第5話 【プロポーズの1歩手前】
ぶっちゃけて言ってしまえば、団長は既に《武神》と呼ばれた実父である先代団長よりも強いと思う。
但し、一旦戦いが始まると制御不能になってしまうのが欠点だが。
だから可能なら俺とキリエは団長を前線には出したくなかったのだが、相手が強いとこちらの被害が大きくなるので出さざるを得なかったのだ。
実際、俺とキリエが倒した盾持ちの2人組の幹部は一般団員では歯が立たなかっただろうし。
「あぁ~、楽しかったぁ♪」
「「…………」」
やっと正気に返って血塗れで帰って来た団長には普通にドン引きだけどな。
「団長殿、とりえず着替えましょうか」
「水属性の奴。団長殿に水を出して差し上げろ」
ともあれ、いつまでも血塗れのままにしておくわけにはいかないので俺とキリエは団長を着替えさせることにした。
このままにして血の匂いでまた狂乱したら手が付けられないし。
◇◇◇
そうして戦争を終えて拠点に帰って来たのだが……。
「おかえり。三風の奴らは締めておいたわ」
「おう。ご苦労さん」
やっぱり問題が起こっていた。
というかユツキにちょっかいを掛けるならもう三風なんて始末してしまおうか。
「流石に始末はやり過ぎでしょ。先代の顔を立てて追放で手を打つべきよ」
「やれやれ」
同期の中に馬鹿がいると本当に面倒だった。
同期は養父に恩を感じている奴らばかりだから、下手に始末することも出来ないのだ。
「おかえりなさい、クルシェさ……ん?」
俺の仕事部屋で待機していたユツキに再会した瞬間、俺は反射的に抱きしめてしまっていた。
「あの……私は大丈夫ですよ? 親切な方が護ってくださいましたし」
「分かってる」
何はともあれ、俺は暫く会えなかったユツキを抱きしめて、その身体の感触を感じてホッとしていたのだ。
「えぇ~。そんなに私に会えなくて寂しかったの?」
「……寂しかった」
「わぁ。凄い素直だ」
「うん、もう結婚しよう」
「は、早いよ!」
確かに俺とユツキは出会ってからまだそんなに時間が経っていない。
だが、少し離れたくらいでこんなに心配になるのなら、いっそユツキの全てを俺の物にしてしまいたくなった。
そういう訳で俺としてはマジのプロポーズだったのだが、今は婚約ということで関係を一歩進めただけに留まった。
もう、このまま押し倒した方が良かっただろうか。
その後、俺が不在の間に溜まっていた仕事を片付けることになったのだが……。
「この世で最も強くて愚かな人間って誰だと思う?」
集まっていた資料を確認していたら、思わずそんなことを呟いてしまった。
「強くて愚か……ですか?」
ユツキは俺の言葉に困惑しているようだった。
「俺の考える世界で最も強くて愚かな人間とは……勇者のことだ」
「…………」
「世界の為にその身を捧げ、世界の為に苦難に立ち向かい、世界を救った途端に世界に切り捨てられる。これを愚かと言わずになんと言う?」
「勇者ってそんな境遇でしたっけ?」
実際、この世界には過去に災いに襲われた際に勇者が現れて世界を救ったという伝説があるらしいが……。
「よく知らんけど」
「どうして知りもしない話をしたんですか」
「勇者が出現した訳ではないが、勇者と双璧をなす存在は確認されたらしい」
「勇者と双璧をなす存在?」
「スタルキアナ王国で聖女様が保護されたんだとさ」
聖女。
基本的に勇者とセットで語られる存在であり、物語だと最後に勇者と結ばれることになるのだが――実際には自分の身を生贄に勇者を助けるという逸話が多かったりする。
「スタルキアナ王国って隣の国じゃありませんでしたっけ?」
「そうだな」
「そんな情報までクルシェさんのところに入って来るんですか?」
「国から大々的に告知されたみたいだからな。そうなれば普通に情報を集めている俺の耳にも届くさ」
「へぇ~」
国民に大々的に周知されるレベルで発表された以上、その情報が広まるのは当然と言える。
だから普通に情報収集している俺の耳に届くのも当然の話だ。
ちなみに俺達がいるのはアルカクラナ王国。
