09.表からぶつかるだけが戦いではない

 休暇を終えた魔族が早々に戻ってきた。中には同族を新たな戦力として連れてきた者もいる。よくよく覚悟を確認し、残る一族の数も申告させた。もし目の前にいる者が全滅した場合でも、種族が絶えないよう。それは魔王の座に就いた者の責務だ。


 ガブリエルはまだ子どもだが、魔王の称号を掲げた時から使命を理解していた。それは神が与えた慈悲なのか、恩恵の一つか。魔神が望むのは、魔族が己の領地を守りながら平和に暮らすことだ。その願いを壊すのが人族なら、滅ぼすのが当然とガブリエルは考えていた。


「攻撃の主力を東へ回すが……ある程度は防衛に残す」


 俊足を誇る種族や魔法が使える者は攻撃に、それ以外は守備へ振り分けた。戦える者を全員引き連れて東で戦う間に、本拠地に残る女子どもを殺されたら意味がない。戦えない種族や弱い者を見捨てない策は、過去に学んでいた。


 先代魔王ナベルスと行った戦盤の中で、勇み足で飛び込んだガブリエルは全滅させられた。長期戦の組み立ても、緊急時の退却に関する知識も。すべて継承している。


 ガブリエルは魔族を前に微笑を浮かべた。鋭い牙が覗くドラゴンの表情に、誰もが勝利を確信する。圧倒的強者である魔王が先陣を切るなら、続いて戦い背後を守るのが彼らの誇りだった。


「守りは任せた」


「承知しました」


 はきはきと受け答えをするバルバドスは、巨人族の屈強な男だ。足は速くないが度胸があり判断は早い。何より、彼らはその身長を生かして守備線を維持することが可能だった。高い位置から警戒し、緊急時は遠くまで連絡を放つ。


 人化した腕が翼となった翼手族が連絡役を買って出た。頭上から石などを落とす程度の戦力だが、獣化して鳥になれば速い。あっという間に人族の領地を飛び越えて、連絡を届けてくれるだろう。持久力もあるので、往復の連絡も期待できた。


 万全の構えをもう一度確かめる。出生率が低い魔族にとって、次はない。あの勇者が再度襲って来れば、魔族は集団を維持できないほど失われるだろう。先手必勝、奴らを先に滅ぼすしかなかった。多少卑怯だが、いくつか策を巡らせている。


 仕込んだ作戦が花開くまで、まだ時間が必要だった。その時間を稼ぎながら、さらに別の作戦を忍ばせる。そのための攻撃だ。ガブリエルが翼を広げ、ふわりと空に舞う。黒い影となった魔王が東へ進路を取った。地を駆ける獣人族が獣化して続く。魔法を得意とする種族が準備を始めた。


 ナベルスが負けた理由は、彼の優しさだ。ガブリエルはそう考える。全滅させず、子を成す女を残した。まだ幼い者に罪はないと生かした。その結果が、あの勇者を生み出したのだから。彼らが攻めてきた時、多くの魔族が犠牲になった。


 戦えない種族でも見た目が人と違う、ただそれだけの理由で殺される。森を焼き、城を壊し、大地を血で染めた。やられたらやり返すのが魔族の流儀だ。


「勇者がいつまで持ち堪えるか」


 人族の性質は学んだ。奴らは勇者を讃えながらも羨む。魔族を倒すために強者を求めたくせに、彼らが帰還するとその強さを疎んだ。自分に向けられる可能性に怯えるのだ。哀れな人族の恐怖心を増大させ、勇者への不信感を生む。それだけでよかった。


 人族は勇者を自らの手で排除するだろう。その時がチャンスだ。勇者と直接対峙しなくても魔族の勝利が確定する。オレは人族の自滅を待てばいい。ぐるりと旋回し、東の海岸に伸びる緑の森へ降り立った。


「新たな魔王陛下に忠誠を」


 様々な種族が集っている。彼らも人族に海を荒らされ、迷惑していた。魔王に頼るのも当然だ。ぐっと胸を張り、体を大きく見せながら黒竜は言い放った。


「オレに忠誠を捧げろ。だが命を捨てるような攻撃は許さん」


 わっと歓声が上がった。

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