第6話 彼はまるで屍喰鬼のように(2)

 ロアーディアルの城に帰りついた頃は、もう暗くなっていた。リティシアを送り出したときにまかれた紙吹雪が、石畳の上で泥に塗れている。使い捨ての木の皮でできた皿が散らばっていた。

 普段は食堂ももう閉まっているはずの時間だが、今日はランプを置いたテーブルが通りを占領している。料理の匂いとアルコールの匂いが空気を汚していた。

 一見華やかな状況だが、街は異様な雰囲気だった。人々は着飾り、ワインで赤い頬をしている物の、皆酔が覚めた目をしている。あちこちで、ためらいがちな囁きが薄闇の中を流れていた。まるで街の中に裏切り者が隠れていて、そいつが誰か互いに探りあっているように。

 ケガを負って城に帰った近衛兵もいただろうし、何より何体か死体も運ばれてきただろう。それを見た者がいれば、なにか異常な事があったのは住民にも分かるはずだ。

 顔にまいた布と、洞窟の天井にぶらさがるコウモリの翼のように体に巻きつけたマントに感謝する。もし自分が近衛兵の恰好をしていることがバレたら、何があったのか町の者に囲まれて質問攻めにあっていたに違いない。

 ラティラスは急ぎ足で城の方向へ足をむける。

 店の前に置かれたテーブルに着いている女が、連れの男に訊ねる言葉が耳に入ってきた。

「それで、リティシア様は……?」

「行方が分からないらしい」

 では、やはりあの賊に囚われたのだ。男の答に、ラティラスの背筋がすっと冷たくなる。

「それにな、なんでも、リティシアを襲った賊を手引きしたのは、道化のラティラスらしいぜ」

 ラティラスは、危うくその場で「なんでそうなる?!」と男の襟首を掴むところだった。

「あいつはリティシアに惚れてたらしいんだ。他人のモノにするくらいなら、ってヤケになって仲間ぶっ殺して姫をかっさらったらしい」

 握りしめる手が震える。

(そんなわけあるか! 一体ワタシがどんな想いで姫(ひい)様を見送ったと!)

 ラティラスはその男をはり倒さなかった事を我ながら偉いと思った。

 おそらくこの噂は城にまで流れていると考えていい。そんな状態でノコノコ城に戻ったら、自分が襲撃に関わっていないと信じてもらえるまで、牢獄暮らしは免れないだろう。仮に信じてもらえた所で、変に疑いのかかった道化に当分城の外をうろつき回る許可が出るとは思えない。

 ラティラスは城に向かうのをやめ、街外れに入り込む。

(リティシア様を探し出さないと……)  

 別れたときの、怒ったようなリティシアの顔が浮かんだ。

(そんな顔しないでくださいよ。ワタシだって……)

 今更になって、姫と別れるときに本当に伝えたかった感情が湧き上ってきた。

(ワタシだって、姫様の事が大好きなんですよ)

 その感情を心の中で言葉にすれば、ラティラスの胸がひきつるように痛んだ。

 日の差し込むあの部屋で、むきあったリティシアにどうしてこの言葉を言わなかったのだろう。あの時なら充分言う時間はあったのに。

 そして、自分はなんでいまさらになってこの言葉を伝えたくなっているのだろう。ひょっとしたらもうリティシアは殺されているのかも知れないのに。

 大通りから外れると、人影はなくなり、明かりも減って薄暗い。排水の異臭がした。窓でゆれている取り込み忘れの洗濯物から、自分に合いそうなシャツとズボンを失敬する。その代金にコインを近くにかかっていた靴下に放りこんだ。

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