たくさんの装備を持ち歩けるようになったけど、並ぶアイコンが同じなのでどれがどれだか分からない。


 今日の討伐対象は、属性が変化する魔物だ。


 水、炎、雷、風、闇……etc.――さらに言えば弱点属性が本来のものとは入れ替わってしまう特性も持っている。


 炎は水に弱いが、魔物の体色が変化すれば『炎の弱点は水』から『水の弱点は炎』に入れ替わる。相性が反転している、と簡単に片づけられないのがまた厄介なところなのだ。


 幸い、魔物の体力はそう多くはない。

 攻撃が当たりさえすれば一時間もかからずに討伐することができるだろう。コツを掴むまでが大変なのだが……、慣れたハンターであれば属性変化のタイミングや、どの属性へと変化したのか分かるようになってくる。


 炎属性に変化したのを見れば、「メニューウィンドウ」から装備を変更、水属性(反転していれば風属性)の武器を取り出し、水属性の防具を装備する(こっち側の属性反転の影響はないので、炎攻撃を軽減するのは水属性装備だ)。


 メニューウィンドウという、カバンを必要としない、装備や道具を多量に詰め込んでおける特殊な魔法がある。

 ハンターたちをこれを利用し(大魔法使いによる魔法で、利用料金はひと月「900s」である)、身軽な狩りが実現されることになった。


 その魔法がなければたくさんの装備を持っていくことは叶わず、この魔物を狩ることも難しかっただろう。

 相手もバカではないし、こちらが対抗手段を持たない属性に変えて固定しまうこともある……そうなればこちらは不利を背負った上で戦うしかなくなるのだ。


 相性など実力で覆せるとは言え……、大打撃を避けるのは難しい。

 少なからず痛みを伴うだろう。

 ゆえに、メニューウィンドウは革命だったのだ。




「おい新人、手伝ってやろうか?」

「大丈夫です! 自分でやれます!!」


「とは言ってもよぉ……分かりやすく苦戦してるじゃねえか。時間をかけるとアイツも学習して、お前専用の対抗策を練ってくるぞ? 癖を見抜かれて行動を先読みされたら、当然、勝機を見失う。そうなる前に決着をつけるべきだ」


「分かってますって!!」


 分かっているのだろうが……そこを疑っているわけではない。

 新入りは真面目で、俺が教えたことを徹底して実践し、戦っている。だが慣れていないせいでワンテンポどころか、ツー、スリーテンポは遅い。これではいくら優位を持っていても魔物の立ち回りで覆されてしまう。優位が優位になっていないのだ。


 俺が手伝ってしまえば早いのだが……それを良しとしないのだろう。

 やり方は分かった、あとは自分がちゃんとやれば倒せる相手である、と新入りも理解しているからこそ、ここで諦めたくないわけだ。

 別に、俺が手伝うことは、諦めにも負けにもならないわけだが、それは新入りの心持ち次第なのか。


 雪山の洞窟内。


 白毛の巨大な猿が、岩壁を四足で走るように移動している……属性は雷。雷撃がくるな……。


「おい、雷撃がくるぞ。装備を変えろよ」

「はいっ!」


 分かってますよ、とは言わなかった――余裕がない証か。

 新入りはメニューウィンドウを開いて宙に指を向け、上へスクロール。俺には見えないが新入りの目には多くの道具と装備が並んでいるのだろう……だが、何度も上下のスクロールを繰り返し、分かりやすく新入りは焦っていた。


 あー、やるやる、と共感している時間もなかった。既に天井に張り付いていた魔物が雷撃を落とす準備を整えたようで――――、洞窟内が一瞬で金色に輝き…………やれやれ俺の出番か。


 ウィンドウを開き、よく使う武器を上の方にセットしておいたおかげですぐに取り出せた……「雷撃吸収」の効果を持つ剣だ。


 雷撃を吸収するが、剣の雷撃許容量を越えれば剣が砕けてしまう。それでも、いくら膨大な雷の量でも、砕けた場合は「はみ出した雷も合わせて無効」にする効果もある。

 一回の攻撃を防ぐだけなら低コストで量産できるアイテムだった。


 つまり雷の総量の一割しか吸収できない剣でも、砕けるデメリットを受け入れれば残りの九割のはみ出した雷を0にできるのだ。

 吸収できる量が多い剣を作るよりも簡単に作れて使い勝手もいい――まあ、先ほども言ったが使い捨てをどう捉えるかではあるか。


 物を大切にする俺の奥さんなんかには合わない武器だ。


 剣をぶん投げる。空中で回転している剣に、雷撃が落ちた――バチィ!! という音と共に、剣が砕け、落ちた雷撃は霧散した……呆然とする魔物は隙だらけだった。

 このチャンスを逃すなよ新入、――は?


