サンタクロース殺人事件

大沢敦彦

第1話 ブラッディ・クリスマス

 サンタクロースが殺された。こういう案件は、警察よりも探偵に任せるに限る。探偵の中でも特殊な部類に属するが、志賀悠一はその一人だった。


「失礼しますよ」


 殺人現場は丸井家のリビングだった。被害者のサンタクロース……白髭をたくわえた大柄、肥満体形の中年男性は、赤と白、それに黒い長靴という例のスタイルのまま、うつ伏せに倒れている。志賀は現場を踏み荒らさないよう、鑑識スリッパを履いて死体に近づき、入念に観察した。


「後頭部を鈍器で強打されている。おそらく即死だろう」


「致命傷は後頭部への打撃、と……」


 助手の日菜子がメモを取っている。彼女は高校の速記部でダントツに手が早い。


「凶器はどうやらこの置き物と見て間違いなさそうだが」


 志賀は死体の傍に落ちている置き物に目を向けた。ロダンの「考える人」のブロンズ像で、血糊がべっとり付いていた。


「先生、袋の中身も確認してください」


「ああ」


 日菜子に促され、サンタクロースの白い袋の中身もチェックする。後頭部を強打された際に飛び散ったと思われる血の赤い斑点が付いており、袋の口は開いたままだった。


「どれどれ……」


 志賀が覗いてみると、ニンテンドースイッチやPS5といった高価なゲーム機のほか、アンパンマンやすみっコぐらしといったおもちゃやぬいぐるみなどが、大量にごちゃ混ぜになって入っていた。


「まるで宝箱だな」


「書き留めますか」


「いや、それはいい、日が暮れてしまうからな」


 それにしてもと、志賀は壁掛け時計に目をやった。午前十時半。すでに子どもたちは目覚めている頃だが、枕元にクリスマスプレゼントがないとわかったら大泣きするだろう。世の親御さんたちは困惑し、あるいは激怒しているかもしれない。


「サンタクロースってどこからくるんだっけ」


「ノルウェーかフィンランドです」


「それは本社だよな? 日本支社は?」


「北海道の広尾です。連絡しますか」


「頼む」


 日菜子がスマートフォンで電話している間に、志賀は丸井家の家人らに話を訊くことにした。まずは第一発見者の丸井陽子。


「被害者を発見した時の状況について詳しく教えてください」


「は、はい……」


 陽子はパジャマ姿で、落ち着かない様子で話し始めた。


「わたし、あの、トイレに起きたんです。寝室からリビングに移動して、そしたら、何か大きなものが薄暗い中に見えまして……それで驚いて警察に通報しました」


 いったんは警察へ連絡がいったが、担当する部署がないため専門家、つまり志賀のような私立探偵に回される。日頃から警察に協力している志賀の場合は優先的に仕事が回される仕組みだ。


「いくつか確認させてください、細かいことですが重要なことですので」


「は、はあ」


「まず、トイレに起きられて寝室からリビングに移動した、この時、リビングの明かりはつけなかったんですか」


「え……あ、はい、つけません、でした」


「なぜです? 暗かったでしょう、窓にはすべてカーテンが引かれていましたし」


「こ、子供を起こしたらいけないと思って……」


「寝室とリビングの間にはドアがありますが閉めなかったんですか」


「い、いいえ閉めていきました。あの、電気の保安灯っていうんですか、リビングのあちこちに明かりがついてましたので、わざわざ部屋全体を明るくする必要がなかったんです」


 志賀は一度、リビングの照明を切った。すると、電源タップのスイッチ部分、デジタル時計の表示、テレビ、パソコンの待機灯といったあらゆる箇所が赤や緑に点灯していて、視界を確保できないことはなかった。それでもかなり暗かったが、住人であればどこに何があるかわかるだろう。


「わかりました。トイレに起き、寝室のドアを閉め、リビングを移動する途中で発見したと」


「あ、はい、そうです」


「何だと思いました」


「え?」


「薄暗い中で何か大きいものが見えたと先ほどおっしゃいましたが、何だと思いましたか」


 陽子は、しばらく口ごもった。


「……えっと……すみません、思い出せません」


「いいですよ。気が動転してらしただろうし、覚えていなくても構いません。ありがとうございました」


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