第26話 時間稼ぎとタイムリミット

『──パアーン!』


 二度目の発砲音は実弾だった。

 小型拳銃のわりには威力のある衝撃によろめきながらも、自力で何とか受け身はとってみせる。


「フッ。左胸に命中か。我ながら、己の腕前に惚れ惚れするぜ」


 茶系のスーツに付いたホコリをはたき、グラサン男が銃口から流れ出る硝煙を吹き消し、地面に倒れた僕からそそくさと離れる。


 これで邪魔者は排除した。

 撃たれたダメージはどうあれ、もう僕は用済みのガラクタということか。


「じゃあな、名もなき青年。トドメは刺さないぜ。そのままもがき苦しんであの世に逝くがいい」

「待て……まだ終わっていない……」


 僕は何とか立ち上がり、抵抗する意志を見せる。


 僕だけなら別に死んでも構わない。

 だけど鶴賀浜つるがはまさんは今、この瞬間もコイツの情報を辿っているんだ。

 僕が消えたら今度は間違いなく、鶴賀浜さんにも危険が迫る。

 そう考えたら、無駄な犬死とかやっちゃいけない行為だろう。


「おいおい、大人しく寝ていた方が幸せだっただろうに」

「まあいいか。今度こそ心臓を狙うか」

「朽ちろ!」

『パアーン!』


 グラサン男が三発目の派手な銃声を僕に向けて鳴らす。

 弾けた鉛玉の衝撃に僕はまた吹っ飛び、廊下のコンクリートの壁に軽く体を打ちつける。

 しかし痛みを感じる間もなく、すぐさま立ち、体勢を整える僕にグラサン男は驚いていた。


「ふう。このアイテムは本当に頑丈だな」

「何だと? そのカードは!?」


 カードを使うのは最終手段で、無駄な弾数を増やし、弾切れにさせるのが狙いだった。

 そんな中、ピンポイントで撃ってくるを待ち望んでいたんだ。

 前もって撃つ場所が分かっているなら、対処もやりやすいし。


「そう、まさかのゴールドウェポンカードさ。予め、左胸のポケットに入れていたのさ」


 これはお得意のプログラミングを利用した一種の賭けでもあった。

 その目論みは成功し、カードの中央に銃痕を残しながらも、貫通を防いでくれたんだ。


「馬鹿な、ゲームの世界でのアイテムを無断で持ち帰るとは。そんなことして許せると思うか!」


 卑怯な手を使ってきた自身の手段は対象じゃないのか。

 グラサン男はいかにも自分が善良な人間であることを僕に告げてくる。


「お前さんも同じようなもんじゃないか。会社の人間を縛り上げて、ファイルの情報を得て、このように会社内を歩きまわってる。不法侵入に間違いないだろ」


 だけど悪いことをしたら、謝罪するのが大人の対応だろう。

 非礼を詫びない態度に正直イラッとさせられる。


「……その俺様がトンデモナクエストの新しい創設者だとしてもかな?」

「何だって?」

「ついでに先代の福沢幸次ふくざわゆきじが遺した極秘ファイルがここに眠ってることを知って、うやむやで来てみればこれだ」


 まるで先代を神の存在のように崇め、両手を水平に保つグラサン男。


「そのファイルをお前みたいな若造が持ち歩いているんだからな!」

「うわっ!?」


 それは一瞬の動きだった。

 グラサン男が不意をついて、僕の持っていたカードを奪う。


「フーン。金がなるカードとかけて、ゴールドカードか。上下関係をもろともせず、先代者らしい悪くない代物だ」


 グラサン男が皮肉に笑いながら、ゴールドカードをちらつかす。

 取れるものなら取ってみろ余裕を見せつけながら。


「さてこれでトンデモ10も俺様の支配下に置かれることになるな」

「そして行く末はこの世界とリンクして、俺様が福沢天皇となり、この世界さえも掌握する。何て素晴らしい計画だろうか。フフフッ……」


 出会って数分でいけ好かないと思っていたが、とんでもないことを言い出すヤツだ。

 こんな自己中なヤツが政治なんか起こしたら、この世界はあっという間に滅びてしまうだろう。


「そ、そうはさせないぞ……」

「君も本当にしつこいな。カードがない今、この銃弾を食らったら、確実にその灯火が消えるぞ」


 天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らずという福沢諭吉ふくざわゆきちの名言。

 それならその境界線をドーンと飛び越えてしまえばいい。


 僕にできることはクソゲーを楽しんでくれるゲームが好きな人々たちに、少しでも喜んでもらえるような記事を書くこと。

 だったらこの身を糧としてでもグラサン男のやり口を止めるしかないんだ。


「何だ、俺様の足にまとわりついて気持ち悪いぞ。鬱陶うっとうしいから離れろっ!」

「嫌だね。はなっから弱い僕にはこうするしか方法がないんだよ!」


 とにかく、今ここでこのグラサン男を取り逃がすと二度とチャンスは訪れない。

 だとすれば動ける足を封じたらいいはず。     

 僕は掴まえたグラサン男の両足に全体重をかける。


「後は先輩たちに任せるしかないんだ」

「なっ、まさかお前たち!?」


 精々、武力も運動神経も非力な僕にできることはこうやって時間稼ぎをすること。

 今は切羽詰まった雰囲気なんだ。

 きっと通りすがりの人が助けてくれるはず。

 僕にできることは少しでもその可能性にかけて、こうやって体を張って止めることだけだ。


如月きさらぎ君、例のウィルスはばら撒いたわよ。間もなくトンデモナクエスト10のサーバーはダウンし、アカウントも凍結するから」

「ナイスタイミングだよ、鶴賀浜さん!」

「いえいえ、如月君のお陰だよ」


 粘りに粘って数分後、休憩室から出てきた鶴賀浜さんが僕にVサインを送り、僕の側へと駆けつける。

 もう勝負は決まったようなものだと。


「き、貴様ら余計なことをー!」


 グラサン男が廊下の角にあったブリキのバケツを蹴飛ばし、腹立たしい顔をする。


「これでそのカードもただの紙切れと化す。お前の企みもこれまでだよ」

「フフフッ。これまでとは。面白いことを言ってくれる」


 グラサン男がサングラスを外し、今までの行動から想像できない、凛々しい顔を表に出す。


「俺様の力をみくびるなよ。この平民どもがー!」

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