第3話 迷いの湖

 ──ゲーム内にログインし、目覚めた場所は大きく開けた草原だった。

 近くから水が弾ける音がする。

 その音を辿ってみると幅広い湖が見えた。


 地図アプリを呼び出してみると、アンビバレントレイク=迷いの湖ということは理解できるが、森じゃなく、湖で迷うとかどういうことだろうか?


 そこで僕は水浴びを楽しんでる美しい姿を目の当たりにする。

 綺麗なラインにふくよかな固まり、引き締まったカーブに、顔は見覚えのある美形な女の子って、あれれ……?


「うひゃあああー!?」

「うん、誰かいるの?」


 声の主がルナだったことに気付き、慌てて口を塞いで、近くの岩陰に隠れる。

 彼女の裸を見るのは二度目だけど、相変わらずの色っぽい体……って、そうじゃないだろ!


 僕は内なる動揺を抑え、素早く近場の物陰に身を隠す。


 ふぅ、助かった。

 もしバレたら、初ログイン数分でルナに締められて、ゲームオーバーというイタイ黒歴史になるところだった。

 身近に都合の良い大きな岩があったことが運のツキだよ。


 ルナも悪いんだよ。

 何でこんな場所で水と戯れてんだよ。

 ゲームの世界なんだから、別に泳ぐ必要もないだろ?


 さてと、計画性がないとは言え、ここでのぞきがバレたら、おおごとじゃ済まされないぞ。

 ルナの癒やし以外のお得意の魔法とやらで、首を締められるどころか、頭だけが床を転がるはめに……ゲーム内だから前のポイントへ戻るといえとも死刑確定だな。

 

「あれ、そういえばまだ一度もセーブポイントに行ったことがないぞ?」

「──ええ、セーブなら湖の近くでできますわ。セーブポイントは永久凍土の氷柱でできていますので」

「そうか、だからルナはこの湖にいたのか。水浴びはついでということか」

「はい。でも分かっていてもいけないことは事実ですよね」

「……というかキミは誰?」

「もうプレイヤー名は頭上に表記されているでしょ。ネトゲでは常識ですよ、ガイアさん」


 音沙汰もなく現れ、分厚い生地の黒いローブを身に着け、深くフードを被った女の子が淡々と語ってみせる。   

 待てよ、この女の子は中学生のような幼い身なりだし、服装からして魔法使いだよね。


 魔法使いは戦士とかの頑丈な肉体はなく、攻撃魔法が使える以外は普通の人間の体つきと聞いたことがある。

 つまりこの子は前衛のパーティーを求めて、この湖にやって来た……それが妥当だろう。


「犯罪者は逃しませんよ」


炎球追尾魔法フレイムホーミングボール!』

「うひゃ!?」


 何だ、この子はネトゲでは違反行為のプレイヤー殺しを平気でするのが好きなのか。

 通報されたら二度とそのキャラとステータスでゲームには参加出来ないのに悪趣味もいいところだ。

 僕は上体反らしで炎のボールをギリで避ける。


『ゴオオオーン!!』

「おおぅ!?」


 あぶねー、その一撃で死ぬところだった。

 画面上に検索された情報では僕のレベル1でHPは15、MPに関しては0。


 おまけに初期装備で弱弱だし、基本のステータスも1桁ですばやさと運の良さがちょっと高いだけ。

 だったらひたすら避けて一撃で大ダメージをあたえるクリティカルに期待するしかないじゃん。

 クリティカルは運の良さで発動が上がるらしいし。


 さてと相手さんも魔法を放ってMPがほとんどないはず。

 その僅かな隙を狙って!


