6・不幸を呼ぶ女

 その後、ナツさんは「サヤ先輩」とやらとカラオケ店へ消えていき、俺たちは向かいのラッキーバーガーで時間をつぶすことにした。ちなみに、高校生のカラオケ店利用は夜の10時まで。ナツさんが年齢詐称でもしていない限り、2時間も経たずに店から出てくるはずだ。


「なあ、さっきのアレは何?」

「アレって?」

「『不幸を呼ぶ女』とか言ってたやつ」


 フライドポテトをつまみながら訊ねると、星井は「ああ」とため息をついた。


「本当に聞いたことないの? サヤ先輩の噂」

「だから、ないって」


 そもそも「サヤ先輩」とやらの存在も今日初めて知ったくらいだ。基本的に、俺は上級生に対して興味がない。夏樹さん及びその周辺の人たちは別だけど、それ以外の人たちのことは、誰と付き合おうが、どんなあだ名で呼ばれていようがどうだっていいのだ。


「サヤ先輩はさぁ、なんていうか……とにかくいろんな男子に手を出すことで有名だったんだよねぇ」

「いろんなって……具体的には?」

「私が知ってるだけでも同級生5人・下級生3人。そのうち『彼女持ち』だったのは4人」


 なるほど、他人の恋人にも平気でアプローチをする女子というわけか。


「でも、実際はもっといるはずだし、噂によると教育実習生と付き合ってたこともあるみたい」


 それは、たしかにヤバそうではある。

 とはいえ、その程度のことで「不幸を呼ぶ」というのは、いささか大げさすぎやしないか? たしかに、浮気された側からすれば、あのメドゥーサ女子は「不幸を呼ぶ女」かもしれないけれど、全員が彼女持ちではなかったんだよな?

 そんな俺の指摘を、星井は「まあ、聞きなって」と軽くいなした。


「まずさ、サヤ先輩って『彼氏』がいるんだよ」

「……えっ?」

「彼氏がいて、その上であちこち食い散らかしてるわけ」


 それは──ナツさんと同類ということだろうか。

 あの人も、元の世界の俺と付き合っていながら、俺やサカマッキーに手を出そうとしたり、メドゥーサ女子とキスしたりしているわけで……


「でさ、その彼氏がめちゃくちゃゴツくて短気で、すぐに拳に訴えるタイプらしいんだよねー」


 ──なるほど、だんだん読めてきた。


「つまり『サヤ先輩』の毒牙にかかると、もれなく凶暴な彼氏が出てきてボコボコにされる──と」


 それなら「不幸を呼ぶ女」と呼ばれるのも納得できる。まあ、凶暴な彼氏持ちの女子と関係をもった時点で、自業自得な気もするけれど……


(いや、知らない可能性もあるのか)


 メドゥーサ女子に交際相手がいるとは知らずに、手を出されたとしたら? たしかに「不幸を呼ぶ女」と言いたくもなるかもしれない。


「でさ、どう思う?」


 渋い顔つきのまま、星井はカラオケ店に目を向けた。


「なっちゃんさ、サヤ先輩に彼氏がいるの、知ってると思う?」

「微妙なところだな」


 ナツさんがこっちの世界に来てから、まだ1ヶ月と少し。なおかつ、メドゥーサ女子はすでに高校を卒業しているわけで、噂が耳に入る可能性は極めて低い。

 とはいえ、彼氏がいると知っていても気にせず手を出しかねないのが、ナツさんのやっかいなところ。

 自分の欲望に忠実というか、貞操観念がゆるゆるというか。だから、俺にもちょっかいを出そうとするわけで──


「青野、顔」


 星井に、なぜかデコピンをくらった。


「痛っ……なに!?」

「シワ。すごかったよ、今」


 星井は眉間を指さしたけれど、なんだか釈然としない。いきなりのデコピンはあんまりだし、そもそも俺には眉間にシワを刻む理由などないはずだ。


「とりあえずさ、家に帰ったらなっちゃんに確認してみるよ」

「彼氏がいるのを知ってるのかって?」

「うん」

「『知ってる』って言われたら?」

「まあ、説得するしかないよね。『やめておきなよ』って」


 それからSサイズのポテトとSサイズのドリンクで3時間粘って、俺たちはラッキーバーガーを後にした。

 結局、ナツさんは夜の10時を過ぎてもカラオケ店から出てこなかった。

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