二人と一匹と一体
ジャイアントとゴブリンの2つの陣営が大森林で動き始めようと言う時、ゲナの決戦砦にて。
フィセラも遂に砦から出て行き、外の世界にその姿を現す。ことを、ヘイゲンに止められていた。
「そんなにモンスターのレベル高くないんでしょ?だったら行ってもいいじゃん!」
「戦闘の可能性があるだけで危険度は増すのです。そんなところにフィセラ様をお送りすることは出来ません」
ぐぬぬ、とフィセラは悔しがる。
だが、これは演技だ。
フィセラはすぐに表情を変えた。
「そう言うと思って私の護衛を連れて来たの。護衛がいたら戦闘の心配もないでしょう、私は戦わず後ろに下がっていると約束するわ」
フィセラは自信ありげに胸を張っていた。
だが、ヘイゲンの顔はよりいっそう曇っていた。
「その護衛とは先ほどからずっと後ろにいる、その白銀竜のことですか?」
ここはゲナの決戦砦、地上部城門前広場。
ここで野球を行おうと思えば簡単に行える、観客を入れてもまだ余りある広大さだ。
その広場の真ん中で話をしているフィセラの背後に白銀竜はいた。
隠れていなさい、と言われたため出来るだけ体を縮めていたが、流石に無理があったようだ。
自分の話をしていると気づいた白銀竜が顔を上げている。
「白銀竜は種族名よ。名前を付けてあげたの、シルバーよ!」
シルバーを紹介するように、フィセラはヘイゲンの前から少しずれる。
「シルバー、良い名前ですな。フィセラ様じきじきに名前をお与えになるとは、幸運なドラゴンです」
――ホワイトにしようと思ったけど、アンジュと被るからね。見た目をしっかり表す良い名前よね。
見た目しか表さない適当な名づけだが、白銀竜と呼び続けるよりはいいようだ。
「さて、そのシルバーがどう護衛になるのか、お聞きしても?少し前に捕らえたばかりのたかが獣に、フィセラ様の共が務まるのですね?」
ヘイゲンは威圧的にフィセラに一歩詰め寄る。
「エルドラドにはテイマーがいません。そのためNPCとは違うこの世界のドラゴンでは調教が出来ず、信頼出来ません。なにより、脆い!護衛とは、盾や剣になることではありません。自らの判断で最善を選ぶ戦士でなくてはいけません。シルバーでは、たった一度、フィセラ様の盾となって力尽きてしまうでしょう」
ヘイゲンの言葉攻めを受けても、フィセラはすまし顔だ。
「ああ、勘違いさせたわね。シルバーはただの足代わりよ。護衛はこっち…………こっちよこっち!」
決めていた合図が不発だったのだろう、フィセラは振り返り合図を連呼していた。
ようやく合図を理解した護衛がシルバーの陰から姿を現す。
出て来たのは、とても小さな紫色のフードを被った幼女だった。
「ムーを連れていく。文句はないでしょ?」
フィセラは、護衛として外に連れだそうとここまで連れて来たムーンを隣に立たせた。
ムーンは何やら、背中に何かを隠し持っているようだ。
「フィセラ様の御身を案じてのことです。文句などではありません。……ですが……まだ、一点」
ヘイゲンは少し悲しげに答えたあと、申し訳なさそう顔を浮かべた。
護衛に納得していないのだ。
「ムーン・ストーンはたった1つの魔法しか使えないはずです。護衛を果たせるか疑問が残ります」
「ムム~」
ムーンは少し怒りの交じった声でヘイゲンを威嚇した。
それをフィセラがなだめながら、ムーンと耳打ちをしている。
それもすぐに終わり、フィセラはヘイゲンに向き直った。
「これで終わりじゃないわ。ムーン、見せてあげなさい!」
むん!と言いながらムーンが背中から取り出したのは、スライムだった。
それも120レベルの最強のスライム、コスモだ。
さすがのヘイゲンもこの布陣には考えさせられた。
フィセラの隣に立つ彼女の腰ほどの背丈の幼女とその幼女が一生懸命に持つスライム。
その見た目には、信頼など少しも感じられないが、信じるしかなかった。
どちらも120レベルだからだ。しかも片方はステージ管理者である。
一点への火力を比べれば管理者を超えるムーン・ストーン。
状況への対応能力ではヘイゲンに並ぶコスモ。
「文句」のつけようがなかった。
「……分かりました。その二人が同行するのであれば、まず問題は起こらんでしょうな」
フィセラを止めようと気を張っていたのか、ヘイゲンは少し穏やかな顔つきになる。
フィセラの行動を禁じるつもりやその権利も、ヘイゲンには無い。
それでも、主人の安全を第一に考えて行動することに臆していては配下として失格だ。
たとえ嫌われようとも厳格にいなくてはいけない。
その立場がすこし、重かった。
フィセラの隣に、いつか何にも縛られず自由な男として立ってみたいと思うようになっていた。
だがそれはもう少し未来のお話となるだろう。
「コスモ、自分を解放することを迷うでないぞ。ムーン・ストーン……頑張るのだ」
一人はかなり適当な気もしたが、ヘイゲンからの激励に二人は了解の意として頷いた。
「それでは、杭と鞍を用意いたしましょう」
――クイとクラ?なんだか面白そうな響きね。
フィセラはヘイゲンが何を言ったのか分からなかったが、実物を見て理解した。
「いや、杭と鞍じゃん!」
配下のNPC達が騎獣用の蔵と何やら恐ろし気な形をした杭を持っていた。
「はい。フィセラ様を背中に乗せるのですから、環境を整えなくては」
(絶対に外れないように杭も打ち込みます。ご安心ください)
ヘイゲンとコスモは、何もおかしなことはないという風だ。
その様子にフィセラは少し失望していた。
ここまでしっかりと言わなければ分からないのか、と。
「シルバーは確かに私たちの仲間ではなかった。でも、今は<エルドラドのシルバー>なのよ。仲間への尊敬をもちなさい」
その言葉に空気が少し変わった。
ヘイゲンは地面にひざまずき、コスモもムーンの手から飛んで地面に降りる。
(申し訳ありません。失念していました)
「すべての配下にも、シルバーを周知させましょう。我らの新たな仲間として」
確かに、二人の行いは仲間にするものではなかった。
フィセラのお気に入りの生物程度の認識がようやく改められ、エルドラドに初めて異世界の仲間ができた。
そうして、真っ白な鞍だけがシルバーの背中に乗せられた。
その後もフィセラ達は話し続けていたが、シルバーは光をみていた。
開かれた城門から差し込む本物の太陽の光だ。
あれが出口か?
