魔法街に佇むアリスティア

海坂依里

第1話「最悪すぎる1日の始まりは、親友と共に」

 太陽が昇ることを、当たり前だと思っていた。

 世界が太陽の光で覆われることに、なんら違和感を抱いたことがなかった。

 でも、世界には光が差さない場所があることを教えてもらった。


「黒猫さん、朝食の準備ができましたよ」


 この物語は、のちに記憶の混沌事件ケイオスコンフュージョンと呼ばれる事件が発生する前の話。

 私が、敬愛する師匠の元を旅立ったときのお話です。


「今日の朝食のお味はいかがですか?」


 自然の恵みである太陽光が差し込むことのないほど深い森の奥。

 立派と呼べるほど大それた外観ではありませんが、昔々あるところにお金持ちの方が住んでいそうな雰囲気ある屋敷で私とお師匠様。

 そして、1匹の黒猫さんが暮らしていました。


「にゃー、にゃー、にゃっ!」

「気に入ってくれたようで何よりです」


 私と黒猫さんが朝食を済ませていると、まるで巨人が帰って来たかのような大きな足音がリビングへと聞こえてきました。

 ですが、私も黒猫さんも冷静に朝食を口にするあたり、もう私と黒猫さんはつうかあの仲というものなのかもしれません。


「まったく!」


 リビングの扉が破壊されたのではないかと心配になるほどの爆音が鳴り響くと、私と黒猫さんはようやく朝食を口にすることを中断しました。

 食事を止めるタイミングまで同じなんて、私と黒猫さんは顔を見合わせて思わず笑ってしまいました。


「あいつらは私の研究を何も理解していない!」

「お帰りなさいませ、お師匠様」

「おまえは私に構わず、朝飯でも美味しくいただいておけ!」

「わざわざ帰宅を知らせてくれてありがとうございます」


 私のお師匠であるホレイソン様はリビングに顔を出したかと思いきや、美味しそうな食事が並ぶリビングのことなんて気にも留めずに自室へと向かわれてしまいました。


「外出するときは変身魔法が必須だぞ!」

「言われなくても、承知しております!」


 お師匠様は自室へと向かっているはずなのに、お師匠様の声ははっきりとリビングまで届く。

 そんなに大声を出すくらいなら、リビングでお茶くらい飲んで休憩されればいいのにと思ってしまう。弟子の喉が潰れようと、お師匠様には関係ないということかもしれません。


「どいつもこいつも私のことを馬鹿にして……」


 お師匠様が自室に入ったのを確認し、私は朝食のメニューに1品足すことを決めます。


「黒猫さんも、もう1品いかがです?」

「……にゃ」

「1品増えるくらいで、ぷくぷくのまるまるにはならないと思いますよ」

「……にゃっ!」

「かしこまりました」


 魔法の力を駆使しながら包丁を動かす最中、特にやることがなくなった私はふと近くにある窓の向こう側に目を向けました。


「今日も最悪の1日が始まりそうですね」


 窓の向こうには木々しか広がっておらず、相変わらずこの森……いえ、この屋敷だけは太陽の恩恵を受けることができません。

 そうなってしまったのは木々が好き放題に伸びてしまったことが原因なのか、それともお師匠様が何かの魔法を施したせいなのか……。

 どちらにしても、私は今日も太陽の光を浴びるために外出をします。


「すみません、新鮮な野菜と果物をお願いします」

「お願いしますっ!」

「おう! 今日も仲のいい兄ちゃんと妹さんだね」


 私は師匠の最初で最後の弟子といっても、師匠が私に何か特別な指導をしてくれることはほとんどありませんでした。


「次は図書館ですが……どんな変身魔法を使いたいですか?」

「次はねー……勉強ができる大人のお姉さんっ!」

「では、私は黒猫さんの友人ということにしましょう」


 私は、師匠の研究を覗く権利を与えられるだけ。

 その研究の解釈は、すべて自分に委ねられていました。


「今日の変身ごっこはもうおしまい?」

「そうですね。もう太陽の光を十分に浴びましたから」

「むぅー……黒猫に戻ると、お喋りできなくなっちゃうよ?」

「言葉は通じなくても、私たちは互いに気持ちが通い合っている仲です」

「!」


 お師匠様の命令通り、変身魔法を使いながらの外出を済ませた私と黒猫さん。

 元の少女と黒猫の姿に戻った私たちは、屋敷で焼き魚とご飯と味噌汁。煮物といった和食と呼ばれる夕食を済ませました。


「同じものを口にできるって、案外幸せなものかもしれませんね」

「にゃ?」

「さあ、お師匠様の部屋にも食事を届けましょうか」


 来る日も来る日も、私と黒猫さんは同じ時を過ごしました。

 お師匠様と一緒にいる時間よりも、飼い猫と一緒にいる時間が長いのはどうかとも思います。

 けれど……。


「相変わらず太陽の光は見えてきませんね……」

「にゃっ! にゃっ! にゃっ!」

「励ましてくれているんですか?」


 友という存在が、私を強くしてくれているのは間違いないと感じることができた。

 それは、私がこれから生きていく上での財産になる。

 そう強く確信することができたのは、私にとって大きな出来事だったと思います。






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