41.産まれる前も後も大騒ぎ

 特に変化のない一日目、ヒビが広がったのは二日目。ところが三日目は何もない。転がしても覗いても反応がなかった。それどころか広がったヒビも変化がない。不安になったガブリエルは、火竜に相談した。


「このまま割れないこともあるのか?」


「聞いたことないけど、ないとは言えないわねぇ」


 ヒビが入ったのに割れなかった卵は、竜族の記憶にない。だが、この卵は竜族以外の種族らしい。となれば、外から手助けが必要なのでは? 心配でそわそわするガブリエルに、ブネはけろりと言い切った。


「卵を割れない子なら、最初からヒビも入らない。最初のヒビが一番大変なんだからね」


 割れていない完全な球体にヒビを入れる。それは外で生きる種族が思うより勇気を振り絞り、力が必要な行為だった。外に何が待ち受けるか、不安を振り払わないと力が出ない。迷って悩んで外へ出ることを決断したのだから、自分で出てくるさ。ブネは明るく言い放った。


 しかし正直なところ、彼女も不安を抱いている。種族不明ということは、習性も不明だ。自分で割らず、最後は親に割ってもらう種族だったらどうしよう。鳥の翼を持つ魔族から、そんな話を聞いたような……。


 口にしようか迷うブネの横で、ガブリエルは卵に頬を寄せた。すりりと鱗で音を立てて卵の表面に擦り傷を付ける。それから呼びかけた。


「出ておいで」


 その声は優しく、慈しみに満ちていた。バラムが忙しなく瞬く。ナベルスがガブリエルに「愛しい我が小竜」と呼びかけた声に、とても似ていたのだ。感情が溢れて、ずずっと鼻を啜り誤魔化した。


 涙もろい狼に肩を竦めるが、デカラビアも似たようなものだ。かっと無理やり見開いた目は潤んでいる。


 見守る中、とっぷりと日が暮れた。お祭り騒ぎで待ち構えていた魔族も、三日目で孵化しなかった不安を抱えて大人しくなる。ガブリエルはもう一度温めると言い出し、卵の上に覆い被さった。


 小さな声で話しかけながら、卵を軽く揺する。出てこいと呼び、記憶にある歌を聴かせた。夜の闇に溶け込む黒竜の背で、差し込んだ朝日が光る。眠れなかったバラムと、眠らなくても平気なデカラビア。心配する男性陣をよそに、火竜ブネはしっかり睡眠をとったらしい。


 大きな欠伸をしながら巣を覗き込んだ。ガブリエルが隙間を作って、卵の様子を見せる。と…….ピシッ! 音が聞こえた。静まり返っていた巣の周辺に響いた音は、視線を巣へ集める。もしかして? 今度こそ!


 期待を一身に集める卵に、大きなヒビが増えた。パリンと乾いた音が続き、横に穴が開く。一般的には上から割れることが多いので、気づいたバラムが「こっち!」とガブリエルを呼んだ。覗き込んだガブリエルの鼻先に、割れた殻が飛んでくる。


「産まれるのか」


 ドキドキしながら待つガブリエルは、さらに近づいた。鼻先が触れる距離で……何かがぶつかる。殻ではなく柔らかい何か。ふにっと鼻先を踏んだのか、押し除けたのか。ピンク色の細い手か足が飛び出していた。


「産まれるぞ!!」


「きたっ!」


 わっと盛り上がる魔族の声にびっくりしたらしく、ピンク色は引っ込んでしまう。皆が「しぃ」と声を潜める。音が消えた巣の中で、卵から再びピンク色が顔を覗かせた。比喩ではなく、本当に顔だ。


 くりんと大きな赤い目を持つ、愛らしい顔立ちは竜に似ている。じっとガブリエルを見つめ「くぁああ!」と鳴いた。

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