02.決意表明の狼煙は恨みの色
圧倒的な魔力と身体能力を誇る魔族だが、出生率は低い。そのため絶対数が少なかった。数の有利を押し出して戦いを挑む人族に、魔族は後退を余儀なくされる。魔族の頂点に立つ『魔王』の座が空席だったこともあり、習性や能力に差の目立つ魔族は纏まり切れなかった。
隙を突くように、人族は攻め込む。まるで蟻の軍だ。団結力と統率力、ここは魔族より人族の方が優れていた。個の力が強い魔族は、どうしても突出して攻め込もうとする。囲まれて逃げ場を失う魔族は、個々に撃破されてきた。だがそれも過去の話となる。
「あの村を襲う。ただの一人も生かすな」
家畜も含め、すべて殺せ。淡々と命じる黒竜の体はまだ小さい。成長に数百年をかける竜族の子は、まだ庇護を必要とする年齢だった。生まれて僅か二十年程、親の陰に隠れて守られるはずだ。しかし、ガブリエルの境遇が弱さを許さない。
卵を奪いに来た人族に殺された母、勇者の率いる軍と勇敢に戦った父、大切に慈しんでくれた魔王も殺された。ガブリエルの小さな手は誰も守れなかった。生き残った幼竜は復讐のために力を欲する。多種多様な魔族の結束と、ガブリエルの名と共に与えられた強大な魔力を手に。
見下ろした村の住人は、これから起きる惨劇を知らない。ただ幸せそうに日々の生活が繰り返されると信じていた。あの頃の自分と同じだ。勇者が攻めてきたのに、明日も一緒にいられると疑いもせず……失った。胸がずきんと痛む。この痛みがある限り、止まらずに走れるだろう。
「行け」
号令を駆けたガブリエルは、真っ先に突っ込んだ。慌てたように魔族が後を追う。顔に傷のある狼獣人は、魔王の側近だった。盾になるため最後まで残ろうとして、魔王に転移させられる。勇者の一撃を浴びた傷は、今も顔に大きく刻まれていた。
主君を守るどころか、逃がされ守られた。その痛みは、獣人族の長であるバラムの胸の奥底に燻っている。咆哮をあげたバラムは、巨大な狼となって村へ踏み込んだ。後ろに従う熊や虎もすべて獣人達だ。逃げ惑う女性も子どもも、区別なく噛み殴り倒した。
棒を手に妹を守ろうとする兄を踏み潰し、泣き叫ぶ妹も噛み殺される。地獄絵図だった。獣人を中心に展開された攻撃は、僅か数十分で終わりを迎える。村に抵抗できる強者などいない。命の気配は残っていなかった。
噛み殺した家畜を咥え、熊獣人が悠々と帰っていく。食料にするため家畜のみが回収された。
「まずは一手」
ガブリエルの金色に輝く瞳は、周囲を見回して伏せる。黙とうのような仕草の後、死体を山に積み上げた。村の中央にある広場に積まれた人族の死体へ、黒竜は炎を放つ。体内で練り上げた魔力を、口元に展開した魔法陣を通じてブレスに変換した。
竜族が魔族の中で一目置かれるのは、その圧倒的な強さだ。ドラゴンブレスと呼ばれる攻撃も、その一つだった。魔法陣を変えれば氷や水、雷も放つ。青白い高温の炎が死体を炭に変えていく。他所へ知らせる煙や炎の柱は必要なかった。
この村の惨劇は始まりだ。人族を全滅させるか、魔族が亡びるか。互いの存亡を懸けた戦いであり、過去に失われた者への弔いだった。決意表明の狼煙は上がった。
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