七通の脅迫状
本庄 楠 (ほんじょう くすのき)
第1話
今日は一学期の終業式であった。明日からは夏休みだ。
彼は、同級生の
三日前に、長尾書店から、コミック本が入荷して、取り置きをして呉れていると連絡があったのである。
二人は、本を買う時は、本代を半分づつ出し合って、これまで買って来たのだった。これは、三年生頃から、二人で、話し合って決めたことであった。それぞれの小遣いを出し合って、買うことにしたのである。そうすることで、値段の高い本も買うことが出来たのである。
創太の家には、大きな本棚が三台あった。そのために、二人で買った本は、彼の家の本棚に並べていたのである。
これ迄に買った本は、『日本の歴史』、『世界の歴史』、『少年少女文学全集』、『日本の地理』、『世界の地理』等、六十冊以上になっていた。そして、山田・逢坂図書館と、板に書いた看板を棚の上に掲げていた。
これは、創太の父が造ってくれた看板であった。
ふたりは幼稚園の時から仲が良かった。そして、どちらも本が好きであった。学校の成績も共に良かったのである。また、逢坂は作文が得意であった。これまでに、読書感想文で、西日本新聞では、金賞を、毎日新聞では、最優秀賞を受賞したこともあったのである。
事件は、夏休みが始まった初日の七月二十一日に起きた。
朝の五時であった。逢坂和夫の遺体が、城井川の下流の下本庄地区で発見されたのである。川の
発見したのは、下本庄の農家の佐野豊であった。佐野は、毎日、夕方、フナや鰻を獲るために、カシバリ、サカテボと、この辺りでは呼ばれている、川魚を獲る道具を前日に何か所にも仕掛けていたのである。彼は、この仕掛けを毎日、日が暮れかけた時間に
多い時には、鰻が十尾以上、フナやハゼも、結構掛かってくるのだった。
二十一日の早朝も、いつも通りに仕掛けを次々と引き上げていった。この日は鰻が四尾、ハゼが六尾掛かっていた。彼は、カシバリとサカテボをすべて引き揚げ終えて、堰を渡って、堤防に上がろうとした。その時に、堰から流れ落ちた水溜まりに、何かが浮いて漂っているのを見たのである。気になって、一旦通り過ぎた所を引き返して再度、確認したのだった。そして、目を見張った。そこには人間が浮いていたのだった。小学生くらいの子供であった。佐野は驚いて、本庄の駐在所に電話した。
駐在所からは、二名の警官が駆け付けて来た。彼らは、現場を確認して、管轄の豊前署に連絡したのである。豊前署の指示は、捜査員が到着する迄、現状を維持して、待機するようにとの事であった。四十分後に豊前署の刑事が二名到着した。前田刑事と岡田刑事であった。
駐在所の警官二名で、遺体を堰のコンクリートの上に引き上げて、仰向けにした。
その顔を見て
「あっ、これは和夫だ!」と佐野が叫んだ。
その声を聞いた岡田刑事が佐野に向かって
「この子を知っているのですか?」と訊いた。
「ああ、知っているよ。小料理屋の逢坂恵子の所の息子だよ」と憎々し気に応えた。
岡田刑事に佐野豊が話した情報によると、逢坂の家は現在母子家庭である。亭主は北九州市のある組の組員であったが、五年前に広島で、暴力団同士の抗争があった時に殺されたとの事であった。
この時、和夫は小学校に入学した年であった。七歳の時である。
和夫の母親の恵子は、この町に一軒だけある小料理屋をやっていた。夫の勇が生きていたころは、Y組の若い者も出入りしていたが、勇が死んでからは、堅気の客が来るようになった。最近は、組の関係者は殆ど見ない様になった。暴力団対策が功を奏した結果かもしれない。
小料理屋【道草】は恵子の為に勇が出してやった店であった。現在も結構繁盛している。勇が死んだあと、恵子には結婚はしていないが、新しい男が出来ていた。
町から四キロ程離れた
佐牟田部落は山奥で、杉の山林が豊富にあった。その杉山の木を一山買い取って、製材して近隣の郡部に販売していたのである。景気は良かった。彼は、工務店も経営していた。一応、この地域では顔役だったのである。ふたりの関係は公然の秘密だった。
和夫は、この孝史が大嫌いであったのである。孝史は事あるごとに和夫にむかって「ヤクザのくそ餓鬼が!」と怒鳴り散らすのであった。母の恵子は和夫を庇ってやることが出来なかった。何度か孝史に向かって「あんた、子供には手を出さんで!」と和夫を殴っている手を止めさせようとすると、孝史は恵子を足で蹴飛ばすのだった。酒癖が悪く、酔うと暴力を振るう男であった。
孝史は昔、和夫の父親の勇に良く殴られていた。その恨みを息子の和夫に向けたのである。恵子を寝取ったのも、勇への復讐だったのかも知れない。でも、今の恵子は孝史には逆らえなかったのである。
和夫は幼い頃からヤクザの子と云って、からかわれ、いじめられていた。その中で、唯一、庇って呉れたのが創太であった。二人はまさに親友だったのである。
和夫は親父の勇とは違って、大人しい子供だった。二人は勉強も良く出来た。でも、クラス委員に選ばれるのは、いつも創太であった。生徒たちも、暴力団員の息子と云う偏見をもっていたのである。
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