狂女と聖槍
「そういえば、アンジュ。あなたに伝えなきゃいけないことがあったんだった」
そう言うフィセラの顔を、アンジュが顔を上げて見あげた。
――ちょっと言いづらいことだけど、仕方ないよね。皆のためだからね。
「アンジュ。当分の間、あなたを砦から出すことはできないと思う。あなたの能力を考えてのことよ。ごめんね」
アンジュは、そんなことか、と拍子抜けのような顔をした後、優しい顔で答える。
「承知しています。そのようなことで、フィセラ様が気に病む必要はございません」
「でも、せっかく私たちが助けて、こうして自由を手に入れたのに外に出られないなら……。これじゃ、私たちはあの協会の奴らと同じじゃない」
アンジュは膝をついたまま、背を伸ばしてフィセラに近づく。
「どこが!……同じでしょうか。……私は皆さまに暗闇から救っていただきました。それに加えこの教会を、「お家」までいただきました。昨日、教会の外を見てみたのですが、なんと広いことでしょう。御方々が造られたこの素晴らしい砦に入れることこそ幸せでございます。このような私が、どうして、これ以上の自由を望めるでしょうか?」
アンジュの瞳はキラキラと輝いていた。
これ以上の自由を、その言葉の背景を語るには少し前にさかのぼる必要がある。
アンジュの出自はゲナの決戦砦にいる他のNPCとは違う。
エルドラドのメンバーが造ったものではなく、アンフルに元からいるNPCなのだ。言い方を変えれば、運営あるいはシステムによってつくられたということである。
彼女はこの砦に来る前は、ある大教会の牢屋に捕らえられていた。
そこではこう呼ばれていた。
<信仰の狂女>。
そうなった経緯を、フィセラ達はほとんど知らない。
敵対していたギルドが信仰している宗教の協会を破壊し周っていた(敵ギルドの弱弱体化を狙ってのことだ)時に、偶然発見しただけだからだ。
そんなNPCを自分の拠点に連れて帰れるというに点からは、アンフルの自由さが十分に感じ取れるだろう。
協会の保護の後に、ギルドのNPCとして設定した際に彼女の能力の危険性は理解した。
だが、治癒士としての能力だけでも、エルドラドレベルのギルドが欲するほどに強力だった。そのため、彼女のために教会を作り特別に配置することにした。
取り返しのつかない<あるスキル>だけは絶対に使わないよう気を付けながら。
アンジュの瞳の輝きを見ながら、フィセラは少し悲しそうに声をかけた。
「世界はもっと……ううん。砦はもっと広いよ。地下一階に行ってみるといいわ。見慣れない物が多くて驚くかもしれないけど、きっと楽しめるよ」
それを聞いてアンジュの瞳はより輝いた。
「よろしいのですか?実は、まだ教会の外に出ることが怖くて、シスターたちにどんな人や施設があるのか見てきてもらったのです。そしたら、地下一階は見たことのないものばかりだと教えてくれて、とても行ってみたかったのです!」
「あなたのお家はこの「ゲナの決戦砦」よ。好きにしなさい」
「……はい!」
砦の天井に浮かぶ太陽はもうかなり落ちていて、夕焼け終わりの頃合いだ。
教会を出たフィセラとヘイゲンは、並んで(気持ちヘイゲンが下がっている)本館の前を歩いている。
「ソフィーは私が明日の朝に村まで連れていくよ。それまで少し休むわ。駐屯地の方はもう片付いた?」
黒い太陽によって滅ばされたカル王国軍の基地のその後はヘイゲンに任せていた。
もう少し時間をかければ、黒い太陽だけで跡形もなくできるのだが、きれいさっぱりにするには時間がかかるから途中で切り上げたのだ。
少なくとも「兵士」は全員死んだタイミングだ。いや、「兵士っぽい」者たちだ。
剣を持っていなくても、装備を付けていなくても兵士っぽければ標的にしていた。
明らかに村人だったり、フィセラの記憶にあるラガート村の住人だったりすれば一応無事だろう。
百足に囲まれるトラウマを無視すればだが。
そういったこともあり、思ったより「残り物」があったのだ。
「あの平原に駐屯地があったという証拠は1つ残らず、処理いたしました」
――ヘイゲンが平原だって……フフッ。
さすがにここで笑うことは無い。
笑みを誤魔化しながら、質問を続ける。
「村人は全員、無事に送り届けた?」
