第37話
片付けを終えた俺は生徒会室に鞄を置き忘れたことを思い出した。
「まだ居るかな?」
窓辺から街灯の灯が見えるものの、生徒会室の明かりが見える構造ではないから、教室が空いているかは判らない。
生徒会室の灯は付いている。
引き戸に手をかける。ガラガラと音を立て引き戸を開けると一番奥の席に
「ああ君か……遅くまでお疲れさま。訊いてるよハウスダウトアレルギーの子の仕事代わってあげたんだって? 案外優しいところあるじゃないか」
「案外は余計です」
「済まなかった」
「先輩も残業ですか?」
「……残業と言うほどの事ではないよ。本当は三月頃に
「わざとですよね? 俺、
「いや何も強いて言うなら、私がきみに影響されただけだ」
「影響?」
「ああ例年この時期には、入学式と前期生徒会選挙ぐらいしか仕事はなかったのだが、ボランティア活動の統括と言う大仕事出来た。だから四月と五月の間つまりゴールデンウィークに、ささやかながら催し物をしようと思ってね。その準備だよ」
「ささやかな催しと準備ですか……」
「そ、他学年交流を目的としたものだよ」
「生徒会の先生には提出済みで、あとは細かいところをつめるだけ手伝う必要はないよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えてお先に失礼します」
「お疲れ」
「では失礼します」
………
……
…
「あーっクソ!」
勉強に身が入らない。
理由なんて判らないだけど集中できない。
気分転換に腹筋と腕立て伏せを始める。
いくら前世と違って痩せている身体とは言え、不摂生が祟れば太ったり病気になったりと何れ身体に現れる。
勉強の合間の気分転換を兼ねての筋トレは、実利と気分転換その両立を果たせる数少ないものだ。
他には音楽を聴きながら散歩してその間にゴミを拾って、善行を積むと言うモノはあるがあれは意識して行うものだから、残念ながら本来意図した気分転換にはあまりならない。
「ふぅ……今日はこれぐらいでいいか」
腹筋から力を抜いてベンチに倒れる。
すると耳に付けていたイヤフォンからCMが聞こえて来る。
「ん?」
『特報! あの人気Vtuber達がブラックライトニングと衝撃のコラボ!! 皆さん買ってくださいね? Vtuberライトニング発売 お買い求めはお近くのコンビニエンスストアまたは、スーパーマーケットにて』
俺はこの世界に来る前からVtuberのファンだった。
漫画やアニメ、テレビ番組に映画と概ね同じものの少しだけ違うこの世界で、始めて全く同じだと言えたもの。
それが俺の押しのVtuberグループ『アルカンシエル』だった。
今まで切り抜き動画を見ていただけの俺だが
「丁度いい理由も出来たし少し遠出するか……」
俺は駅前に向かった。
………
……
…
「まさか品切れなんてな……ついてない」
駅前に向かう道すがら何店舗もコンビニに立ち寄ったものの、コラボ商品や特典のクリアファイルは無かった。
駅前付近のコンビニで無事商品をゲットした帰りの事だった。
「あ、先輩こんばんわ」
相変わらず
「こんばんわ……って、あんまふらふらするなよ?」
「はーい。お説教はいいですから先輩今日はなんでここにいるんですか?」
「気分転換を兼ねた実利だな」
頭の先からつま先までじっくりと眺めるとこういった。
「Vtuberのグッズですか……」
「そ、切り抜き見てハマっちゃったんだよね」
「先輩見た目に反してそういうのが趣味だったんですね」
「ほっとけ」
見た目と中身が違うのは仕方がないだろ。
俺はただのオタクなんだから。
「今日も帰宅拒否か?」
「そんなところです」
あれ? 何だろうこの違和感は……
多分、作品内のイメージに引きずられているだけだろう。
「今日も付き合ってやろうか?」
「先輩も忙しいでしょ?」
「まあ、やることはあるがそんなのお前と比べればどうだっていい」
「……」
「時間を上手く潰すコツ教えてやろうか?」
「コツですか……」
「好きなことを見つける事だ」
「好きなこと……」
あまりピンと来ていないようだ。
「夢中になれることと言い換えてもいい。部活やゲームなんかの娯楽に耽る奴の方が多い勉強は必要だが、充実した人生にはそう言う遊びも必要だと思う」
学生時代の俺は、バイトをしたくなかったので趣味のラノベを買う際に良く悩んだものだ。
100円でも安い中古を買って金を浮かせたり……今もその癖か新刊でもない限り先ずは古書店に行ってしまう。
「律儀のルールなんて守る必要ないぞ……鞄の中にパーカー一枚入れて置け上からそれを着れば、ぱっと見中学生には見えないから店だろうが、ゲーセンだろうが行き放題だ」
「……」
「勘違いするなよ? 俺は
「判りました……」
「今日はワック行こうぜ。新発売のバーガーが……」
丁度新作の期間限定商品が出ていることを思い出し、誘うも素っ気ない態度で袖にされる。
「……先輩。あたし今日はもう帰ることにします」
「……おう、そうか気を付けて帰れよ」
彼女の中でどんな変化があったのかは判らない。
知りたいとは思うが彼女は、既に空想上のキャラクターではなくこの世界を生きる人間なのだ。
「俺も頑張らないとな……」
消えかかった街灯に照らされた俺は、一人帰路を急ぐのであった。
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