「お前、なにやってんだよ!! さっさと装備を切り替えて――」


「すみません! どれがどの効果を持った装備なのか分からなくて……っ、なんでこれ武器と装備と道具のアイコンだけが違くて中身がなんなのか分からないんですか!? 選択して詳細を見ないと中身が分からないのは魔法の欠陥ですよ!」


「なにを大量に持ってきた!? 使わない装備は置いていくのが常識だ。そして持っていった装備やアイテムの効果は名前だけで全てを把握するもんだ――教えたはず…………いや、そこまではまだ教えていなかったか……?」


 そうこうしている内に冷静さを取り戻した魔物が属性を変えた。

 額が黄色から赤へ――炎属性に変わったようだ。


「新入りっ、水属性の装備だ!」

「分かってますけどどれがどの装備なんですか!?」


「検索しろ! 属性で切り替えて――

 水属性の装備が一番上にくるように設定すれば迷うこともねえだろ!」


 返事もないまま新入りが指を動かして荷物の中身を整える。……まさかごちゃごちゃに装備と道具を詰め込んでいるとは思わなかった……、こういうのは人間性が出るものだ。

 普通、雑多に詰め込んでいたら整理したくなるものだが……それは奥さんに矯正された俺だからなのか?


「ありましたっ、水属性の――」

「よく見ろもうアイツは闇属性に変わってる――変えろ変えろお前死ぬぞ!?」


「ぇえっ!? じゃあまた検索を――闇属性に強いのって……なんでしたっけ!?」


 てんやわんやだった。

 焦りが許容量を越えてパニックになった新入りは、炎属性を付けようとして風属性を付けたり、大事なところで武器の装備を間違え、回復アイテムかと思えば爆弾を起動したりと散々だった。

 ……まあ、荷物の中身はきちんと整理しておけ、ということを口だけでなく実戦でデメリットを経験して教えられたのは良しとするか……結局、魔物は俺が倒したけど。


「師匠、見事なとどめでした」


「アイツ、スロットみたいに属性を付け替えていたけど、そもそも属性以前に刃で斬られれば痛いはずなんだけどな……。回るスロットの動きを止めて絵柄を手動で合わせるみたいな力技だが……まあ勝ちは勝ちだ」


 思ったよりも時間がかかってしまった。

 新入りがいるから、と思って長めに計算していたが、まさかそれ以上もかかってしまうとは……。教えるって、難しいものだ。


「ありがとうございました、師匠」

「おう。……分かっただろ? カバンの中はちゃんと整理しておけよ」


「はい。身に染みました……けど、これって大元の魔法の改善を希望するのは、ありなのでは? と思いましたけど……」


「ん?」


 大魔法使いに物申すってことか?


「ずらっと並ぶアイコンを見ただけで、どういう効果を持った武器なのか防具なのかアイテムなのかが分かれば良いと思うんです。いちいち選択して詳細を確認して、という手間を省くくらい、大魔法使いならできそうなものですけど」


「…………若者はすぐに楽をしたがるな」


「いえ、楽したいわけではなく。それもありますけど……、なによりも進化できる道があるなら進むべきではないか、と思うだけです。

 ――師匠だって、カバンにたくさんの道具を詰め込む旧時代からこうしてメニューウィンドウを利用する狩りの仕方に移行してますし、存分に使っていますよね?」


「…………」


「実力でカバーできることでも、利便性を上げればひとりでも長生きできる人が増えると思います。可能なら進化するべきです――できないなら諦めますけど、聞くだけなら……、タダじゃないですか」


「……まあ、そうか」


 できるなら大魔法使いも既に修正している気もするが……確かに、彼女も年齢は高めだ、思いつかなかった可能性もある。


 現場に出ない人間は、こっちの不都合を想像できないとも言うしな。


「じゃあ俺から言っておこう――」




 翌日、俺が連絡するよりも早く、メニューウィンドウのアップデートの連絡があった。


 先日、新入りが指摘した部分が見事に当てはまってアップデートされる予定なのだ。新入りが先に注文したのかと思えば違うらしい……、大魔法使いの娘である「小さな魔法使い」による指摘で、アップデートを決めたようだ。


 なるほど、俺たちが疑問に思わないことも、今の若者は気づけるわけだ。


「……ただ、不便を面白く思う気持ちは、なくなっていくのかもな……」


 これこそ思い出補正か。


 不便な生活を好んでしたいと思う層は少ないだろう……、不便ががまんできたのはそれしかなかったからなのだから――。


 当時の俺だって、便利ならそっちの方がいいと思っただろうしなあ。



 昔は良かった。


 だってそう思わなければ、過去は苦しいだけの思い出になってしまうから。




 …了

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