04.順調なのに満たされない

 ブレスで焼き払った村を見回す。あの日と同じ光景だった。すべてが色を失い、白と黒が視界を埋め尽くしたあの日……父と魔王が奪われた。ガブリエルにとって最悪の日だが、思い浮かべるのは最後の微笑みだ。ぎこちなさも不自然さもなかった。


 切り裂かれた傷の血の色も、焼け爛れた全身の痛みも。あの人は感じさせなかった。両ツノの魔王と呼ばれたナベルス様は、オレを安心させようと微笑む。その強さが悲しい。胸を締め付ける思い出に耐えるように、ぎゅっと拳を握った。


 あの人がいない世界なら、すべて同じ黒に染め替えよう。あの人を燃やし尽くした攻撃より熱く、残酷に、誰一人残さず。人族を絶滅させたら、あの人はオレを迎えに来てくれるだろうか。


「魔王様、あっちの村も終わったぞ」


「わかった」


 報告する巨人族の青年はまだ若い。年配者は戦って死んでしまった。どの魔族も若者が逃され、生かされた。父、母、兄弟や姉妹、親族……中には一族そのものが滅ぼされた者もいる。ガブリエルの竜族も激減し、山奥に数人が生き残るだけだった。


「俺らはあんたに従うからさ。必ず勇者を倒そうぜ」


 巨人族のバルバドスは、にやりと歯を見せて笑った。拳を握って勝つぞと声をあげる彼は、力強く黒竜の鱗を叩く。かなり乱暴な所作だがいつものこと、ガブリエルは笑って流した。


「ああ、必ず勇者を殺す」


 より物騒な表現を選んだ若い魔王に、バルバドスは何度も頷いた。短い黒髪をぐしゃりと乱し、大股で歩いていく。泣いてるんじゃないだろうな。後ろ姿にそんな感想を抱きながら、ガブリエルは細く長い息を吐いた。


 そろそろ噂が都に届いた頃だろう。王族が住む都は数万人の人族が暮らしている。襲撃すれば多くの人を殺せるが、こちらの損害も大きくなるだろう。今はまだ力を蓄えながら、小さな反撃しか出来ない。あと十年待てば……ガブリエル自身の力は倍増する。


 分かっていても苛々した。勇者はまだ若い。数年前に青年と呼ぶ外見だったのだから、たった十年で死んだりしない。それでも……早く殺したいと感情が叫んだ。同時に、もっと甚振って苦しめ、周囲から攻め立てて絶望の中で命を絶ってやりたい。そんな考えも生まれた。


「どちらを選んでも後悔するんだろうな」


 そう呟いて深呼吸する。目の前の炭の山から目を逸らし、バルバドス達が滅ぼした村へと向かった。空を飛べるようになったのは、名を得た翌日だ。ガブリエルの名を与えられたことで、世界に存在が肯定された。魔族にとって固有の名を得ることは特別な意味があり、強者から与えられれば力も増大する。


「出来たら……」


 魔王様に名付けてほしかった。父も同じことを望んで、オレに名を付けなかったくらいだ。いつか、あの人の声で名を呼んでもらえると疑いもしなかった。幼い頃の思い出は、いつも切なくなる。亡くなった人や叶わない想いが渦巻くから。


「魔神様が何を望んだのか知らないけれど、オレはこの生き方しか思いつかない」


 魔族を創造した神に名付けられたのは、初代魔王以来の快挙だ。拠り所を求める魔族は、すぐにガブリエルを担ぎ上げた。彼もその期待に応える成長を見せている。人族は彼の敵ではなく、順調に集落を焼き払っているのに。


「足りない」


 憎悪も愛情も達成感も、何一つ黒鱗に覆われた心を満たしてくれなかった。切ない、哀しい。天を仰いで、ガブリエルは咆哮をあげる。両親と魔王様に届くよう願いを込めて。

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