勇者になったアイツと、なれなかった俺
ジョク・カノサ
第1話 再会
その依頼は金払いが良かった。
『近々、ここから南の街道を馬車連れの一団が通る。一目でそれと分かる一団だ。その馬車の中に居る女を殺せ。女の歳は十八かそこら、殺り方は任せる。確実に殺ったという証拠さえ持ち帰ってくれれば良い。……残念だがそれ以上の情報は渡せない。そこも含めてこの報酬だ。やるか?』
怪しいにもほどがあった。言ってしまえば暗殺だが、まずそれ自体がおかしい。
他にも暗殺なんて事前の準備がモノを言うだろう仕事に情報を渋るのは解せない。加えて破格すぎる報酬、何重にも仲介を経由させているだろう依頼人。
やめた方がいい。頭の片隅でそう判断する。が、結局は受けた。それほど報酬が魅力的だった。後は。
この依頼の真相がなんだろうが、失敗しようが、その結果俺がどんな状況に陥ろうが。
どうだって良い話だからだ。
☆
温い水が喉を流れる。ある程度飲んだところで口を離し、革袋を
「へえ、便利なギフトだなそれ」
横から馴れ馴れしく話しかけてきた黒のフードの男──同業はジロジロと俺の手元を見る。
「【収納】だったか? そりゃ手ぶらでも問題ないワケだ」
「……」
「そう不愛想にすんなよ。美味しい話に飛びついた者同士じゃねえか。ま、俺はアンタが引き受けたって話を聞いたからノったんだけどな」
男は話しながらも、自身の手元にあるコンパクトな手鏡に視線を移していた。
「顔、見えてねえよな……ん、アンタも確認しとくか?」
そうして差し出された、所々にヒビが入った小さな鏡。そこには一人の男が居る。
鏡の持ち主と同じくフードを被り、その下にはボサついた灰色の髪と二つの薄暗い目。そして右目の目元には横に刻まれた傷。紛れもなく、
「そろそろだな。一仕事こなして、大金稼ごうや」
男はそう言って、武骨な槍を片手に俺が身を隠す茂みから離れていく。
──ここは指定された街道。それも左右を森に挟まれた一帯だ。
こちら側には俺とさっきの男の二人、向こう側には同じく仕事を受けた同業二人が森の中に潜んでいる。
もうじき日も暮れ終わる時間。本当は夜を待ちたいがこのまま森を抜けられても困る。だからこそ左右からの奇襲をもって、俺達四人は今ここで事を済ますと決めた。
「来たぞ」
俺から少し離れた場所で待機していた槍の男。その押し殺した声が届く。
それが件の馬車であることは遠目からでも一目で分かった。
馬車自体の見かけは普通だが、その周囲はどう見ても普通じゃない。御者兼護衛なのだろう男が二人。馬車の側面に徒歩で随伴する男が二人。そして恐らく馬車の後方と逆の側面にも何人かいて、それぞれが武装している。
ここまで来ると馬車の見かけが普通なのが逆に異常だ。恐らく目立たないようにしてるんだろうが、一つの馬車にここまでの護衛を付けてる時点で嫌でも目に付く。
どこかしらの要人。予想はついていたがバックレるつもりはない。それは槍の男も同じようだった。
馬車との距離はまだある。馬車側に居る槍の男が息を吐く音が聞こえた時、その異変に気づいた。
「ん……?」
槍の男も気づいたらしい。一行全体がその場で停止した事に。
俺は何も言わず、馬車から離れる方向へと森の中を移動し始める。
「──敵四人! 左右に二人づつ潜んでいるぞ! 撃て!」
先頭の内の片割れがそう叫んだ瞬間、馬車の側面から二つの火球が出現する。火球はそれなりの速度で動き出し俺達が居る森の中へと迫る。
「!? クソッ!」
槍の男はそれに対し回避行動を取ろうとしたが、無駄だった。火球は吸い寄せられるように着弾する。
「アッ、アアアアアアッ!!!」
飛んで来た火球を手ごろな木を盾にすることでいなしがら、俺は男の絶叫を聞く。対面から微かに聞こえる声から察するに、向こうでも同じようなことが起こってるらしい。
「【察知】系と【炎熱】系、それと向こうの。最低でもシングルが三人」
手厚すぎる護衛。そこらの傭兵には荷が重い。向こうの奴らは死んだか怖気づいて逃げただろう。あっという間に俺一人だ。
