時空超常奇譚7其ノ参. 敷衍泡話/吾輩は猫ではない

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

時空超常奇譚7其ノ参. 敷衍泡話/吾輩は猫ではない

敷衍泡話/吾輩は猫ではない


第1話「空から猫がやって来た」

 ある日の夜、飼い猫ミケの頭に黒いティアラが乗っていた。冠の中央に光る星のマークが見える。父親か母親か、はたまた妹か誰の悪戯なのかわからないが、ハロウィンにしては季節外れだし、そもそもメスだからと言って猫に冠の玩具を乗せるというのはちょっとセンスがない。

「まぁ、いいか」とケン太は呟いた。


 翌朝早く、家の外で雷でも落ちたのかと思う程のとんでもない音がして、衝撃音で部屋の窓ガラスが枠ごと震えた。

 暫くの後、ゴゴーン・ガラガラ……と、今度は爆弾でも破裂したのかと思うくらいの爆裂音と地響きで家全体が揺れ、聞いた事もないにわとり消魂けたたましい鳴き声がした。


 ケン太は突然の聞いた事もないような異質な轟音に何事かと飛び起き、寝ぼけ眼で外に出た。すると、養鶏小屋の前に父親が立っていて、場内をじっと見据えている。

 養鶏場は屋根が破損していて、ところどころから白い煙が出ている。鶏達に大きな被害はなさそうだが、屋根を突き破って開けた穴と場内に残る何かが転がったと思われるわだちのその奥に直径50センチ程の黒くデカいボーリング球のような見慣れない物体が鎮座している。

 この状況もその物体の正体も不明ではあるものの、場内に黒い球体が空から落ちて来て養鶏場の屋根を破って飛び込み転がったのだろう事がはっきり見てとれた。

「オヤジ、この黒い玉は何?」

「さぁ、何だろな。こんなもの見た事もないから何かはわからないが、いきなり空から降って来たからドラゴンボールに出て来た宇宙船ポッドなんじゃないか。その玉の中にサイヤ人が入っているかも知れないな」

 そう言って笑う父親の白い歯が見える。父親の渾身のギャグに「そうかも……」とケン太は微笑んだ。8月とは言え今日は比較的涼しく、どこまでも抜けるような青い空が広がっている。きっと何かいい事がある、そんな気にさせる朝だった。


「おっと、そんなことを言ってる場合じゃない。ケン太、家から釣りに使うタモを持って来てその黒い玉っころを出してくれ。俺は小屋の修理に掛かるから」

 少年は「了解」と言ってタモと放射線計を持ち出し、まずは球体の放射線量を測った。「どうだ?」と訊く父親に「問題はないね」とケン太は答える。

 3.11以来、少年の家には何年も放射線測定器が置いてある、いや置きっぱなしと言ったほうが正しい。そして、あれ以後一度も使った覚えはない。


 父親が手際良く修理を始めた。少年は球体をタモで掬って鶏小屋から出して、そのまま引きずって二階の自分の部屋へと戻った。黒くデカい玉はボーリングの玉と同じでかなり重い。何せ引きずらないと運べないのだ。その大きさ以上に重さを感じるのは、きっと父親の言うように中にサイヤ人が隠れているからなのかも知れない。

 何故か普段少年に寄り付きもしない飼い猫の三毛猫ミケが興味津々で後をついて来る。頭には昨夜からの冠を載せたままだ。


 ケン太は自分の部屋に戻り、窓際の棚の上に黒い球を置いて眺めた。金属的な漆黒の輝きを放ち、表面には縦横無尽に傷が付いている。直径50センチの球の中央に四角い溝があり、父親の渾身のギャグのせいか、ドアハッチにも見えなくもない。  

 一瞬だけそのキズは何だろうとは思ったが、仮にそれが宇宙を飛び回る戦闘民族の証だとしても、或いは悪の枢軸軍団と壮絶に戦った正義の味方の証左だったとしても、ケン太が広大な宇宙に興味を掻き立てられて胸躍らせる事はない。全く、さっぱり、少しもない、何故なら興味がないに尽きる。そんなものより期末テストの真っ最中なので、宇宙人に付き合っている暇はない。  

 ケン太は、暫くの間眺めていたが球に何の変化もなく飽きたので放置し、気を取り直してテスト勉強を始めた。


「……おい少年、吾輩の声が聞こえるか?」

 球の中から中年のオッサンのような声がした。


 ケン太はリアクションに困った。物事には順番というものがある。未だこの球の正体が謎なのだから、その見通しが立つまでは余計な事はせずにじっと黙っていてほしいものだ。謎の物体から聞こえたその声に「わぁ」と驚くべきなのか、それともこんな小さな球に人が入れる筈はないので聞こえなかった事にすべきなのか。悩ましい問題だ。


「おい少年、我輩の声が聞こえないか?」

 声はしつこく訊いて来る。こんな球に入っているとすれば、どれ程小さなサイヤ人なのだろうかと、興味がほんの少し湧いた。


「おい少年、吾輩の声が聞こえないか?」

「煩いな、聞こえてるよ」

「それなら、返事をするのが筋というものではないのか?」

 声がしつこく言う。

「煩いな、ボクが無視しようとどうしようと勝手・」

 ケン太の言葉を遮って、宇宙船ポッドの溝と思われたドアハッチが開き、その中から猫が出て来た。それは猫のようなではない……猫だ。


 その姿は、二足歩行である事、頭部に耳のある帽子を被っている事、ゴーグルをしている事、青黒のグラデーションのジャケットを着ている事、ジャケットに勲章のような光る星のマークが付いている事、ベルト付きの短パンを履き、ブーツを履いている事を除けば、どこから見ても三毛猫だ。それも、西洋産の洒落た毛の長いナンチャラ種ではなく、唯のやたら偉そうな生粋のド和猫にしか見えない。特徴としては尻尾の先が白い。


