第32話

 

「ミネストローネも美味しいわ」


「もう少し少し油と塩を足して、デミグラスソースに負けないスープにするか、酸味を利かせて漬物のような箸休めとした方が良かったかもしれないけどね」


「もう、ダメな部分ばかり探しても仕方ないでしょ? 菜とキャベツが甘くて美味しいし、豆もホクホクで十分美味しいわ」


「本場では短いパスタとか入れるらしいよ?」


「へー日本で言うスープパスタ見たいなモノかしら?」


「そうかもね。ジェノベーゼソースのような冷製ソースを入れるレシピもあるぐらいですから世の中広いな」


「ジェノベーゼソースを入れるの?」


「やってみる?」


「私は遠慮しておくわ」


「じゃ俺はやって見ようかな」


 冷蔵庫からパスタ用のジェノベーゼソースの小瓶を取り出すと匙一杯加え混ぜる。


「コクと塩味が加わって美味しい。でもデミグラスソースとで胃もたれしそう……」


「だと思ったわ」


 木目の美しいテーブルの上には米粒一つ残っていない皿と匙が残っていた。


「つい美味しくていっぱいたべてしまったわ」


「……そう言って貰えて嬉しいよ」


 料理の味や生来の食い意地だけではく、ストレス的な何かを感じるが俺はカウンセラーでも何でもない。ただの元成人男性の悪役だ。

 これ以上の重荷を背負う余裕はない。


「今月末に遠足があるからスタイルは保ちたいわ」


「遠足?」


「そう。簡単に言えば観光地へ行く日帰り旅行ね」


 そう言えば原作の中でもそんなイベントがあったことを思い出した。

 確かGWのイベントの一つだった気がする。


「その後って中間テストだよね?」


「そう五月の半ばだったかしら」


「……」


 麦茶を一口、口に運ぶ。


 転生直後のバタバタと目先のイベントに夢中ですっかり忘れていたが学生にはテストがある。

 落したところで即時退学とはならないものの、これからも真堂恭介しんどうきょうすけとして生きていくのなら放って置けない問題だ。

 全教科赤点なんて取った日には、不良のレッテルを張られることは想像に難くない。


 もっとのほほんとしたラブコメ作品見たいに、勉強会イベントとか話題を増やすためにテストと言うイベントは使って欲しい。

 【幼馴染を寝取られたので努力したらハーレムが出来た件】のように、家事万能で勉強もできる高スペック主人公を読者示し、悪役は馬鹿と言う対比をされることが予想される。


もしかして俺って、生活態度だけじゃなくて学力もそこそこ以上じゃないと強制的に悪役にされるのでは? と嫌な想像が脳裏を過る。


逆に……逆に考えるんだ……

テストと生活態度さえ確りすれば俺も主人公になれるのだと……


 悪役を脱しつつある今、次に目指すのは主人公の座。

 本編主人公じゃなくていい。

 超電磁砲レールガン一方通行アクセラレーターと言った一つの作品から生まれた別の一面や可能性としての主人公……二次創作や夢夢小説そう言った存在こそ俺が目指すべき先なのだ。


 そのためには主人公っぽい行動をするしかない。

 確か私立瑞宝ずいほう学園は成績の貼り出しをしていないが、主人公達の学年の教師が個人的に100位までランキングを作って貼り出すと言う話がチラっと出た事を思い出した。


 今までの真堂恭介しんどうきょうすけが出来ない事でも前世の経験があれば不可能ではない。

 本来なら決して学年上位に並ぶ事のない俺の名前を刻み、それを同学年に見せつけることで俺の『悪役』としての印象を改善する。


 そしてそれを皮切りに俺という存在を良く知ってもらうことで多くの生徒が抱いている過去の真堂恭介 お れ の汚名を雪ぐ。


 テストの順位発表なんて原作で少し描写されただけの些細なイベントだ。

 だが、今の俺の目標は主人公になること。大きい小さいなんて関係ない。


 このラブコメ世界は原作通りの未来になるよう運命の強制力を働かせるが、事前の行動や運命の強制力それ以上の強い想いや感情によって抗う事が出来ることは一度証明している。

 

 きっと新たな運命の強制力の一つが、後輩第三のヒロイン葛城綾音かつらぎあやねの早期登場や現作では無名だった成嶋なるしまさん達の俺への積極的な介入だと思う。

 少しづつではあるが滅びが確約された運命のレールから外れる事が出来ている。


 些細な事でも全力で挑む。


 俺の学生時代とは真逆の事だ……

 

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