朝霞(あさか)アユへの告白連盟


 薄暗い部屋に数本のろうそくが立っている。

 口元を照らす淡い明かりは、円卓を囲む彼らの表情を十全には照らしていなかった。


「昨日決行した、坂上さかがみの告白だが……やはり彼女は気に入らなかったようだ。『見たことある』、と感想があった……漫画やアニメで見たことがあるシチュエーションだったのかもしれないな……」


 屋上から叫ぶ告白から始まり、最近では誘拐犯を利用したマッチポンプによる吊り橋効果を期待した告白をおこなったこともある。


 他にも無人島へ漂流させたり、意図して深い山の中で遭難させたり……過酷な環境へ追い詰めて、絆を深めた上で告白するが……挑んだ全員が見事に撃沈している。


 彼女が満足するような告白の仕方などもうないのではないか? 手札は0枚だ……、既に全てをやり尽くしてしまっているのではないかという気さえしてくる。


 円卓を囲む五人の男たちは、困ったように口元を尖らせ、糸口を探している。

 彼らの想像力では限界があるため、漫画やアニメを参考にしてはいるが……彼女、朝霞あさかアユはもちろんそういうことに詳しいため、結局、彼女が知るシチュエーションになってしまう。彼女が得意とする領域で勝負を挑んでも、当然ながら負け戦だ。


 一周回って普通に告白してもいいのでは? と思い挑んだ告白も、「バカにしてるの?」と一蹴された。やはり彼女には想像もつかない方法で告白するしかないのかもしれない……。


 思考が過激や過酷に寄ってしまっているのも良くはないか?


 考え方を根本的な部分から変える必要がある――――。



 朝霞アユはモテる。モテ過ぎる。

 付き合っている男性がいてもたくさんの男子から告白される……、彼女が別の男子に乗り換える女だと周りに認識されているのかもしれないが、付き合っている人がいれば他の男子に意識が散ることはないと彼女がきちんと否定している。


 証拠に、二股をしたことはない。


 別れてから新しく付き合うまでの期間が短い時はあったけれど、二股をしたくないからと言って乗り換えたわけではなかった…………本当に。


 彼女はモテるけれど、飽きやすいのも事実だった。



「…………?」


 登校してきた彼女が違和感に気づいた……校門を入った途端に空気感が変わったのだ。

 教師を含め生徒全員が、朝霞アユを見ていない――。


「おはよう」と声をかけても、生徒は誰ひとりとして彼女に視線を向けることがなかった。


「(ふぅん、今回は全員があたしのことを知らんぷりしているわけね……過激路線はやめて、あたしを無視する方向に舵を切ったんだ……悪くはないんじゃない?)」


 生徒はともかく、教師まで協力しているとは手が込んでいる。

 以前の山での遭難や屋上からの飛び降り告白に比べれば、無視をしてほしいと頼まれたら教師たちも頷いてしまうかもしれない。無茶なことが続けば、その後の無茶は無茶とは感じなくなるように……、ハードルがかなり下がっているため、頷きやすかっただろう。

 それでも教師が生徒を無視するなんて、たとえイベントごとだとしても気持ち的にはご法度なことだとは思うが……。


 依頼した生徒が学園長の近い知り合いとなれば、無下にもできない。


「じゃあ、どこかの誰かが、白馬の王子様なのかなー?」


 朝霞アユはスキップしながら教室へ向かっていった。



 教師にさえ無視されているなら授業などサボり放題だった。

 得た自由時間で白馬の王子様を探すけれど……いない。彼女を無視しないひとりがいるはずだけれど……告白予定の男子は顔を見せなかった……「なんで??」


 これは告白シチュエーションのはずだ……、彼女が求める告白シチュエーションを探っている内に、いきつくところまでいきついてしまい……原点回帰どころかマイナスに振り切ったのが今回のシチュエーションなのだろう。

 ……たとえ過激から離れたところで、告白という一点は変わらないはずだ。告白する男子はいて、彼が主役であり彼女がヒロインであることは絶対に変わらないし、変えてはダメなのだけど…………放置されている。


 探し続けて三時間ほど――既に時刻は昼になっていた。


 朝霞アユは、無視される現状から逃げるように、屋上へ向かった。


 誰かがいることを期待したけれど、誰もいなかった…………少し、肌寒い。


「初めてかも…………誰からも相手にされないし、告白もされないなんて……」


 彼女にとって告白はされて当然のことで、されない女の子の気持ちなんて分からなかった。されないことはなにか問題や欠陥でも抱えているのだと思っていた。正直な話、真っ直ぐに下に見ていたのだ……。バカにしていたし、それを隠すことなく伝えていた。


 陰口でない分、マシとは言え、だからと言って彼女が良く見えるわけではない。


 モテることで自信はついたけれど、性根は歪んでしまったのだ――。


 幼少の頃からモテ続けていれば、自分は秀でているのだと勘違いしてもおかしくはないけれど…………。


「――よう。今回のシチュエーションはお気に召さなかったか?」

「…………新山にいやま


「こうして面と向かい合うのは久しぶりだな、アユ。いつもは裏で色々と画策する側だからな……オレは滅多にお前の前には出てこないわけだし……」

「…………でも、今日は出てきた……じゃあ新山が、告白するの……? え、あたしのこと好きだったんだ?」


「違ぇよバぁカ。オレが今のお前に告白するわけねえだろ。自分がモテると錯覚しているみたいだが、お前は別に、そこまで突出した容姿でも性格が良いわけでもねえだろ。

 性格に関して言えば悪いしな……なのにどうしてお前がモテるのかと言えば、お前の父親おやじの指示があったからだよ」


「パパの……?」


 父親が危惧したのは、自分の血が混じった娘はきっと不細工になってしまうことであり、そのマイナスによって娘が劣等感を抱き、いじめられて自分から命を絶ってしまうことだ。それを回避するためには、娘には自分が優れている『女』であること自覚してもらうことだった。


