与謝野晶子は見ていた

 太宰が仕事中に怪我をしたらしい。

 国木田が、太宰を妾の居る医務室まで連れて来てくれた。

「与謝野女医。後はお願いします」

 国木田は診察台の上に太宰が横になるのを見届け、医務室を出ていく。

 太宰が負傷している右腕を持ち上げた。応急処置で包帯できつく止血されてあるのを確認し、傷を診る。前腕の外側に、筋に沿って五センチほどの切り傷。鋭利な刃物による切創。縫合が必要と判断する。

「太宰さんっ!」

 其処で医務室に敦が飛び込んできた。

「怪我したって本当で――ああっ、血が……!」

「もう、大袈裟だなぁ敦君は。これ位じゃ死なないって」

 敦はへらへら笑う太宰の傍に歩み寄る。

「はいはい、治療の邪魔だよ。敦はその辺の椅子にでも座ってな」

 妾は傷の縫合の準備をする。

 敦の方をちらりと見やると、部屋の隅で丸椅子に座って此方をじっと見ていた。

 ――やれやれ。敦もこんなのを好いてしまって可哀相に。

「太宰、傷を縫うけど麻酔は要るかい?」

「要りますよぉ。私が要らないって云った事、あります?」

「毎度の事だけど確認だよ」

 傷口周辺に数カ所、麻酔注射をした後に縫合に取り掛かる。

「麻酔って凄いですよねぇ。全然痛くない」

「妾も麻酔が開発される前の時代には逆行したくないねェ」

 そうこうしているうちに治療は終わった。

 太宰が診察台から体を起こすと、敦が立ち上がって近づいてきた。

「……もう太宰さんの傷は大丈夫なんですか?」

「安心しな。一週間も経てば傷は塞がるよ」

 敦は気が抜けたのか、安堵の溜息を大きく吐いた。

「良かった……有難う御座います」

「礼なんて要らないよ。アンタも太宰の嗜癖には苦労してるだろう?」

 そう問いかけると、敦は間を置いてこう云った。

「――太宰さんは、僕を救ってくれた人ですから。恩返しが済む前に死なれたら、困るんです」

 その真摯な声音に、妾も太宰も目を丸くする。

 ――嗚呼、こりゃあ妾はもうお邪魔虫だ。

「あれ? 与謝野女医、何処行くんです?」

「アンタの傷を縫ってたらビフテキが食べたくなったんだ。一寸留守にするよ」

 妾は足早に医務室を後にした。

 ――あの二人、上手くいくと良いねェ……。

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