異世界冒険録～神器のアルケミスト～

序章 転生

1．歩きスマホは異世界の入口

「――今日もお疲れ様、私」

　時間はすでに23時。

　今日の仕事も何とか終わり、ようやく家路についたところだ。

　外は当然のことながら暗く、ビルの照明や街のネオンライトが遠くで静かに光っている。

「さて……と。

　『行動力』を消費しちゃわないと」

　そう呟きながら、鞄からスマホを出してアプリを起動する。

　起動したのは『錬金術』をテーマにしたゲームのアプリだ。

　錬金術、って知っているかな？

　古代に生まれて、黄金や不老不死の薬を作り出すことを目的にした学問。

　昔の人のただの妄想――……じゃなくて、現代化学の前身にもなった、実際にあった現実のものなんだよ。

　……とは言っても、このゲームの場合は『いろいろな素材』から『いろいろなアイテム』を作るだけの、単純なものなんだけどね。

　例えば『薬草からポーションを作る』とか、『鉱石から爆弾を作る』とか、そんな感じ。

　『最強になって魔王を倒す！』みたいなゲームではないんだけど、ちまちました作業がとても気に入っていて、最近はずっとこれで遊んでいるのだ。

「――むむ、また新しいガチャがきてるねぇ。

　もぉー、無課金ユーザーも愛してよ～」

　アプリが起動すると、画面には『新しい装備を買え！』と言わんばかりのド派手な演出が流れ始める。

「え？　新しい装備に、新能力？

　うそ、ぶっ壊れすぎでしょ……」

　スマホの画面を食い入るように見つめる私。

　そこには今までのゲームバランスが崩壊するほどの、凄まじい能力を持った装備が映し出されていた。

「……むぅ、課金か」

　冷たい風を浴びながら、目線を夜空に上げてみる。

　社会に出てから早や数年、地獄のような仕事が毎日続いている。

　ストレスも最近はかなり溜まっているし、少しくらいなら課金をしてみても良い……かな？

　課金をすれば色々とプレイが楽になるはずだし、今まで全然ダメだったランキングにも入りやすくなるだろうし――

　……きっと、別の遊び方が生まれて来るに違いない。

　よし、家に帰ったら課金してみよう！

　実はスマホのアプリにお金を払うのって、今回が初めてなんだよね。

　ふふふ、不思議な高揚感が出て来たかも。

　うーん、とっても楽しみ！

　――そんなことを思った瞬間、夜空の暗さとは真逆の、まぶしい光が目に飛び込んできた。

　慌てて光の方に目をやると、トラックが猛スピードで私に目掛けて突っ込んでくる。

　……あ、これ知ってる！

　このまま死んで、どこかの世界に転生することを『トラック転生』っていうんだよね？

　この前ネットで覚えて、知ったんだ――

　――……神原愛奈、24才。この世界で考えた最後のことが、そんなアホっぽいことだった。

◇　◇　◇　◇　◇

　……気が付くと、そこは何も無い空間だった。

　文字通りに何もなく、地面すらも見当たらない。

「ほっほっほ、ようやく気付いたかの？」

　ふいに声のした方向を見ると、『神様』がいた。

　本当に神様なのかは分からないけど、私が神様をイメージすると大体こんな感じ……といった見た目をしている。

「いかにも、ワシは神じゃよ」

　……おお、何も喋ってないのに考えを読まれてしまった。

　もしかして本当に神様？　でも、何教の神様なのかな。

「ワシを信仰している宗教は、お主の世界には無いのう。

　お主の世界には、別の神がしっかりとおられるからの」

　え？　地球って神様がいたの！？

　私、人並みに無宗教だったけど、何だか損した気分。

　それで、私は何で……今、神様とお話してるんだろう……？

「ワシは今、お主の世界から死者の魂を選定していたところなんじゃよ」

　……死者の魂を選定？

　ああ、なるほど。私、死んじゃったのね。

　言われてみれば手足も何だかぼんやりと光っているし、魂の状態……と言われれば納得してしまう。

　死んだ瞬間の記憶はまったく無いんだけど……。

「うむ、それは見事な即死でのう。

　葬儀はすでに、無事に執り行われておるぞ」

　ああ、それなら身体はもう火葬されているのか。

　24年も付き合ってくれた私の身体、今までありがとね。

「ほっほっほ。お主、妙にサバサバしておるのう。

　悲しんだり嘆いたりをするでも無く」

　……うーん。

　突然すぎて、実感がまるで無いだけなんだよね……。

　残っている最後の記憶なんて、何だかトラック転生のことを考えていたくらいだし……走馬灯すら無かったんだよ？