──問題ない。元より期待していない。【察知】系は大抵、一度使うと次に使えるようになるまでの間がある。動くなら今だ。
「借りるぞ」
俺は駆け出し、未だ燃えている男が手放した槍を拾い、力を込めて投擲した。草木の間をすり抜け槍は狙い通りに騎乗している片割れの首へ届き、人形のように弾き飛ばす。
一人。
「なっ!? くっ、まだ一人残っているぞ!」
投擲と同時に走り出していたことで、その声が発される頃には俺はもう馬車の側面まで来ている。茂みから現れた俺を明らかに対処の心構えが出来ていない顔をした二人が出迎える。
「ゆっ、【誘え──」
比較的対処が速かった方の懐に入り、肘で首を突いた。ひゅっ、という呼気の音と骨が砕ける音を鳴らして衝撃を受けた身体は馬車へとぶつかる。
二人。
「貴様ぁっ!」
対処が遅かった方が剣で斬りかかろうとしてきたのを横目に見た俺は、それを無視し前に進んだ。馬車にもたれ掛かる形で倒れ込んだ男の肩を足蹴に、馬車の上を跳ぶ。
「はあ!?」
男の驚愕の顔と共に、空中から人数の把握を済ます。後方に二人、反対側に二人。反対側には傭兵を始末したシングルが最低一人は居る。そしてギフト持ちは大抵、有事の際には武器ではなくギフトを頼る。
俺はそのまま反対側へ。徒手のまま呆けた顔で俺を見上げているヤツの背後に着地し、即座に首を捻る。
三人。
「挟み込めぇい!」
どうやら騎乗していた男が降り、こちらにやってきたらしい。その声に合わせて斬りかかろうとする目の前の男に対し、俺は今しがた首を捻った身体を蹴り押し付ける。
「ええい!!」
後方から迫る男が繰り出したであろう必殺の突きを這うようにしゃがむ事で躱し、その体勢のまま右足で後ろ回し蹴りのような足払いを放つ。
スピンの勢いで俺は男と向かい合う。突きを外した体勢のまま、足払いを受けて倒れ込もうとする男の苦悶の表情が見える。
「貴様、何者──」
その言葉を最後まで聞くことはなかった。左に倒れる男の首に、足払いの勢いを殺さずに放った左足の蹴りが刺さったからだ。
四人。
俺は顔が明後日の方を向いた男から剣を奪い取り、押し付けられた身体の処理に手間取っていたのだろう後ろの男に投げつける。反応すら出来なかったようで、そいつの顔からは刃が生えることになった。
五人。
「【転移】っ!」
元居た側面の方からそんな声が聞こえ、次の瞬間にはその気配が消える。
どうやらアイツは【転移】持ちだったらしい。まあこの場で仕事をこなす分には支障はない。
「あ……あ……」
後方へ向かうと、一人が後ろ手に倒れていた。もう一人が居ないのを見るにそいつは逃げたらしい。
逃げ遅れたコイツにもう戦意はない。が、わざわざ生かす意味もない。
「さっさと逃げとけよ」
六人。
「……こんなもんか」
身体中に付いた砂埃を払い、本命へと向かう。残された馬は以外にも大人しく止まってるようだった。
分厚い天幕に覆われた馬車の内部は外から窺い知れない。出入口となる部分もカーテンのような布で中を隠している。
──逃げたヤツはともかく、この馬車の護衛は全員それなりの実力だった。様々な要因が含まれた奇襲だからこそのこの結果であって、まともな形でやり合えばもう少し面倒だっただろう。
このレベルの護衛に護られる要人。そんなヤツを殺したらどうなるんだろうな。
「さ、ご対面だな」
中で人間が身動きしてるような感じはしない。仮に何かされても回避程度は出来る。
俺は馬車の布を掴み、思い切り剥いだ。そしてそこには。
「……んー」
女が居た。薄暗い中は厚い敷物で全体がベッドのようになっていて、その中心にそいつが居た。
今まで寝ていたのか目を擦り、間延びした声を出しながら俺を見る、そいつの姿は。
「なんで」
赤茶色の癖毛が、眠たげな垂れ目が、右の目元にあるホクロが。
「あ、カイくんだー」
そして、その俺の呼び方が正体を確定させる。
「お前がここに」
俺が請け負った殺しの対象は、かつての幼馴染であり。
「サフィ……」
魔王を倒し世界を救う勇者だった。
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