ランクリセットしたダンジョン配信者ーSランクダンジョン探索者としてやる事が無くなったのでFランクからやり直しますー

菜月 遊戸

第1話 ゼロからのリスタート

「ーーマジか……」


人類到達不可能と言われたダンジョンーー深淵穴の最奥にて彼ーー藤嶋 悠真はそう呟いた。

眼前にはこのダンジョンのボスモンスターである九頭龍の亡骸が見るも無惨な姿で放置されている。

その九つの首はご丁寧に全て切り落とされ、尻尾と胴体はそれぞれ三枚おろしという状態だ。


これは人類史に残る偉業である。

ダンジョンが突如世界中に現れてから早50年、階級『厄災』に分類されるダンジョンの踏破は、ソロおろか大人数のパーティでもなし得なかった事だ。

それでいて彼の表情には喜びの色は薄く、寧ろ困惑の色が強い。

なにせ、


「やる事なくなったんだけど……」


退屈な日常に辟易し、脱サラして早10年。

彼を突き動かしたのはスリルであった。

スーツに腕を通していては絶対に味わえない、死と隣り合わせの仕事。

自分の一挙手一投足が終わりへと繋がるこの10年間は本当に素晴らしいものであった。

それなのにもうやることが無い。

彼は強くなり過ぎたのである。


「まあ、こんなステータスじゃやる事なんてないよな……」


そう呟きながら、徐にステータスを確認する。

目の前に現れた半透明の石版には、

========

名前:藤嶋 悠真

年齢:34

身分:探索者

階級:S

Lv:999/999

HP:32768/32768

魔力:65535/65536

魔術:

時空間移動

膂力強化

氷結

融解

火炎放出

水流放出

操雷

操磁

=======


もはや入り切っていない魔術の数々と、小学生が考えたような数値からなる馬鹿げたステータスが映し出されている。


これは努力の証だ。

数々の死線を潜り抜けやっと辿り着いた極地であり、別にこれを否定したい訳では無い。

だが、暇なのだ。

ここ数年、国内最難関と言われる深淵穴攻略に熱を上げていた彼だったが、その目的が達成されたが故、もうやることが無いのである。

世界有数のダンジョン大国である日本の最難関、これが意味するのはもうこれ以上のスリルを得る事は不可能だと言うことだ。

これに加えて、彼の不満はもう一つある。

それは、


「……しかも、なんでこんな強いのにモテないんだよ!!

こういう富・名声・力全部持ってる人間って普通モテるだろ、なぁ!!」


彼は童貞であった。

容姿が凡庸なのも相まって小中高とパッとしない青春を送った彼は、このままでは行けないとモテるために一念発起し某有名国立大学に進学、そしてそのまま某一部上場企業へ就職した。

ここまですればモテるだろうと意気込み、マッチングアプリ、街コン、合コンとあらゆる手を尽くした。

しかし、モテない。

デートまで漕ぎ着けても、その先がないのだ。


脱サラしてダンジョン探索者になっても、この天性とも言えるモテなさは遺憾無く発揮された。

ダンジョン探索者で有名になれば殆ど芸能人と同等の扱いをされるのが、昨今の日本だ。

しかし、人類最強と言ってもいい彼が得たのは、ダンジョン攻略によって得た多額の報奨金と、知名度だけだった。

知名度目当てで寄ってくる女の子も居たが、その殆どが恋愛対象として彼を見ていなかった。

見ていた極一部の子とも数回のデートの後無事消滅してしまうのがいつもの流れであった。


結論端的に言えば、『モテないし強いからやることも無い』というのが現状だ。

彼はたった今、後の人生がとてつもない虚無である事が確定したのである。


「俺はモテないのにいいよなぁダンジョン配信者は……あいつらあんまり強くなくたって若い子からキャーキャー言われてさ……」


半泣きでそう呟く。

モテないのは自責であるにもかかわらず、彼の怒りの矛先は他者に向いた。

その可哀想な生贄に選ばれたのは、ダンジョン配信者だ。

ダンジョン配信者は彼の様な探索者と基本的にやることは同じでダンジョンを攻略する事がメインである。


しかし、唯一にして最大の違いはその様子を撮影し、配信することにある。

それ故彼らにはエンタメ性が求められ、偏にダンジョンを攻略すると言っても、本人のキャラクター性を押し出す者、面白さに重点をおく者、RTAに励む者など様々な配信者が存在する。