「猫?」

「いや、吾輩はこの星の猫ではない。天の川銀河系恒星フェレス系属第12惑星タクスから来た人間だ。名はタマ・フローデンシアⅩⅢ世と言う。タクス星ネネココ王国筆頭皇子でもある。お前の名は何だ?」

「ボクは烏丸からすまケン太、小学6年生だよ」

「そうか。小学6年生というのは偉いのか?」

「偉くはないけど、学級委員だ」

「そうなのか。それならケン太よ、特別に吾輩をタマと呼んで良いぞ」

 ミャー、と飼い猫のミケが反応した。同属と認識したのかも知れない。タマと名乗る猫宇宙人は、右腕に嵌めた黄色い時計を翳してミケに近づき、ブツブツと何かを言いながら時計を調整した。ミケの頭に乗る冠がミラーボールのように光り輝いている。


「こんにちは」

 三毛猫宇宙人が出て来た宇宙船ポッドの奥から、またもや声がした。他にも何かがいるようだ。ポッドの中の声が言う。

「こんにちは。ワタシはカビト・カビトル・ルーデンスと申します。タクス星ネネココ王国のman made masterマンメイドマスターで御座います」

 そう言ったと同時に、ポッドからテニスボール大の金色の金属球が中空に飛び出した。人でも猫でもない、唯の金色の玉だ。


「マンメ・とかって何だ?」

man made masterマンメイドマスターというのはですね、えっと……地球の言葉に調整するのが難しいです」

 いきなり出て来た金色の玉は、何かを呟き始めた後、ちょっと間をおいて再び話し出した。金色の玉には二つの目があるだけで口はないが、言葉が頭に響いて来る。これがテレパシーというものなのか、少年に知る術はない。

「ワタシ達は地球に到着してからそんなに経っていないので完全な会話が出来ないのですけれど、ワタシ達の翻訳機の性能はかなり良いので、既に地球の事象に関する殆どの対応が可能です」

 金色の玉は言い訳にちょいちょい自慢を挟みながら話し続ける。

「ですが、まだ微調整が出来ていないので、名詞の類に翻訳不可があります」

 金色の玉は、ラジオの周波数を合わせるように左右の耳に付いているツマミを捏ねくり回した。

「出来ました、調整完了です。man made masterマンメイドマスターというのは、地球の言葉で表現するならばAIロボットのようなものでして、タマ皇子の執事で御座います。ワタシの事はマメマスとお呼びください」

「タマ皇子って誰?」

「惑星タクスのタマ・フローデンシアⅩⅢ世様です」

「あの三毛猫の事?」

「猫ではないのですが……」

 三毛猫宇宙人が飼い猫ミケと戯れている。その姿はコスプレか化け猫以外の何ものでもない。

「おいマメマス、ちょいと出掛けてくるから、ケン太に今の状況の説明をしておいてくれ」

 ここで猫宇宙人が席を立った。このストーリーのメインキャラと思われる化け猫が少年の飼い猫とつるんでどこかへ消えた。 


 ケンタには、化け猫と金色のテニスボールとの会話の中に出て来た単語の一つたりとも未だ理解出来ていない。それどころか、世にも不思議な人間の言葉を使い熟す猫と宇宙を飛べそうな漆黒の宇宙船ポッド、そして玩具にしか見えない金色の玉型AIロボット、そんなものが何故こんな田舎町に存在するのだろうか。

 訊きたい事は幾つもあって、化け猫本人の説明が欲しいのだが、さっさとどこかへ消えてしまったので仕方がない、AIロボットに訊くしかない


「AIロボットのマメマスさん。訊きたい事があるんだけど……」

「はい、はい」

 金色のAIロボットが答えた。随分と調子が軽い。異星から来た宇宙人の執事とは思えない。もう少し警戒心があっても良いのではないか。

「全てお答え致しますよ。その前に、そこにあるのは、えっと、PCですよね。ネット環境は揃っていますか?」

「ネットなら繋がってるよ」

「そうですか。ではちょっとだけお借りします」

 そう言ったAIロボットの上部ランプが点滅して、にゅるんと出てきた数本の有線LANケーブルに似た線状の何かがケン太のPCのUSBに繋がった。線状の何かはまるで手のように器用にキーボードを叩いている。PCを使ってネット情報の収集をしているようだ。


 ケン太には目の前で起こっているドラマが何なのかを理解する方法がない。猫とAIロボットが演じているこの人形劇の三文芝居は一体何なのだろうか。素人の学芸会にしては結構良く出来ているようにも思える。


 ケン太は、訳がわからないなりに取りあえず前提部分を確認した。

「君達は宇宙人?」

「まぁ、そうなりますね」

「その宇宙人が何故地球のこんな田舎にいるの?」

「そこですか。えっと、ですね。ちっとも不思議な事じゃないんですよ。我々は2つのものを探しています」

「2つのもの?」

「取りあえずは水素です」

「水素なんて宇宙のそこら中にあるんじゃないの?」

 ケン太は知る限りの拙い知識で言った。

「まぁ、それはそうなんですけど、水素と言っても相当な量を必要としているのです」

「どれくらい?」

「6兆立方キロメートル程度は必要で、ほぼ地球6個分です。宇宙空間の水素原子は拡散しているので、それを集積するというのは現実的ではありません。そこで我々が考えているのはガス型惑星の大気を利用する方法です」

