仕組まれた舞台


「魔獣が消えていくポメ……!」


逃げ遅れた人々を魔法で保護し、手当てをしていたポメポメは上空に輝く光を見て声を上げる。


「シトラスさんはコアを破壊できたようですね」


レオンがいつものポーカーフェイスのまま、しかしどこか安堵を滲ませたような声色で言う。


「すごいポメ!やっぱりシトラスは強いポメ〜!」


「?あれは……」


消えゆく魔獣と反比例するように、地上に次々と意識を失った人々の姿が地上に現れる。


「魔獣に連れてかれた人たちポメ……?」


「そのようですね。ポメリーナ、彼らの治療を」


「はいですポメ!」


レオンの指示を受けてポメポメは頷き、地面に倒れた人々の元へ向かう。




(妙だ……あの空間に連れ込まれていた人々は次々とこちらに戻ってきているのに─シトラスさんだけが戻ってこない)


魔獣の作り出した空間の消失と共に、大勢の人がこちらの世界に戻ってくるのを感じたレオンだったが、その中に彼女の気配は無い。



「レオン!」


「レオンさん!!」



先程まで魔獣と戦闘していたキルシェとロゼが、息せき切って駆け寄ってくる。焦りと不安の混じったその表情を見るだけで、事態が悪い方向に向かっていることを察した。


「レオン、シトラスちゃんは?」


「私も今その話をしようとしていたところです。─貴方達も合流出来ていないのですね」


「……ええ、他の捕らわれていた人たちは戻っているのだけど」


「レオンさん、シトラス無事ですよね?!まさか……魔獣にやられたりしてないですよね?!」


キルシェが掴みかかりそうな勢いで尋ねる。


「……魔獣のコアは破壊されました。これは事実です。そして、あの空間に閉じ込められていた者の中でそれが出来たのは、魔法少女であるシトラスさんだけでしょう。今ここに戻ってきた人々は、シトラスさんが魔獣の浄化に成功したからこそ空間を脱出することが出来た。現状を見る限り、そう捉えるのが妥当でしょう」


「じゃあ、なんでシトラスだけ戻ってこないんですか!?」


「キルシェちゃん、落ち着いて。レオンも何が起きているかわからないのよ」


取り乱している様子のキルシェの肩に手を置きながら、諭すようにロゼが言う。


「ひとつ、可能性として考えられることがあります。……正直、私としては外れていて欲しいのですが」


そう言ってから、レオンは一度言葉を切り、続けるべきかどうか迷う素振りを見せる。


「いいわ。言って、レオン」


今にも泣き出しそうなキルシェの肩を抱き寄せながら、ロゼが言った。


「……わかりました」


意を決したように頷くと、レオンは続けた。


黒き明日ディマイン・ノワールが人間界に魔獣を送り込んでいる、というのは以前説明した通りです。しかし─私たちは今まで彼らが寄越してきた魔獣とは何度も対峙せど、魔族が直接人間界に現れることは滅多にありませんでした。


─しかしつい先日、魔族の疑いがある人物とシトラスさんは接触しています」


その言葉に、その場にいた全員が息を呑む。


「あの魔獣が自分の空間に引き込んだ魔法少女は─シトラスさんだけでした。ロゼお嬢様も、キルシェさんもいたというのに─何故か彼女だけをピンポイントで狙い、お二人を同じように捕えようとはしなかった。


魔法少女そのものの討伐を目的にしていたのだとすれば、少し不自然ではありませんか」


ロゼとキルシェの表情が強張る。


もし魔獣が─いや、黒き明日ディマイン・ノワールの魔族が最初からシトラスだけを狙っていたのだとしたら。




「私たちは嵌められてしまったのかも知れません。確実にシトラスさんを手中におさめようとする、何者かによって」


















***







「え……これは」



黒い影で覆われた空間が崩壊し、シトラスは再び現実のラコルトの街に戻ってきた─はずだった。


目の前には見慣れた飲食店やビルが立ち並び、信号機や標識が交差点に規則正しく並んでいる。確かに、シトラスが知るラコルトの街。しかし、そこに行き交う人の姿は無く、車の音も聞こえない。街全体が凍りついたかのように、息を呑むほどの静寂が広がっていた。


「戻って……来たんだよね?」


周囲を見回しても、人の気配は全くない。冷たい風が頬を撫でるだけで、まるで自分以外の全ての時間が止まっているかのようだった。胸の中にもやもやと不安が広がっていく。


「ポ、ポメポメ……キルシェ……?」


心細さを無理やり抑えながら仲間の名前を呼ぶが、その声は虚しく静寂に溶け込むだけ。返事はない。


「ロゼ先輩……レオンさん……?」


「残念ですが、ここに貴方のお仲間は居ませんよ」


「っ!?」


不意に背後から、自分以外の誰かの声が響いた。

シトラスは驚いて振り返り、目を見開いたまま凍りつく。

そこに立っていたのは─


「……エリック、さん……?」


つい先程まで、魔獣に囚われて気を失っていたはずのエリックだった。

後頭部でまとめられた長い赤髪、縁のない眼鏡。シックな色のスーツ。そのどれにも傷は無く、埃ひとつついていない。シトラスが街の中で発見した時の状態からは考えられないほど、整った姿だった。


「あ……」


胸中に浮かび上がるのは、ひとつの答え。けれど、シトラスはそれを真実だとは認めたくなかった。それなのに心臓はどんどん速く、強く鼓動し、彼が見せる笑顔への違和感が増していく。


「エリック?─ああ、以前会った時はそう名乗りましたね」


男はシトラスの動揺を無視するようににこやかに応じ、ゆっくりと眼鏡に手を掛ける。そうして現れたのは─


「あの日の……、あの人……」


見覚えのある顔だった。あの日、魔獣に襲われて変身が解けかけたシトラスを助けた赤い髪の男だ。


─どういうこと?

─私を助けてくれたあの人が、エリックさん?


だけど、何かおかしい。今の彼からは、助けてくれた時のような優しさや温もりが一切感じられない。頭の奥で、「逃げろ」という声が聞こえる。しかし、シトラスは固まったように身体を動かすことが出来なかった。



「改めて、本当の自己紹介をさせていただきますね」



シトラスが何も言葉を返せないまま立ち尽くす中、男はゆっくりと自分の髪を束ねていたリボンを引き解く。瞬間、黒い影のような魔力が彼の周囲を取り巻き、シトラスの視界は遮られた。


(な、何?!)


小さな嵐のように吹き荒れる影に反射的に目を瞑り、再び目を開けた時、シトラスの前に立っていたのは─腰まで伸びた鮮やかな赤髪に、騎士のような黒い装束、そして長いマント。


右手にある杖は、魔法を使うための魔具だろうか。だが、シトラスが今まで見た魔法少女や天界の者が使うそれとは雰囲気が随分と違う。


「あ、あなたは……」


震える唇を動かし、かろうじてそれだけを口にする。恐怖と驚き。そして裏切られたような感情がシトラスの中で入り乱れ、言葉が続かない。


「初めまして、シトラス・ルーシェ」


男は気品に満ちた微笑を浮かべながら、優雅に片手を胸に当てて、シトラスに向かって深くお辞儀をした。









「私はトルバラン=フォン=エインヘリアル。

我らが黒き明日ディマイン・ノワール総帥・邪神の命により─魔法少女である貴方を排除します」

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