「はい。わしが責任をもって元の村まで連れていきました」
そう、とフィセラは話を終わらす。
「それじゃ私は部屋に戻るよ」
「はっ。お休みなさいませ」
フィセラは本館の玄関に向かっていく。
転移をしてもいいが、私室は目の前の本館にあるのだ。そこまで横着はしない。
――寝る前にご飯食べよっかな~。やっぱりお風呂か。別に百足を見たからとかではなくね。単純にね。
寝るにはまだ早い。何をしようか考えながら玄関の前に立つと、本館の中にいる使用人によって扉が自動で開かれる。
そのまま中に入ろうとしたところで、本館の壁に目がうばわれた。
そこにあったのは、白い槍、そして崩れた壁と瓦礫。
「……まだ刺さってる~!」
つい叫んでしまったフィセラに使用人は驚き、本館に入るまで見送っていたヘイゲンも駆け戻って来た。
「フィセラ様!どういたしましたか?」
フィセラは槍を見つめながら、ヘイゲンの問になんて答えるかを考えていた。
「これ何?」
フィセラはその答えを自分の方がよく知っていることは何となく分かっていた。だが、あの時から置かれている理由が何かあるのかと思い、逆にヘイゲンに質問を返した。
「グングニルですな」
――そ~れは、分かってんだよ!
<グングニル>。100レベルアイテム。
元所有者は、ギルド・プレセパ教団リーダー。現在、所有者はいない。
効果は至極単純である。
「絶対」に相手へ当たること。そして、当たれば所有者の手に戻ること。
フィセラが、この「絶対」を同じく100レベルアイテム<王都の浮上>の転移によって避けたことで、所有者不在のグングニルとなっていた。
「やはり創造主の皆さまが置かれたものではないのですね。あの日、砦に侵入してきた者たちとの闘いの跡と推測しましたが、100レベルアイテムを気軽に動かすことが出来ずにいたのです」
「戦闘跡かもしれないし、私達がつくった飾りかもしれない、と思ったの?」
「恥ずかしながら」
軽く笑っているヘイゲンを尻目に、フィセラは壁に刺さったグングニルを掴んだ。
触っただけではびくともしないため、力いっぱいに引き抜いた。
引き抜かれたグングニルの切っ先が、その余力で空中に円を描く。
その時、グングニルが白く発光し、その光がフィセラの右手に移っていった。
パチパチパチパチ。
ヘイゲンが一人で拍手をしている。
「おめでとうございます。新たに100レベルアイテムを手に入れましたね」
それを聞いて、本館の玄関から様子を見ていた使用人たちも拍手をし始めた。
「……」
フィセラは、ドンッとグングニルの柄尻で地面を叩く。
ピタッと拍手が止んだ。
「それじゃ、これ。玉座の後ろに並べといて」
横にした槍を雑にヘイゲンに突き出す。
ヘイゲンはすぐに受け取るが、槍を下ろさなかった。
「よろしいのですか?おそらく頂上の玉座とは色が合わないかと思いますが」
頂上の玉座を飾る100レベルアイテムたちは、ほとんどがダークカラーだ。真っ白なグングニルは目立つかもしれない、が。
フィセラは静かにこう言った。
「プレセパ教団を忘れないための戒めになる、か」
「では、そのように」
ヘイゲンが返事をしたことで、今の言葉が口に出ていたことに気づく。
フィセラは恥ずかしそうに後ろ向いて本館に入っていく。
「アンジュに、明日の朝行くって伝えといてね」
ヘイゲンと使用人たちは、腰を曲げてフィセラは送る。
フィセラは背中で手を振りながら、優雅に本館へ消えていった。
その後、フィセラが村でしていた「金髪エルフ」に変身し忘れたまま村長宅に行き、村長を動揺させる。
駐屯地に行った村人がそこでの記憶を失った状態で帰って来たこと、不審に思い駐屯地に向かったがまるで最初から存在しなかったかのようにたどり着けなかったこと、そして一人行方が分からなかったソフィーを抱いて目の前に現れたこと。
フィセラとは、その正体とは、たかが村人の思惑が及ばない「御方」だと、村長は悟る。
ソフィーを連れ帰っただけなのに、まるでNPCがそうするように村長の平伏で迎えれることになるのは、今から13時間後のお話。
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