 ケン太には水素6兆立方キロメートルも、その説明の主旨も理解出来ないものの、話を合わせるしかない。

「そんなに大量の水素を何に使うの?」

 金色のAIロボットの話が続いていく。

「我がタクス星の恒星、つまり太陽フェレスは既に赤色矮星となっているので、このままでは燃え尽きて消えてしまうのです。その打開策として、水素が必要なんですよ」

 何となく理解出来るような気がしなくもないが、相変わらず詳細はわからない。

「その為に、タクス星の調査隊及び皇位継承者全員が皇子専用戦闘艦バクラス・モア号に乗って、宇宙中のガス惑星を探しているのです。事前の調査によってこの太陽系に木星というガス惑星がある事が判明し、やって来たのですが、太陽系に近づいた途端に木星の重力に引っ張られたタイミングで彗星と衝突しそうになってしまい、全員が宇宙船ポッドで緊急退避したという訳なのです」

「なる程」

 ケン太には詳細は理解不能だが、突然現れた黒猫宇宙人が色々と大変な思いをしている事だけは理解した。

「タマは皇子なんだ」

「タマ・フローデンシア様は、皇位継承順位第一位で、ネネココ宇宙軍第1~7師団司令官兼師団長であらせられます」

「偉いの?」

「タスク星の中では偉いですね。他の星の方々には関係ないでしょうけど」


 そんな会話をしている内に、足許の覚束ない家猫ミケとタマが戻って来た。タマがミケに「ご苦労だった」と労いの言葉を掛けると、ミケは「ニャー」と答えて階下へと消えた。2匹がどこへ行って何があったのか、或いは何もなかったのか想像が出来ない。

 猫宇宙人タマは満足そうにマメマスに告げた。心做しか元気が増しているようだ。


「あっちの話は付けてきた」

「それは良ぅ御座いましたなぁ」

「そっちの問題解決と出発準備は出来たか?」

「各皇子様への連絡は取れました。全員御無事で、バクラス・モア号の損傷も軽微との事です。現在、モア号を回収し損傷箇所の改修を行いながらこちらへ向かっており、10分程で到着予定です」

「うむ、問題ないな。は取れたのか?」

「状況説明は致しました」

 どうやら彼等の戦闘艦と乗組員は無事だったらしいが、意思確認とは何だ?

「そうか、まぁ良い。ケン太、そういう訳でワシの星は今危急存亡のときを迎えている。だから、行くぞ」

「行くって、どこに?」

「木星だ」

「もしかして、ボクが木星に行く?」

「当然だ。他に誰がいる?」

「でもさ、何でボクが木星に行くの?」

「何でもクソもない。お前が地球人である事が理由だ」

 猫宇宙人の理屈は意味不明だ。地球人である事が理由で、何故木星に行かなければならないのだろうか。ケン太の理解が錐揉きりもみで螺旋を描き、風の如く駆け抜けていく。


「タマ皇子、バクラス・モア号が到着しました」

「そうか、予定通りだ」


 雲一つない遥かに高い空に、黒い小さな点が見える。次の瞬間、黒い点は消えて再び中空に出現した。

 大きさは長さ50メートル、幅20メートルの麦畑一枚分程度、形状は馬鹿デカい横になった電柱のような飛行物体が中空に浮かんでいる。

 色は黒一色、円柱側面の所々に窓のような穴がある。

「これが我が宇宙戦闘艦バクラス・モア号だ」

 宇宙戦闘艦なのだと言う黒い円柱状のタマの飛行物体が高度を下げた。麦の穂が波のように風に揺れ、遮るもののない地平線の彼方まで続く黄金色の麦畑に不時着した。


 ケン太は二階の部屋から眼下に見えている巨大な宇宙戦闘艦の姿に感動した。まるでアニメの世界だ。電柱に見えるスタイルはイマイチだが、何と言ってもその巨大さに圧倒される。素人の人形劇にしては随分と大掛かりだし、成り行きが見えない。


「凄いね、これが宇宙戦艦なのかぁ」

「時間がない、亜光速で飛ぶぞ」

「ケン太さん、我等の宇宙船で木星に行きましょう」

 速や過ぎる話の流れに付いていけない。有無を言う機会など露聊つゆいささかもなく、当たり前のように巨大宇宙戦闘艦に連行されていく。


 鶏小屋の横に佇む父親は、空の彼方から現れた飛行物体の巨体、そして二足歩行の猫と連れ立ってその中へと進むケン太に向かって、不思議そうな顔で叫んだ。

「おぅいケン太、これは何だ?」

「宇宙船らしいよ」

「そうなのか。どこか行くのか?」

「宇宙人が木星に行くのに付いていく事になったみたい」

「へぇ、そうなのか。気を付けてな」

 父親は常日頃から言っている座右の銘「経験は宝なり」の通り、ケン太の言葉に驚く事もなく見送った。

 ケン太が頷きながら宇宙戦闘艦に乗ると、AIロボットマメマスの「発進」の合図とともに、艦は一気に大空へと舞い上がった。


 父親が鶏小屋の前で手を振っている姿が徐々に小さくなり、関東平野の中に、更には日本列島から地球の中に見えなくなった。そして地球が小さな光の点になり、火星の茶色い姿が見えて遠ざかり、愈々いよいよ目的の巨大な星が見えて来た。

 三毛猫宇宙人が亜光速で飛ぶと言った通りに、宇宙戦闘艦は地球から木星までの8億8600万キロメートルをあっという間に飛んだ。


第2話「木星旅行」

 猫宇宙人の戦闘艦バクラス・モア号が太陽系第5番惑星の木星を周回した。太陽系最大の惑星である木星は、赤道直径14万2984キロメートル、外周43万9298キロメートル。質量は地球の318倍で、太陽系の木星以外の惑星を合わせた質量のほぼ2.5倍。