「無駄ですよ。一度避けたくらいでこの魔法は防げないですよ」


 女の子が指通しを重ねて晴天の空に上げ、なぞるように両方の指先をこすり合わせる。

 すると攻撃の続きは地面の振動とともに、不意にやって来た。


『ドコーン!! ゴオオオオー!!』

「なっ、いきなり下からかよ!?」


 ああ、火はつかないし、ライターらしくもないな。

 記事を纏めようとする前に早くもリタイアかよ。

 まあ、どのみちリアルに戻らないと記事は書けないから、いい清涼剤にはなったけどね。


 亀裂から飛び出した炎の線が僕に当たるのを確信し、まぶたをキツく閉じる。


「あれ?」


 しかし、いつまで経っても炎は出てこなく、拍子抜けしてしまう。


「二人ともよしなさい。このゲームで仲間割れはもってのほか」


 ふと、隣で先端に水色の宝石が埋め込まれた白い杖を地面に突き立て、僕らの争いを止めに入るルナ。

 いつの間にか冒険時の法衣を着ており、長い黒髪を赤い紐で縛っていた。


「大人数が参加するオンラインゲームで殺し合いだなんて、それじゃあリアルでやってる戦争と何ら変わりないでしょ」


 ──現実世界、日本の周辺は数々の騒動で紛争や内乱などが起きている。

 お金、財力、地位、恨みに妬みなどとちょっとした時点から大きな戦争と繋がっていく。

 SNSやネットを中心に、世間では新しい世界大戦が来てもおかしくはないとまで噂された。


 人々は毎日を恐れ、国を守る伝承のある神に懇願するようになった。

 そして段々と疲弊していったのだ。


 そんな不穏な空気の中、この『パーフェクトワンダーバードノベル』、略して『パワバ』というライター会社を立ち上げ、戦いに病んでしまった人々の心身をいたわるためにゲームのレビューを記事にして全世界のネットに公開することになった。


 だが、一般に普及しているメジャーな新作のソフトは中身も面白いのが主だが、手にするには値段が高いし、品切れの場合もある。


 そこで安くてコソコソとした存在感で店内に居座るクソゲーに目を向けたのだ。

 クソゲーは確かに色んな障害が待ち受けるゲームであるが値段が安い分、手に取りやすい。

 パッケージデザインさえ良かったらはした金で買うマニアなお客もいるからだ。


 だけど苦悩の上に乗り越えてクソゲーを全クリした時にはとてつもない感動が押し寄せるのも事実。

 一般のゲーム好きが手を出さないので、優越感さえも浸れる。

 フリーターで日中夜ゲーム暮らしの僕が自信を持って誇れるくらいだからだ。


 貧しくても、親にゲームを規制されても、オンラインゲームの世界では自由に楽しく過ごしたい。

 そのような境遇の子どもたちも救いたい一心で、安くてとんでもないクソゲーのレビューを主に活動していくことになったのだ──。


「──ねえ、そんなことよりさ、ガイア。その子は誰なの。ガイアの知り合い?」

「いや、知り合いというか単なる出会って間もない……」

「ステラの友達で許嫁のガイアですよ」

「ちょい、お前!?」

「はあ? ゲーム開始早々、探索そっちのけで許嫁って何のつもり?」


 ルナが白い杖を背中にかるって、ステラのことをマジマジと見つめる。

 フードを脱いだら、緑のショートヘアの妹系な美少女だった所とかも、大人美人系な彼女にしては気に入らないようだ。


 品定めのつもりか?

 それとも捕まえてロリの破格な値札を付けて身売り?

 頭から例の女神の声はしないけど、ルナがそんな女の子じゃないことを心から祈りたい。


「──ふーん。それで二人仲良くじゃれてたわけね……」

「はい、お察しが早くて助かります……」


 状況の説明を何とか終えても、不機嫌なルナには犬通しの愛情表現と思われたようだ。

 許嫁通しなら、これくらいは当然という汚らわしいまなざし……。


 あの、どこぞのナンパゲームですか。

 僕、ステラとは初対面だし、さっき出会ったばかりなんですが……。


「うわー、この青い宝石のブローチ、とても綺麗ですね」

「えっ? あはは、ありがと……」


 ステラがルナに急接近し、首にかけている満月形のアクセサリーを物欲しそうに眺める。


「ねえ、どうやってこのアイテムを合成したのです? ステラにも作り方を教えて下さいな」 

「ええ、ちょっとこれはね、合成で簡単に作れるものじゃあ……」

「分かりました。モンスターを倒してポイントを貯めて、合成スキルのポイントを上げればいいのですね」

「えっ、ステラちゃん?」


 ステラが年季の入った樫の杖を構えながら、湖を彷徨い這っている水色のゼリーにターゲットを絞る。


「やああああー、そこのスライムさんたち覚悟おおおおー!」


 スライムの集団に果敢に飛び込んでいく前方にギラギラと瞳を輝かせた一匹のモンスターが目に入った。


 あれはオークの中でも一際強くてボディも硬いメタルオーク。

 道理どうりであの湖の近くにセーブポイントがあるわけだ。

 迷いの湖の意味も、このモンスターから逃げられずにさ迷うという意味かも知れない。


「ルナ、ここは任せた」

「ガイア、まっ、待って!?」


 僕は何か言いたげなルナに留守番を頼み、急いでステラを助けに湖の方向へと走り出す。


 ステラ早まるな。

 あれはスペック上、モンスターの登場シーンまで細かく設定してなかったクソゲーにありがちな、初心者を陥れる恐ろしいトラップだよ!?

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