正解だ。

だが今は配信者、同じ決着でも魅せる必要があるだろう。ならば、


ーーまだ魔術が1つもないのが心惜しいけど


「はあああああ!!」


代わりに今出来る最大出力の魔力を刃先に込める。

正直オーバーキルだとは思ってはいるが、まあ良いだろう。


悠真はトロールの背中をかけ登っていく。

高度な魔力操作により、足裏に魔力を纏うことでトロールの体と接着させて一気によじ登った悠真は、あっという間に10メートルはあろうかというその巨体の頭上に飛翔していた。


「ーーチェック・メイトだ!」


考えに考え抜いた悠真が思う最強の決めゼリフと共に、振り下ろされた刀身は脳天から順にまるで紙でも切るかのようにその長駆真っ二つに切り裂いていく。

それは勢いそのままに石畳まで到達し、有り余った魔力はけたたましい轟音と共に周囲の床という床を全て粉砕するというおまけまで生み出したのだった。


==========


それは目を疑う光景だった。

突如現れた男が一縷の望みをかけて渡した名刀ーー明鏡を使いこなし、絶望の対象であったトロールを赤子でも相手にしているかのように一刀両断したのだ。

結花にとって憧れであった明鏡を我がもののように振るうその姿は、余りにも信じ難いものだ。


「……あの人は……一体?」


分からない、だが彼のおかげで今自分は生きている。

感謝はしてもしきれない、だが……


「また自分だけ生き残った……」


スタッフの凄惨な屍の山を見ながら、彼女は呟く。

まただ、あの時と変わらず生かされてしまったのだ。

己の弱さから来る失望感は慣れるわけもなく心を蝕む。


「……ごめんなさい」


自分でも何処に宛てられたのかも分からない言葉を吐き捨てて、彼女は配信を停止した。


=======


:あの女豪運すぎて草

:あの男誰なんだ?

:強すぎて草

:全員死ぬに10万掛けたんやが、どうしてくれんねんこれ


ダンジョン配信者が軒並み配信するプラートフォームとはまた違う場所。

少しアングラなそのサイトでは彼女の死を願うコメントで溢れかえり、コメント欄は狂気とも言える盛り上がりを見せていた。


「あーあ、死ななかったか……ってか誰だよあいつ」

「くっそつまんねぇじゃん、せっかくコイツらにオモロい所見してやろって思たのに」


映像には映らない死角から、二人の男の声がする。

流れている映像は、結花が流していた配信とはまた別の画角のものだ。


「まあ、機会なんて幾らでもあるからいいだろ」

「それもそやな、お前らまた次の配信で会おーや、ほな!」


『本配信は削除されました』


その声と共に配信は終了する。

残るはずのアーカイブは跡形も無く削除されていた。

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