 その巨大さには息を呑む程に圧倒され、その陰鬱な縞模様と斑模様の色彩とじっとこちらを見据え続ける大赤斑には畏怖の念さえ湧き上がってくる。

 木星の大気は主に太陽と同じ水素で構成される。木星が恒星ではない理由は、恒星になるには質量不足により中心部の温度と圧力が足りず、太陽の様に水素の核融合反応が継続して起こらないからある。

 理論上、木星が恒星として輝くには太陽のおよそ 8パーセント (現在の木星の80倍) の質量が必要であり、直径で言うなら現在の木星の1.4倍あれば軽水素による核融合によって赤色矮星と呼ばれる恒星になると言われている。また、そこまででなくとも、太陽のおよそ1パーセントの質量があれば重水素による核融合によって褐色矮星になるとも言われている。


 初めての宇宙体験にケン太のテンションは上がったままだ。それも無理はない、宇宙を経験した人間は日本人、いや世界的に見ても数える程しかいない。況してや、小学生などいる筈もなく、ケン太が地球上で初めて木星まで行った最年少記録である事に疑う余地はない。認定される事はないが。


 猫宇宙人が唐突に言い出した。

「あのなケン太、我等の目的は2つあるのだ。1つは「了解」をもらう事だ」

「了解って何?」

「管理人のジジイが色々と煩くてな」

「?」

 マメマスが猫の言葉を補足説明した。

「太陽系は天ノ川銀河連邦の管轄下にありますので、天ノ川連邦法に従わなければなりません」


 ちょっと前から、いやかなり前から、猫とAIの言っている意味がケン太の理解の反対側へと踊りながら逃げ続けて行く。理解が出来ないのは当然なのだが、それにしてもいきなり天ノ川銀河連邦やら天ノ川連邦法と言われても、わかる筈もない。


「その連邦法に「天の川銀河に属する恒星系の構成と環境の改変その他環境に負荷を掛けようとする者は、恒星系の支配人類の「了解」を得なければならない」という規定があるのです。簡単に言うと、そういう決まり事があるという事です」

「その決まり事を守らないとどうなるの?」

 マメマスの怪訝な声がした。

「天ノ川連邦の管理人がやって来て、潰されます。つい先日も恒星コロコロ系で潰されそうになったばかりです」

 ケン太の首が傾いだ。

「管理人?」

「はい、地球の言葉で言うなら……神、と言う事になります」

「管理人?神様?」

 ケン太の首が傾いだまま戻らない。何故いきなり神が出て来るのだろうか、神はいつから管理人との二刀流になったのだろうか。ケン太には猫とマメマスから出て来る単語の意味がさっぱりわからない、ケン太の理解が今度は紙飛行機のように宙を舞う。


 猫宇宙人が続けた。何やら嬉しそうでもある。

「実はなケン太、水素の取得も大事なのだが、事前調査隊からの報告に拠り、我等の最大の目的が急遽もう1つの方となったのだ。だから、適当に水素の取得を完遂して、匆々にもう1つの目的を達成したいのだ。もう1つの方は事前調査も事前試験も無事成功したからな、後はタクス星に戻り準備の上で決行するのみなのだ」

 言っている意味の半分は意味不明だ。マメマスが畳み掛ける。

「元々は、太陽系ではなくプロキシマ・ケンタウリに行く予定だったのですが、その途中に事前調査隊からの「地球に宝物発見」の報告が入り、地球に向かったという訳です」

 理解出来たでしょうと言わんばかりのAIマメマスの説明を聞いても何一つ理解が進む事はない。もう1つの目的、宝物とは何だ?


「探し求めていた「宝物」が地球にいる事がわかったからだ。」

 猫宇宙人がさらりと言った。いるとは何だ、地球に宝物なる何かがいるというのか。今度のワード「宝物」は、特に難解だ。次から次へと出てくる意味不明ワードに、ケン太は既に興味を失っている。それでも尚、タマとマメマスの説明が続く。


「我等タクス星では既に絶滅した大変貴重な生物が地球に棲息しているのだ。それこそが探し求めていた「宝物」なのだ」

「かつては我が星にも必然として存在したのですが、今やオリジナルはおろか、クローンでさえ誕生しなくなっています。それは、我が星にとっては恒星の消滅と同等に存亡に関わるものであり、「宝物」と言っても過言ではないのです」

「宝物は、いずれ改めて地球へいただきに行く」

 一方的な説明なので何を取りに来るのかは丸切りわからないが、又候またぞろ猫宇宙人達が地球に来るつもりらしい。

「だからな・」


 タマの口から意味不明ワードが更に続くと思われたその時、いきなり艦内に喧しい音が響き渡り「臭気センサーに反応あり」の声ががした。

「何事だ?」

「タマ皇子、スウマの匂いが確認されました」

「という事は既にヤツラが動いているという事か……」

「そのようです。如何致しますか?」

「相変わらず行儀の悪い輩だ。ヤツラの本隊が来ない内に、中性子核爆弾で殲滅してしまえ」

「御意」

 ケン太は何度目かの首を傾げた。行儀が悪い輩らしいが、「核爆弾で殲滅」とは穏やかではない気がする。それに「ヤツラ」とは誰か。

「マメマスさん、何が起こったの?」

「いえいえ、気に掛けていただく程の事ではありません。ちょっとネズミが出たので駆除するだけです」

「宇宙にネズミ?」

「そうです。宇宙にも地球と同じネズミがいるんですよ。と言っても、地球のネズミはPC画像でしか見た事がありませんけど。宇宙のネズミはスウマ団と言いまして、そこら中で他人の物を無断で掻っ払っていく大型ネズミなんですよ」