　でも、こんなにあっさり死ぬんだったら……あんな地獄みたいな仕事は、とっとと辞めておけば良かったなぁ。

「――さて、そろそろ本題に入ろう。

　お主には、ワシの世界に転生してもらいたいんじゃ」

　え？　あ……、これ知ってる！

　『神様転生』っていうんだよね！！

「お主の世界にはそんな言葉まであるのか……。

　ふむ、もしかすると転生の経験者がいたのかもしれんのう」

　そうかもしれないし、ただの空想かもしれないし、私には分からないですね……。

「まぁ、ワシとしては話が早くて助かるが」

　神様は魂の選定をしていたんだっけ？

　……ということは、私は選定されたってことになるけど……何で私が？

「いろいろな魂を見ていたんじゃが、お主が妙にポジティブで気になってのう」

　ポジティブ？

　うーん、ポジティブに課金をしようとしてたから……？

　……って、うそ！？　それが理由なの！？

「ほっほっほ。

　お主は錬金術のことも考えていたじゃろう？

　ワシの世界にも錬金術があっての、親近感を覚えた……というのもあるんじゃよ」

　錬金術がある？

　現代化学の前身……じゃなくて、ファンタジー的な錬金術のこと？

「うむ。あとはそうじゃの、お主の世界にはない『魔法』や『ドラゴン』なんかも存在するぞ」

　めっちゃファンタジー世界だ――――――――――――――――！！！！！！！！！！！！

「……興味を持ってくれたようで何よりじゃ。

　転生するに当たってはもちろん便宜を図らせてもらおう。

　是非、ワシの世界に来てくれんかのう」

　も、もちろんお願いします！！

「ほっほっほ、即答か。それでは頼んだぞ」

　はい、頼まれました！

「……それではすまんが、ワシも時間が無くての。

　早速、お主をワシの世界に送るとしよう」

　名残惜しいですが、分かりました！

「それではお主――……前世は神原愛奈と言ったか。

　新たな名、我が祝福において『アイナ・バートランド・クリスティア』の名を授けよう」

　その瞬間、神様の両手の中で大量の光が弾けた。

「実りある人生を送るのじゃぞ。

　自らの真意と向き合い、正直で在るように――」

　光の勢いは留まらずに激しさを増し、辺りは、私は、その光に押し流されていった――

◇　◇　◇　◇　◇

　――頬をくすぐる柔らかな風。草の匂い。暖かな陽射し。

　次に気が付いたとき、先ほどまでの神秘な世界ではなく、私は『普通の世界』にいた。

「ん……。ここは……どこだろう？」

　周囲を見まわすと、そこは小高い丘のようだった。

　眼下には、中世を思わせるような街並みが見えている。

「わぁ……！

　今までのは夢じゃなくて、全部本当のこと？」

　独りごとを呟きながら、その最中には見慣れない自分の身体がちらりと見える。

　初めて見る服を着ているし、肌の色も以前より白い。髪にいたっては金髪だし……！

　見るものにいちいち興奮していると、腰に下げていた小さな鞄に気が付いた。

　慣れない手付きで開けてみれば、そこには小物やカード、お財布や手紙などが入っている。

「……手鏡も発見！」

　いの一番に手鏡を取り出して、自分の顔を確認してみる。

　金髪に赤眼の可愛い感じの少女。絶世の……とまではいかないが、私好みの顔。

　年の頃は17才、といった感じだ。

　ん……？

　死ぬ前は24才だったから、これは単純に若返っていて嬉しいぞ……？

　10分ほど手鏡を見ながら妄想や空想を膨らませた後、そういえばと鞄の中から手紙を出す。

　内容を確認してみると、それは神様からのものだった。

『転生おめでとう。そしてワシの世界へようこそ。

　お主は今、辺境都市クレントスのそばにいるはずじゃ。

　ワシから与える使命などは無いから、異世界での生活を気ままに楽しむが良い』

　……ふむふむ、なるほど。

『スキルもワシが吟味した8つを付けておいたからの。

　落ち着いたらアイテムボックスにちょっとしたプレゼントを入れておる。これも有用に活用するが良いぞ』

　そこまで読み終わると、手紙は静かに燃えて宙に消えていった。

「……スキル？

　そういうのもあるんだ。本当にゲームみたい……！」

　しかし使い方も、確認の仕方も、まるで分からない。

「うーん……。

　とりあえず、あの街で宿を取ろうかな」

　独りそう呟いて、私は眼下に見える街……辺境都市クレントスに向かって歩き出す。

　――そう。

　私の異世界冒険録は、ここから始まるのだ。