 幼少の頃から異性にモテ続けていれば、自信がつく。

 多少、人を見下し、性格が歪んでしまうだろうが、それは織り込み済みだった……。被害者よりは加害者の方がマシだ……、当然ながらそれが最善ではないが、当時の父親が考える限りは、娘を生かすための最適な手段だったことは確かだ。


 今の朝霞アユは父親の暗躍によって作られたものだった。

 その暗躍に長いこと付き合わされていたのが、たまたま住んでいるマンションが同じフロアでアユと同級生だった、新山なのだ。


 彼はひとりで背負えないから仲間を募った。

 集まったメンバーで、『告白連盟』を発足して……長年、朝霞アユの父親からは多めに小遣いを貰っていた。朝霞アユに告白させる人員を「調達するだけ」で稼げるなら楽なものだった。


「お前がモテていたわけじゃないんだよ。そうなるように仕向けていたけど……、そろそろ潮時だな。あの人はお前のその腐った性根の方を危険視したみたいだ……。だからお前がモテる環境を作る理由がなくなった。今後はお前に、分相応の生活を与えるみたいだぜ――」


 化粧を覚え、自力で整った容姿を作ることには成功しているが、元がそこまで飛び抜けた容姿ではないので――彼女よりも可愛い女子はそこそこいる。

 急にモテなくなれば、女子の中での力関係が一気に変わり、新たな勢力が台頭してくるだろう……。その時、朝霞アユはどの立ち位置になるのか。

 そこが、彼女の本来の場所である、とも言い切れないが……、だが、腐った性根を叩き直すには、一気にどん底に落ちてもらった方が好都合だろう。


「……嫌だっ、嫌だよ今更っ、あたしが見下してたブスの中に混ざりたくない!!」


「そういう性格を叩き直すためなんだけどな……諦めろ。お前だってブスだ」


「ブスって言うな!!」


 モテ続けた弊害か、プライドが高いらしい。

 鏡を見ても今の自分をブスとは思わないのかもしれない……まあ、新山も気持ちは分かる。


「……下を経験してみろ。上も下も知って、お前はどう立ち振る舞うんだ?」

「待っ――待って! 見捨てないでっ、新山!!」


 助けての声。

 だけど新山は軽く手を振って、彼女を置き去りにし、屋上から去っていった。




 一年後。

 分相応の立ち位置に慣れた朝霞アユは、穏やかな性格になっていた。

 人を見下すこともないし、モテることの酸いも甘いも分かっている……、全てを失ったことで人の痛みを知ることができ、心にゆとりができたのかもしれない。


 高校に進学して、彼女は久しぶりに告白された――――新山に。


「…………え、なんで今更……?」

「別に嫌いじゃなかったけど」


「は? あたしをあれだけ追い詰めておいて……!?」

「でも、人間として成長できただろ?」


 それは確かに……、と、アユも自覚しているようだ。

 あのまま王様気分でいれば、絶対に失敗していた……、多くの敵も作っていただろう。

 今のような平和な高校生活は送れていなかったはずだ。


 作られたトップランナー……、みんなに担ぎ上げられて、調子に乗ったところで地面に叩き落とされた。だけど、元から上げて落とすつもりだったなら、新山の行動には一貫性があった。


 ……自信をつけさせてからどん底まで落とし、上と下を知ることで人に寛容になる性格を作り上げる。それが人として完成に近いと思っているなら……、環境が整っているなら、しない理由もなかった。


「オレは好きな子をカスタマイズしただけだよ。お前が好きだったけど、昔のお前はちょっと難があったから……、こっちで形を変えてしまえばいいと思った。

 ……何度も諦めようと思ったけど、無理だったんだよ。性格に難ありだとか、思想に嫌悪感があるとか、理由なんて多々あったけど、やっぱり……オレはお前が良かったんだ」


「…………ねえ、今のあたしの気持ち、ごちゃごちゃなんだけど……。嬉しくないわけじゃないけど喜べないって言うか……褒めてくれてるんだよね?」


「顔が好きだし」

「結局顔なの?」


 と言っても、朝霞アユの顔はお世辞にも良いとは言えなかった……、化粧で誤魔化せるとは言え、それでも中の下くらいだろう……人によってはきつい一言を投げかけられそうだ。


 だけど新山は言った――その顔が好きなのだと。


「顔が可愛いよ」

「やめて」


「今のお前の性格も合わさって……最高の状態だ。さすが、作って壊しただけあるな」


「全然、理想の白馬の王子様じゃないんだけど……まさかあんたがあたしに告白するなんて…………。だって、古い付き合いだから、あんただけはしてこないって、思っていたのに……しかも……本当にあたしのことが好きみたいだし……」


「だから、好きだって言ってんだろ」

「あんたはなんか軽いのよ! しかも胡散臭いし!!」


 新山も、彼女に好かれているとは思っていない。

 なぜなら一度、彼女を絶望のどん底へ落としたのは、他でもない新山なのだから。


 嫌われることは覚悟していた。

 そこまでを含めて、長年かけて作り上げた、彼なりの『告白シチュエーション』だ。



「白馬の王子様じゃなくて悪かったな……だけど、それでもオレはダークホースだろ?」




 …了

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