あそこから出られる?
そこに空があるのか?
シルバーは周りを確認する。
フィセラとヘイゲン、コスモは何やら会話をしていた。
自分に鞍を付けていた者達も早々と帰っていった。
今、彼を止められるものはいない。
今だけがチャンスである。
シルバーは、一歩出口へ進んだ。
だが、2歩目はなかった。
「ダメだよ。ここに居なくちゃ」
ムーンがシルバーの尾を触っていた。
掴んでいるのではない。ただ触っているだけだ。
それだけで、ムーンの何百倍の体躯のシルバーは足を止めた。
そう、自ら足を止めたのだ。
なんだ?あれは?
火。
違う!
炎。
違う!
あれは、業火だ。
シルバーの目に小さな幼女は映っていない。
映っているのは、自分の尾に触れる広場を埋め尽くさんとする業火であった。
彼が幼少の頃にみた母のブレス。
今まで戦ってきた火を使う敵。
そのどれよりも、ムーンの魔力を錯覚して感じた業火の方が、熱かった。
シルバーはホルエムアケトによるどんな暴力にも屈しなかった。
生きてさえいれば、先がある。
その思いを持つことで、力に屈することはなかったのだ。
魔獣にとって魔力は絶対である。
魔力はその魔獣が、どこにどれだけ君臨したかを表す。
ホルエムアケトやコスモの持つ魔力も絶大である。
だが、屈しなかった。
その程度は最強ではないからだ。
だが、今、かの白銀竜はムーンの「魔力」に頭を垂れた。太古に知る竜王の火をそこに感じたのだ。
もしくはこう見えたのかもしれない。
新たな太陽を見つけた、と。
「あれ?仲良くなったのね。……いつの間に」
フィセラは、目の前の光景に驚いた。
地面に顎を付けて目を閉じるシルバーの鼻先を、ムーンがぺちぺちと叩いていたのだ。
シルバーはフィセラが来たことを知ると、一度頭を上げて再度頭を地面に着けた。
「我が王よ、心臓を捧げよう」
シルバーは人間の礼儀や竜の忠誠の仕方など知らない。
これが彼の考える最大の忠誠の儀である。
――私の凄さがようやくわかったか!
フィセラは彼を仲間だと言ったが、正直なところ「お気に入りの生物」という認識は間違いではない。
だが、この時、シルバーはただの生物から「お気に入りのペット」に昇格したであった。
「フフッ……さあ、飛ぶわよ!」
アゾク大森林にある大山のはるか上空。
大山を真上から見下ろすことが出来た。
きれいな丸の形をしている。それに山を囲むように配置している樹霊たちも含めると二重丸だ。
その2つの輪こそ、砦への道を阻む2つの関門を表していた。
「あ!もう工事を始めてるんだ!」
白銀竜の背に乗るフィセラは山の中腹あたりで作業をするNPC達を見つけた。
この距離で姿形が確認できるということはかなりの大きさだ。
「なんですか、あれ?」
さらにフィセラの足の間に座るムーンが何を工事しているのかを聞いている。
「階段を作るんだって。なんでか知らないけど石像をいっぱい作ってたよ」
(確か階段の左右に配置するためでは?許可の無い侵入者を石像に模したゴーレムが撃退するという作戦のはずです)
フィセラの間に座るムーンが持つコスモが答えた。
「へ~」
「へ~」
まったく同じ反応をする二人だ。
フィセラは白銀竜にも声をかける。
「シルバー!久しぶりの外でしょう?なんか言ってみなさい!あ、吠えてみなさい!ほら!」
もはやダルがらみというやつだが、シルバーは素直に従うしかない。
それに腹の底に溜まっていたものを吐き出すにはちょうど良かった。
シルバーは大きく空気を吸い腹を膨らませる。
そして、放たれる咆哮は大気を震わせた。
それははるか下の森まで届き、木々を震わせ、木の葉を舞わせる。
どこまでも、どこまでも届く咆哮は森を超え山を越えて、ある巨人にまで届いていた。
「戦士を集めるのだ!武器を取れ!……来るぞ!奴が、竜が来るぞ!」
ジャイアントの中心的な集落で大戦士ヘグエルは感じ取った。
山から飛び上がった恐怖を。
ヘグエルは身を震わせた。
放たれる絶望の咆哮に。
「まだ、そこにいたのか?白銀の竜よ!」
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