 ケン太はようやく慣れて来た。そうなのだ、猫宇宙人達から出て来る聞き慣れない言葉に一つ々反応せずに、全てを聞き流して大局的に捉えなければ本質は見えて来ないのだ。つまり、いい加減で良いのだ。


 猫宇宙人達の中性子核爆弾射出準備が終わり「攻撃開始」の声と同時に、いきなりドン・と爆裂音がして艦が大きく揺れた。

「今度は何事だ?」

「四時方向にヤツラと思われる敵艦からの攻撃です」

「ゴッズ星人本隊の攻撃です」

 今度は何が起こったのだろうか、ケン太は何度目かの首を傾げた。ゴッズ星人とは「ヤツラ」の事か。

「マメマスさん、今度は何が起こったの?」

「ゴッズ星人との戦争です。ヤツラの目的も我等と同じように水素が目的です。戦力は互角で、戦績は2勝2敗133引き分けです」

「戦争してるの?」

 戦争とは何やら急に物騒な話になった。マメマスの説明によれば、ゴッズ星人とは天の川銀河系にある恒星カニスの惑星ゴッズを母星とする宇宙人で、その指導者はポチ・ゴルデレトルⅥ世と言い、宇宙ネズミのスウマ団を子分に従えているのだと言う。

「何故戦争なの?」

「一言で表現するなら、ヤツ等は単なる盗賊団です。太陽系の前にも恒星コロコロ系で戦ったばかりです」

 宇宙にも盗賊団がいて、ネズミを子分にしているという事か。他恒星系の水素を持っていくと言う意味では猫達とどこが違うのだろうか。


「タマ皇子、ネズミが来ます」

「ネズミなど放っておけ、奴らの攻撃に備えろ」

「皇子、鶴翼の陣で迎撃準備完了しました」

し、これで奴らを迎い撃てるぞ。いつでも来い」


 その時、猫宇宙人の戦闘艦バクラス・モア号の船内モニターに何者かの姿が映った。その姿にケン太は驚いた。犬だ、犬にしか見えない、猫の次は犬……安直過ぎる。その次は猿か、きじか。


 モニターの犬宇宙人が、猫宇宙人に高飛車に言った。

「タマ爺、コロコロ星では邪魔が入ったが、この星では我々が先に水素採掘に着手したのだから、そちらが手を引くのが筋だろう」

「ポチ小僧、プロキシマ・ケンタウリに行くのではなかったのか」

「お前等の調査隊の「宝物発見」の報告を傍受したのだ。それならと我々も地球へ飛んで行ったのだが、地球には我々の宝物はいなかった。序なのでこの木星とか言うデカいガス惑星を我々が貰う事にしたのだ」

「愚か者め、このガス惑星は太陽系を支配する地球人の許可なく触ってはならぬのだ。その天ノ川銀河連邦法の尊い規定を忘れたか」

「何を偉そうな事を言うか、地球人の許可などお前だって取っていないだろう」

「残念だが、それはガキの浅智慧に過ぎぬ。我等は確りと地球人の許可を得た。この船にその地球人が乗っているのだ、どうだぐうの音も出まい」

 何やら上機嫌で勝ち誇る猫宇宙人だが、ケン太は何の許可も出した覚えはないし許可する権限もない。と言う事は猫宇宙人は盗人であり、この状況は盗人が盗賊団を泥棒呼ばわりしている事にならないのだろうか。

 悔しさしきりの犬宇宙が歯ぎしりしながら叫ぶ。

「ギギ・戦争だ、戦争で決着だ」

「望むところだ、戦争だ」

 売り言葉に買い言葉、そんな成り行きが戦争の勃発を当然のように導く。はたから見れば愚かで下らない馬鹿馬鹿しい迂愚から戦争が生まれるのは、地球人だけではないのだ。


 木星軌道で、猫宇宙人と犬宇宙人との宇宙戦争が始まった。何とも迷惑な話だ。

「ヤツラは我等と同等の戦闘力を保持しています。この前に、恒星CoRoT-9系属コロコロ星で一悶着ありまして……」

 前方に赤い三角形の宇宙船群が見える。それが犬宇宙人達の宇宙船なのかどうかは確認のしようがないが、急に険しい顔になった猫宇宙人の様子から間違いなさそうだ。


「コロコロ星の借りは返すぞ」

「御意」


 猫宇宙人タマが雪辱を果たすと意気込む間に、犬宇宙人の宇宙船から2発のミサイルが発射された。1発は確実に猫宇宙人タマ達の船に向かって一直線に光跡を残して進み、もう一発はミスったのか明後日の方向に飛んで消えた。

「皇子、ヤツラのミサイルが着弾します」

「ふん、そんなものは屁でもない。迎撃しろ」

 着弾寸前に猫宇宙人のビーム砲がミサイルを迎撃し、光輪となって消滅した。


「出撃するぞ」

「御意」

 そう言って、タマとその他の皇子達が一斉に戦闘機で出撃した。


「ケン太さん、今からヤツラを殲滅します。直ぐに戻りますから」

 猫宇宙人の戦闘艦バクラス・モア号から小型玉形戦闘機が出撃すると同時に、犬宇宙人の三角宇宙船からも小型三角戦闘機が出撃し、木星外宇宙での空中戦が始まった。


 ケン太はいきなりの宇宙戦争を唯々呆然と見ていた。これは何だろう、成り行きが見えない。余りにも突飛過ぎて現実味に欠ける。早朝猫宇宙人に会ってからの展開が速や過ぎる、そしてそれは未だに続いている……筈なのだが何かが変だ。


