女神の使者


どうして、こんなところにポメポメが?

この光の壁も、ポメポメが出したもの?



いや、それよりも。

さっきの声って、まさか……


「シトラス、ずっと黙ってたけど……ポメポメ本当は、猫じゃないポメ!!」


「ポメポメがしゃべっ……ええええぇぇぇ!?」


目の前で起きている出来事の情報処理が追いつかず、シトラスは素っ頓狂な声を上げる。


猫じゃない?だから「にゃあ」って鳴かなかったの?

でも、それじゃあこの子は一体……?

待って、そもそもどうして喋ることができるの……?


混乱する頭で必死に考えている間にも再び起き上がった鳥たちは再び攻撃を仕掛けてくる。が、鳥たちはポメポメの張った光の壁を破ることが出来ず、鋭い嘴や脚の鉤爪は跳ね返されていた。


それを良いことにポメポメは話を続ける。


「ポメポメの本当の名前は、ポメリーナ・プリタス!特命を受けて人間界に降臨した、天界の女神様の使者ポメ!!」


「ポメリー……えっ?とくめい!?め、めがみさまのししゃ!?」


更に畳みかけるように、よくわからない言葉が並べられる。シトラスはもう目が回ってしまいそうだった。


そもそも今までただの─鳴き声が少々個性的な─猫だと思っていたポメポメが人の言葉を喋っていることだけでも驚きなのに、突然女神だとか使者だと言われても、すぐに飲み込めるはずがない。


「信じられないかもしれないけど、本当なんだポメ!!……っ、この姿じゃやっぱり魔法が使いにくいポメ……『変身(コンベルシオン)』!!」


そう叫んだ瞬間、ポメポメの身体が眩い光に包まれる。


ふわり、と重力を無視したようにその小さな身体が宙に浮き上がり、どんどん手足が伸びてゆく。


「ポメポメ……?」


小さな猫だったはずのポメポメのシルエットは、ほとんど人間の少女と変わらない姿に見えた。面影があるとしたら猫の時と同じミントグリーンの長い髪、そして頭頂に生えた二つの三角の耳。


光が弾けると、そこには10歳前後の猫耳が生えた少女が佇んでいた。


長い髪は二つに分けて三つ編みされ、白を基調としたシンプルなワンピースの上に、翡翠色のローブ。足元には茶色い編み上げのブーツを履いており、手には先端に宝石のようなものが埋め込まれた杖を持っている。その姿はまるでゲームやアニメに出てくる魔導士のようだ。


「ポメポメ……なの?」


「そうポメ!これがポメポメの本当の姿ポメ!!」


人の姿になっても、語尾は変わらずそのままらしい。そんな呑気なことを考えていると、鳥の嘴がバリアを激しく叩く音が響いてきた。


「……っ!?どうしよう……!」


「大丈夫ポメ!」


そう言うと、ポメポメは持っていた杖を構える。するとその意思に応えるように、杖の先端部分に埋め込まれた大きな宝石が光り輝き始める。


「『防壁(バリエ)』!!」


詠唱と共に、シトラス達を守っていたバリアが再び強固に、そして大きく広がる。防壁が広がった勢いで、鳥たちは再び外側に弾き飛ばされてコンクリートの地面に叩きつけられた。


「あれは『魔獣』っていうポメ。元々この世界の生き物じゃなくて、魔界に住んでる『黒き明日(ディマイン・ノワール)』っていう悪いヤツらが、人間たちのエナジーを奪うために送り込んできた凶暴な生き物ポメ」