そして彼らダンジョン配信者は今若者の間で大人気であり、有名な配信者であればグッズ展開、さらにはライブなど、アイドルと同等の扱いをされているのだ。


これが気に食わない。

何故自分よりも弱い者が、自分よりもモテているのか。

醜い嫉妬の炎に薪を焚べている彼だが、では配信者になれば良かったのではと思う人がいるかもしれない。


「俺も……ダンジョン配信者になりたかった……うぅ」


世界最難関のダンジョンの最深部で、気付けば彼は嗚咽混じりに泣き出していた。


彼だってなれるものならなりたかった。

しかし役所の『迷宮局』によると、一度出してしまった迷宮身分は後から変更出来ないという謎ルールが存在するらしい。

従って彼は最初に提出した探索者から変更出来ずにいるのである。

悔やんでも悔やみきれない、10年前にダンジョン配信者なんて流行らないと思って探索者として提出してしまった自分が。


「……やり直したいよ……全部」


身分の提出も、このバカげたステータスも。

全部最初から、Fランクからやり直したい。

彼の今の願いはそれであった。


「ーー取り敢えず、帰るか……」


涙を拭い鼻を啜った後、九頭龍の身体を次元袋に詰め、彼はダンジョンの出口へと向かった。

こんなバカげた願い叶うわけも無いのだ、今日は家に帰って、また熱を上げれる事を探せばいい。

そう思って、上階に繋がる階段に足を掛けた。その時だった。


――――――――――――――――



「ーーあのー、身分はどうされますか?」


「……え?」


「だーかーら、迷宮身分ですよ。探索者なのか、配信者なのか、その他なのか。何でも良いですけど早く決めて下さい。後ろつっかえちゃってるんで」


何が起きたか分からないが、気付いたら彼は迷宮局の受付に居た。

状況が分からない、確かに自分はさっきまで深淵穴に居たはずなのだ。

それなのに、この10年間で顔馴染みとなった受付のお姉さんと相対している。

ちなみにデートに誘ったら普通にフラれた相手でもある。


ーーん?ってかいつもよりなんか顔が若いような……


日頃から嫌でも顔を見合わせる相手なので、小さな変化でもすぐに気づいてしまう。

これはアンチエイジングとかその類の若返りではない。

実際に時を戻したような若返り方。

そんなことが出来るとすれば魔術の類だが、ダンジョンの外では魔術とその効果は続かない。

ならば残された可能性はもう一つしかない。

それはあまりにばかげていて、それでいて彼が最も望んだことだ。


「あの……今は何年でしたっけ」


「えー、2053年ですよ、そんぐらい覚えて置いてください。こんなんも忘れちゃうなんてこれからダンジョン入ったら絶対迷子になりますからね」


自分の中で立てた仮説に従って聞いたそれへの回答は、あまりにも綺麗に裏付ける結果となった。

彼が深淵穴に入ったのは2063年の事。

つまりこの事実から言えることは、


「リセットされた……って事か」


何のせいなのかは一切分からないが、結果として彼は10年前、しかも丁度ダンジョン探索者を始めるその日に戻ったのだ。

これは棚から牡丹餅どころの騒ぎでは無い。

人生のターニングポイントに帰還するという全人間が望む現状に立たされて、彼がとる選択は一つしかない。


「ーーダンジョン配信者でお願いします!」


役所だというのに、声高らかにそう宣言する。

少し怪訝な顔をしたお姉さんだったが、「かしこまりました」というと、裏から彼のステータスが載った紙を持ってくる。

そこには、


========

名前:藤嶋 悠真

年齢:24

身分:配信者

階級:F

Lv:1/999

HP:1/1

魔力:1/1

魔術:

=======


まっさらな、それでいて待ち望んだステータスが表示されていた。


「ーーよっしゃあああ!!」

「藤嶋さん、五月蝿いです」


役所なのに、腹から雄たけびを上げる悠真。

お姉さんの注意も尻目に、紙を受け取るや否や、踵を返すとスキップで役所を出ていく。



こうしてゼロからのリスタートを決めることになった彼だが、彼は知らない。

彼の元々のステータスに『対人の呪い』が着いていた事。

そして今、それが無くなっていること。

これは普通にモテるようになった彼が、ダンジョン配信者として無双ハーレムを築き上げていく話。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る