「あれれ?」


 ケン太は言葉にしがたい状況に戸惑った。唐突に目の前に眩しい光が現れて消え、上下左右の空間的感覚がない。鼓動は高鳴り、口の中の水分が急激に熱くなっている。キーン・と耳鳴りが頭に響く。

 冷水を浴びせられたように全身が硬直し、呼吸が出来ないせいなのか意識が徐々に薄れていく感じがする。だが、如何せん何が起きたのか理解のしようがない。

 猫宇宙人のロケットの中にいた筈たが、彼方に星が見える。ここは宇宙空間なのか……眠……い。

 犬宇宙人の宇宙船から発射された2発のミサイルの内の1発、ミスったと思われる遥かに飛んで消えたミサイルが宇宙空間で反転し、猫宇宙人の宇宙船へと直進した。

 そして、船首に着弾、爆裂して宇宙船のコントロール室を破壊した。当然そこにいた少年は瓦礫とともに宇宙へと吹き飛ばされた。爆発の反作用で宇宙に飛ばされたケン太が自らをコントロールする事は不可能だ。……眠……い。

 空中戦に必死な猫宇宙人達が宇宙の深淵に消えていくケン太に気づく事はないだろう。駄目だ、万事休すだ。正義の味方が救出に来る……事はない。


 その時、ケン太の前に虹色に輝く球体が現れた。球体は宇宙空間に浮かぶケン太に近づいた後、象の鼻のような管を出してスルン・と吸い込んだ。


 ケン太が目を覚ますと、大柄のヒト?いやヒト型の生物か?が立っていた。

「気分はどうかな。重力と気圧と酸素量は地球に合わせたから、悪くはないと思うがな」

 銀色の金属的な光を放つ出で立ちの白髪白髭の正体不明の老人。何者なのかは定かではない。

 ほんの少し頭痛がする……確か猫宇宙人の船にいて、突然星が見えて、虹色の光が現れて……その後は覚えていない。

 

 正体不明の老人が言う。

「ここに来るまでに時間が掛かって遅くなってしまってな、プロキシマ・ケンタウリかと思っていたのに、まさか太陽系にいるとは。本当に困ったヤツ等じゃ」

 訊いてもいない事をあれこれと頻りに喋る正体不明の老人が言うには、地球からへび座の方角に1500光年離れた銀河系内の恒星CoRoT-9を公転するガス型惑星であるコロコロ星から猫宇宙人と犬宇宙人を追って来たのだと言う。勝手に間断なく捲し立てる話は、異常な程に長い上に回りくどい。

 ケン太は、取りあえず地球から遠く離れた恒星系に猫宇宙人と海賊がいる事、そいつ等があっちこっちの星でケンカしている事。最近までコロコロ星でケンカしていて、今は太陽系の木星で水素争奪戦を繰り広げている事を理解した。とは言っても、それ以外は、いやそれも含めて何やらトンとわからない事に変わりはない。


第3話「管理人」

「ワシは天ノ川銀河を統治する銀河連邦管理局の者だ。「管理人」と呼んでくれれば良い」

 またもや理解不明言葉が出てきた。ある朝突然、猫宇宙人が現れて木星まで連れて来られた後で犬宇宙人が登場し、今度はは銀河連邦の管理人なる輩が出現した。猫と犬の次は猿かと思ったら、神で管理人らしい。

 しかも、いきなり出てきた管理人と名乗る老人の言っている事は猫宇宙人よりも難解だ。首を傾げるケン太に老人が諭した。

「少年よ、名は何と言う?」

烏丸からすまケン太」

 神が改めて言った。

「烏丸ケン太よ、首を傾げるような事ではない。地球人の幼体であるお前にも理解出来る事だ。要するに、ヤツ等も地球人も同じ天ノ川銀河連邦に属しているので、管轄するワシの言う事は絶対なのだという事だ。ワシは偉いのだぞ」

 これも何が何やら理解出来ない。そもそも「要するに」などと言う輩の話が要約されていた試しはない。ケン太が管理人に理解出来ないと告げると、一層のマシンガントークが始まった。


 神であり、管理人の語る一連の話を能々よくよく訊いてみると、天ノ川銀河系宇宙には銀河連邦なる組織が存在し、銀河内の宇宙人達を管轄下に置いて監視しているらしい。宇宙人達はある程度まで文明が進化するまでは動物園の檻の中に隔離して様子を見、極端にヤバそうな奴等は早々に消滅させ、そこそこ真面まともな奴等は存続させるようにするシステムがこの宇宙に存在しているらしいのだ。因みに、どうやら猫宇宙人や犬宇宙人、それに地球人も少しは真面まともな輩と認められているものの、まだまだ動物園の檻から出してもらえてはいないようだ。


「でも、猫宇宙人達は何でボクのところへ来たんだろう?」

「それはな、地球人の了解を得る為じゃよ」

「あっ、猫達が許可とか言っていたやつだ」

「銀河連邦法で固く禁じられておるからな。銀河連邦法とは・」

「それは聞いたよ。でも何故ボク?」

「お前の家の猫の頭に黒いティアラが乗っていたりしていなかったか」

 タクヤはあの冠だと頷いた。まさか、そうなのか。

「そうじゃ、それは猫星人の発信機じゃな。何でも地球に行った事前調査隊が設置したとか言っておったな。本来は地球人なら誰でも良いのだが……まぁ、猫達の目的がもう一つあって、その為なのだろうな」