「人間たちの、エナジー……?」


「みんなから元気や力を奪っちゃうってことポメ!シトラスも知ってるはずポメ、他の街で大勢の人が倒れたニュースを朝見てたポメ!」


そこまで言われて、ようやくパズルのピースが嵌まったような気がした。

各地で発生している病気でもないのに、突然体調を崩して人が倒れてしまう謎の現象。


駅前で大勢の人が倒れたのも、あの大きな鳥の視線に射抜かれた人が倒れてしまったのも、みんな生命力(エナジー)を奪われたから。


生きていくための力を奪われたのであれば、病気や怪我、年齢も性別も関係なく人は倒れるだろうし、目を覚せなくなってしまう人だって中にはいるだろう。


突飛な話ではあるが、辻褄は合うような気がする。


─シトラス……にげ、て……あの鳥、やっぱりへん、……きゅうに、……からだにちから、はいんなく、なって……


意識を失う直前にキルシェが訴えかけた言葉を思い出し、シトラスは腕の中の彼女を見る。キルシェは先程よりも顔色が悪くなり、体温も下がり始めていた。


「ポメポメ、もしかしてキルシェも……」


「エナジーを奪われているポメ!キルシェは簡単に奪われにくいタイプだったみたいポメけど、怪我をして弱ったせいで急激にエナジーが減り始めているポメ!」


「……っ、エナジーがなくなっちゃった人は、どうなるの?」


シトラスの質問に、ポメポメは難しそうな表情をする。良くないことらしいということは察しがついた。


「奪われたエナジーが少しなら、ちゃんと休んだらまた元気になるポメ!だけど長い時間たくさんのエナジーを奪われ続けたら……最悪、死んでしまうポメ!!」


「……っ、」


ポメポメの言葉にシトラスの表情が曇る。つまり、このままあの魔獣を放っておけばキルシェの命に関わってくるということだ。


(私を庇ったせいで……)


キルシェを抱きかかえるシトラスの指先に、ぎゅっと力が込められる。


「だからあの魔獣を止めて、みんなのエナジーが奪われるのを止めないとダメなんだポメ!」


「止めるって……どうするの?」


話している内に、防壁の外ではまた変化が起きていた。ダウンしていた鳥の魔獣達が再び動き出し、壁に向かって攻撃を開始したのだ。


「……っ、さっきのあのでっかい魔獣を倒せば、今起きていることは収まるはずポメ!!本当はポメポメが戦えたらいいポメけど……っ、」


鋭いくちばしや羽による攻撃に加え、鳥型魔獣はその巨体で体当たりをして防壁を破ろうとしている。その衝撃はかなりのものらしく、壁のあちこちに亀裂が生じていた。


「……っ、ポメ~~~っ!!」


何とか魔獣達を立ち入らせんと、ポメポメは杖を構えて壁を保とうと踏ん張っている。


先ほどからポメポメは攻撃から身を守るための防御こそしているが、魔獣達を攻撃をする素振りは一切見せていない。

戦えたら、と言っているということは、何か理由があって戦うことが出来ないのだろうか。


シトラスは、キルシェを地面に横たえて立ち上がり、ポメポメの手の上から杖を握る。


「ポメ……?」


「魔獣とか、天界とか魔界とか……正直まだ、全部は理解出来てないんだけど……!!」


その瞬間。杖から放たれる光が増幅し、壁の強度が増した。先ほどまで、ポメポメが一人で支えていた時よりも格段に頑丈になったそれは、魔獣達の攻撃を見事に防ぎきる。


しかし力がまだ不安定なのか、次第に再び亀裂が入り始めた。


(だめ、お願い、壊れないで……!キルシェのことを守って……!!)


シトラスが意識を集中させると、今度は自身の体が淡い光を帯び始めた。


「キルシェは私の大事な友達なの!ポメポメだってそう!だから─助けるために出来ることがあるなら、ちゃんとやりたい!何もしないで、終わりたくない!!」


彼女の体から発せられる光はどんどん強くなっていき、やがて防壁の外にも溢れ出した。壊れかけていた壁は再び修復され、更に強固になっていく。


「ポメ、もしかして……、」


シトラスから溢れ出た光を見たポメポメは、ハッとしたように顔を上げ、そしてシトラスを見つめた。


─間違いない。きっと彼女は……


「シトラス、シトラスならきっと─魔法が使えるはずポメ!!」


「え!?ま、魔法!?」


その時、シトラスの胸からオレンジ色の光の塊が飛び出していく。それを見たポメポメは何処からともなくハートの形をしたオブジェクトを出現させ、その中に光の塊を収めていく。


シトラスの光を受け入れたハートは一際強い輝きを放ち、光が収まるとオレンジ色の宝石が埋め込まれたかわいらしいブローチが姿を現した。


「これって……」


「そのブローチを持って、『シトラス、変身(コンベルシオン)』って唱えるポメ!!」


「……そしたら、キルシェを助けられるの?」


「うん!シトラスなら、絶対できるポメ!!」


「わかった……!」


シトラスは意を決して、空中に浮かぶブローチに手を伸ばし、それを掴む。


その呪文を唱えたらどうなるのかは、わからない。

だけどきっと、これが今の自分に出来ること。


手に取ったブローチを胸に押し当てて、目を閉じる。そこから温かい何かが流れ込んでくるような感覚を覚えながら、ゆっくりと息を吸い込む。








「……『シトラス、変身(コンベルシオン)』!!!」





詠唱と共に─シトラスの身体は眩い光に包まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る