第4話 牢獄

 頭の痛みでリティシアは意識を取り戻した。重くてうっすらとしか開かないまぶたを無理やりこじ開ける。ぼんやりとした物の輪郭がはっきりしてくると、自分が小さな部屋にいる事が分かった。窓はなく、光源は天上から吊るされたランプだけで、今が昼なのか夜なのかすら分からない。

 床には真新しい赤いジュウタンが敷かれていた。汚れて灰色になった壁には、花と草のタペストリーが吊るされている。ベッドが隅に置いてあり、白いシーツがかかっていた。空気はヒンヤリとしていて、カビ臭かった。

 一見ただの物置のようだが、壁の一面についた扉は鉄製だ。扉にはガラスがはまって覗き窓になっているようだが、外側からフタが閉められていて向こうは見えない。

「ここは……」

 牢獄のようだな、とリティシアは思った。ジュウタンやタペストリーなど、出来る限り居心地良くしようという努力が見えるのがかえって不気味だった。

 背中に痛みを感じ、身をよじった時自分がイスに縛り付けられているのに気が付く。

 いまだに婚礼衣装のままだったが、短剣は当然のように没収されてどこかに隠されてしまったようだ。ほつれた髪が一房、目にかかる。

「ラティラス……」

その名を呟いた事をリティシアは後悔した。会いたくてたまらなくなってしまった。

ずっと一緒にいると誓ったのに、彼はなぜここにいないのだろう。今どこにいるのだろう。

きっと心配しているに違いない。いや、そもそももう殺されてしまったのでは。

 扉のむこうから、足音と硬い何かが転がるような音がして、リティシアは身を硬くした。

 小さな悲鳴に似た軋みをあげ、鉄の扉が開かれた。

 入ってきたのは一人の娘だった。よくある町娘の恰好に、メイドのような白いエプロンをしている。赤みの強い金髪と、濃い化粧のせいで下品に見える。口元をニヤつかせているのが余計に不愉快だ。

 彼女は食事でも運ぶようなワゴンを押している。白い布がかぶされていて、何が乗っているのかはわからない。だがそれが料理ではないことは、なんの臭いもしないことから分かった。いや、なにも臭いがしないわけではない。かすかに刺激臭がする。

「お目覚めになりましたか、リティシア様。お噂以上にお美しいですね」

 女はそこで一つ礼をした。

「お初にお目にかかります。フェシーと申します」

 その自己紹介を無視し、できる限りきつくリティシアは女をにらみつけた。

「ここはどこだ。答えよ」

 そのリティシアの視線にフェシーは少しひるんだようだったが、すぐにもとの愛想笑いの表情に戻る。

「お答えできません」

「まだ殺されていないということは、私にまだ利用価値があるのだろう? 何をさせる気だ? 王家相手に金でも要求するつもりか?」

「すぐに、分かると思います」

 フェシーはワゴンを、リティシアの近くに置いた。

 また鉄の扉が開き、今度は男が現われた。どこの街にも居そうな恰好をしていたが、どこかすさんだ雰囲気があった。

「ベルフ、姫にごあいさつを」

「どうも、囚われのお姫様。これからよろしく」

 男はリティシアの真横に立つと、彼女の片腕を押さえ付けた。

「無礼者が! 何をするつもりだ!」

 リティシアの質問に、男はただ一言で答えた。

「痛いことを」

 フェシーが、バサリと音をたててワゴンの白い布を取った。

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