 地球人を連行する為に飼い猫の頭に宇宙人が発信機を付けるとは、何を考えているのか、猫宇宙人の考えはタクヤの思考の外側にある。


「あっそれも聞いた、宝物とかいうやつだ。宝物って何?」

「うぅむ。生物としては重要な事だからな、こればかりはワシにも止められぬ」

「生物として止められない事って何?」

「まぁ、その内わかる」

 神は言い難そうに口籠った。


「自己紹介が遅れたな、ワシは天ノ川銀河連邦統括管理局神仏部の筆頭部長管理人ニオラ・シャク・アムニス如来釈迦牟尼じゃ。一般的には神とか仏とか呼ばれておるな。この二人は弟子じゃ」

 青白いベール状の着衣姿の老人の両脇に立つ青と白のバトルスーツに身を包む二人の青年が軽い会釈をした。

「弟子のモンジ・ボスアット文殊菩薩です」

「弟子のフゲン・ボスアット普賢菩薩です」


「ヤツ等の目的は・」

「水素でしょ」

 神が右手を横に振った。確か猫は水素だと言っていた筈だが、違うらしい。

「いや違う。ヤツ等、天ノ川銀河系にある恒星フェレス系第12惑星タクスの猫星人と恒星カニスの惑星ゴッズの犬星人の目的は水素の取得ではなく、水素ガス型惑星そのもの、本体じゃ。要は、猫星人の恒星系第14番目に水素を主成分とするガス型惑星コレダがあってな、それに着火して新たな太陽を誕生させようとしているのじゃよ。犬宇宙人の場合も同じようなものじゃな」

「本体ってどういう意味ですか?」

 本体とはどういう意味なのだろう。盗人だろうが盗賊団だろうが、幾ら何でも木星を引っ張って行くとでも言うのだろうか。

 側近の青色戦士が言う。

「言葉の通りです。彼等が欲しているのは木星そのものであり、木星に着火させる事が目的なのです」

「着火って火を点ける事?そんなに簡単に木星に火を点けるなんて出来るのですか?」

 タクヤは単純で至極尤もな疑問を神に質した。ドラマや小説やSF映画なら木星に火を点けるなどという事もあるのだろうが、現実にそんな事が出来るなら猫宇宙人が何かをする以前に何かの弾みで木星が太陽のように輝いていても不思議ではない。そうなったら、うの昔に地球の人類など滅びているに違いないのだ。


「ふむ。木星の質量の問題もあるが、前提としてその主成分である水素と結合する酸素がなければ着火は起こらぬから、確かに中々難しいな」

「じゃぁ、どうやって?」

「要は、理論的には可能であると考えられているものの、実験する訳にはいかない。そこで他のガス惑星をさがして実験しているのじゃ。実はな、ヤツ等は既に彗星で木星の太陽化実験を何度かしておる。次は地球を衝突させて着火する実験をするのじゃ」

 要はと言いつつ説明が長いが、簡単に言うと自前の新たな太陽化計画の為に木星に火を点ける実験をしようとしているらしい。酸素のある地球を点火剤にして、地球を核爆弾ごと木星に衝突させるのだ。

 何という事だろうか、木星が第二の太陽になってしまったら、地球の環境は激変し人類は滅亡する。端的に言うなら、猫達は地球破壊、人類滅亡を企んでいるとんでもない輩なのだ。しかも既に実験している?

 1994年7月、SLシューメーカー・レヴィ第9彗星は20個余りの分裂核となって次々と木星に衝突し、巨大な衝突痕を残した。衝突速度は秒速60キロメートル、衝突場所は南緯44°付近。太陽系天体同士の衝突という稀に見る出来事となった。更に、2009年にも幅500メートル程の天体が衝突したと推定される衝突痕も発見されている。それ等が猫宇宙人の仕業だったとは……。


「今回は連邦法の規定違反を免れる為の後付けなのじゃよ」

「後付けって何ですか?」

 側近の白色戦士が言う。

「全てを理解する必要はありません。天ノ川銀河連邦法の規定により、恒星系の構成要素を変えようとするにはその恒星系の支配人類の「承諾」を要する事になっているのですが、何を以て「承諾」とするのかについては解釈が分かれています。即ち「承諾」が「恒星系支配人類統一の意思表示とする」のか「恒星系支配人類一人の意思表示で良いとする」のかの結論が出ていないのです」

 小学6年生に理解出来る内容ではないが、ケン太は何となく流れを理解した。

「猫達が僕のところに来たのはそう意味だったのですね……」

 突然の猫宇宙人や目前の神の出現にも必要以上に驚愕する事のなかったケン太も流石に驚くしかない。事もなげに、木星に土星をぶつけて質量を増加させた上で地球をライター代わりに木星にぶつけようなどと、何と言う罰当たりな事を発想するのだろうか。猫の思考回路は理解出来ない。

 話を流れ的に整理すると、彼等の恒星系の主星は既に赤色巨星へと進行している事から新たに恒星を創造しようとしており、その為の対策としての実験場をあっちこっちで探しているらしく、恒星コロコロ系では失敗したので次に太陽系でやろうとしているという事なのだ。しかも、既に木星への実験として彗星をぶつけて、失敗している。

「だが、ヤツ等には決して悪意ない」

 悪意がなければ良いというものではない。

「管理人さん、このままじゃ馬鹿猫と馬鹿犬のせいで、地球が壊れて地球人が皆死んでしまうよ。なんとか・」

「うむ、わかっておる」

 老人は弟子の二人に何かを告げた。言われた途端に、弟子達二人は光となって玉型と三角型の戦闘機が無差別に抗戦する宇宙へ飛び込んで行った。すると、夥しい数の光る小さな虫が現れ戦闘機に纏わりついた。それが何なのか勿論ケン太にわかる筈もない。

「あれは何?」

「あれは蚊じゃ、これでヤツ等は退散する」

 犬や猫が蚊に刺されると、 蚊の唾液の成分に対して強いアレルギー反応を示し、 アナフィラキシーショックを引き起こす危険性がある。アレルギー反応は蕁麻疹が出る、呼吸が苦しい、嘔吐や下痢といった症状が出る。さらに、アナフィラキシーショックになると全身の血圧が低下し、死亡するケースがある。


 戦闘機がそれぞれの宇宙船へと瞬間移動した。あっという間に戦争が終わった。


 円柱型と三角型の宇宙船が飛び去って行くのが見える。恐らくは管理人の言う通り、懲りない猫と犬はプロキシマ・ケンタウリ恒星系へと戦いの場を移したのかも知れない。


烏丸からすまケン太よ、色々と迷惑を掛けたな。あの者達に代わって詫びを言う」

 神と名乗る管理人と御付の二人が頭を垂れた。

「そんな事はいいんだけどさ、それよりボクは地球に帰れるのかな」

「それは心配せずとも良い。神の力で戻してやる」

 神がそう言うと、ケン太の前に猫宇宙人が出てきたものと寸分変わらない宇宙船ポッドが出現し、入り口らしきハッチが開いた。

「やった、サイヤ人の宇宙船ポッドだ」と喜々として叫ぶケン太の言葉の意味を図りかねる神だったが、気を取り直して「その中に入って赤いボタンを押せば地球に戻るようにセットしてある」と言った。


 ケン太は言われるままに中に入り赤いボタンを押した。木星軌道から一気に太陽に向かって宇宙船ポッドが飛んで行く。

 神がくれた宇宙船ポッドの乗り心地は予想した程悪くはない。ポッドは宇宙空間を飛び、遥か遠く地球へ、そして日本列島から関東平野の実家の養鶏小屋へと突っ込んで行った。


 翌日早朝、天空に雷が落ちたのかと思う程のとんでもない音がして、衝撃音で民家の窓ガラスが枠ごと震えた。 暫くの後、ゴゴーン・ガラガラ……と、今度は爆弾でも破裂したのかと思うくらいの爆裂音と地響きで家全体が揺れ、逃げ惑うにわとり消魂けたたましい鳴き声がした。

 養鶏小屋の前に父親が立っている。


「オヤジ、ただいま」

「おかえり」

 悪夢のような猫宇宙人と犬宇宙人との木星戦争の後、少年は不思議にも無傷で地球に戻り、少年の木星旅行が終了した。

 探検と言っても、猫宇宙人に攫われて行った木星で間一髪のところを管理人と名乗る神に救われて地球に戻って来たに過ぎない。神の言うように、猫宇宙人や犬宇宙人に「悪気はない」のだとしても、地球が、人類が滅亡し掛けた事に変わりはない。


 裏庭に飼い猫のミケが日向ぼっこをしていた。地球は相変わらず平和だ。その傍らには5匹の赤ちゃんと思しき小猫が纏い付いている。5匹の赤ちゃんは皆三毛猫で、同じように尻尾の部分が白い。はて、どこかてみたような毛色だ。


 数ヶ月後、猫宇宙人の戦闘艦にそっくりの巨大な電柱のような正体不明の飛行物体5隻が日本各地に現れた。

 突然の宇宙からの飛行物体に「宇宙人の来襲だ」と日本中が大騒ぎになり航空自衛隊がスクランブル発進したが、戦闘機が周りを取り囲む状況でもそれぞれの宇宙船と思しき巨大な電柱は天空に停止したままで、何をするでもなく微動だにしなかった。

 そんな事件をTVで見ながら「あれはきっと猫宇宙人の戦闘艦だ、猫宇宙人が言っていた通りになった」「2つ目の「宝物」を取りに来たに違いない」と思いつつも、ケン太には今になっても「宝物」の意味はわからない。

 日本各地上空に浮かんでいた猫宇宙人の宇宙船は、暫くすると何をするでもなく宇宙の彼方へと飛び去っていった。彼らの2つ目の目的も宝物の意味も、結局ケン太には何もわからず仕舞いのまま事件は全て終了した。


 更に数日後、宇宙船が上空に停止していた日本各地で、全ての三毛猫が行方不明になっている事が判明した。

 現地では「二足歩行の猫を見た」「ウチの猫は宇宙人に連れ去られた」そんな噂も立ったが、それが事件になる事も何を意味しているのかを知る者もいなかった。


 地球上にいる三毛猫は日本原産であり、その殆どは日本国内にいる。日本の田舎のその辺りに三毛猫がいても誰も気にする事などない。

 そんな三毛猫がメスになる確率は99%で、オス猫が生まれる確率は三万分の一だと言われている。

 何故かと言うと、三毛猫の被毛色である白、黒、黄の三色遺伝子は性染色体上に存在し、白の色遺伝子がY染色体、X染色体のどちらの上にも存在するのに対して、黒と黄の色遺伝子はX染色体上にしか存在しない。その為、性染色体がXXのメス猫は黒とオレンジを同時に持つ事が出来るが、XYのオスは黄か黒のどちらか一つしか持てない。即ち、地球にはクラインフェルター症候群による染色体異常等によって極まれに誕生するオス猫以外は、全てがメス猫となる。


 宇宙は極端な程に広い。地球の性染色体が反転している猫に似た生物が天ノ川銀河系にある恒星フェレス第12惑星タクスにいても、何ら不思議はない。


「Paradise!」

 宇宙の彼方から、「ガス惑星太陽化計画」などどうでも良くなった猫星人タマ達の声が聞こえたような気がした。


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