比較的小さな国だが、俺の所属する傭兵団に仕事を持って来るのは大抵がこの国ということになる。
言い換えれば周辺国と戦争が絶えない愚かな国なのだが。
まぁ、仕事を持って来ると言っても国の王宮から直接依頼が来るのではなく、国に所属する貴族どもから依頼が来るという方が正しい。
国境に領地を持つ貴族が俺達のような傭兵を雇って隣接する隣国と戦争をして小さな領土を奪い合っているのだ。
勝っても負けても国としては利益も損失も小さいので放置されている。
まぁ、小さいと言っても領地を治める領主にとっては大問題なので必死に戦争を繰り返しているようだが。
「聖女様ですか。聖女様って確か治癒魔術の専門家なんですよね? クルシェさんとどっちが凄いでしょうか?」
「考えたこともないなぁ~」
入ってくる情報によれば、聖女はどんな怪我や病気でも瞬く間に治す聖魔術のスペシャリストと書かれているが、何処まで本当のことやら。
「でもクルシェさんは私を治してくれましたし、きっとクルシェさんの方が凄いと思いますよ」
「お、おう」
まさか聖女より上認定されるとは思っていなかったので少しどもってしまった。
流石は俺の婚約者だ。
◇◇◇
前回、傭兵団《餓狼》を打ち破ったことによりウチの傭兵団の名声はまた上がったらしい。
まぁ、活躍の大半が団長の話題だったのは――仕方ないと思う。
あの人は色々な意味で有名だから。
逆に傭兵団《餓狼》は予想通りに立て直しが出来なくて解散することになり、団員は散り散りになって他の傭兵団に吸収されたらしい。
(主要メンバーの大半が討ち取られたし当然か)
俺とキリエが仕留めた幹部の他にも団長は何人もの幹部を笑いながら仕留めていたらしい。
うん。今までも何度も思って来たことだが団長だけは絶対に敵に回したくない。
戦っても勝てないというのは勿論だが、自分が蹂躙されるなんて場面は想像したくもない。
俺が団長を見ると反射的に直立不動で敬礼してしまうのは、こういう思いがあるからなのだろう。
団長に無礼な態度で接するなんて自殺志願者でもやらないだろう。
間違いなく死ぬより恐ろしい目に遭わされる。
「また戦争の依頼ですか?」
そんなことを考えながら依頼票を見ていたら眉を下げたユツキに聞かれた。
「いや、今回は珍しい依頼が来ていた。これは商人が輸送の際に護衛してくれって依頼だな」
「それって珍しいんですか?」
「こういうのは基本的に下っ端の傭兵の仕事だから。ウチみたいな名声がある傭兵団に依頼が来るのは珍しいな」
この世界、異世界なのに魔物が存在しないので冒険者なんて職業が存在しない。
だから護衛依頼となると傭兵に舞い込んでくるわけだ。
魔物はいなくても盗賊に身をやつした人間は存在する。
護衛なしで商人が荷馬車を走らせていれば襲ってくれと言っているようなものだ。
「受けるんですか?」
「暇な2軍のメンバーにとっては小遣い稼ぎに丁度良いだろう」
傭兵団が一丸となって動くような依頼ではないが、希望者に小遣い稼ぎ程度に斡旋するくらいは問題ない。
襲って来た盗賊の規模によっては大規模な盗賊狩りの依頼が来るかもしれないし。
あ。断っておくが2軍と言っても三風の奴らではないのであしからず。
あいつらは下手をすれば他の傭兵団の一般兵にも負けるかもしれないし。
◇◇◇
後日、俺の予想通りに商隊は大規模な盗賊の襲撃を受けたらしい。
勿論、2軍とはいえウチのメンバーが盗賊如きに後れを取る訳もなく撃退には成功したものの、相手の規模が大きかったので予想通り盗賊狩りの依頼が来た。
「凄いですね。クルシェさんの言った通りになりました」
「……あくまで可能性の話をしただけなんだけどな」
まさか俺もここまでドンピシャで予想が当たるとは思っていなかった。
「これも受けるんですか?」
「相手が大規模な盗賊団ってことはお宝を溜め込んでいる可能性があるからな。参加者を募れば直ぐに集まるだろう」
「そういうのって持ち主に返さなくても良いんですか?」
「持ち主が特定出来るなら相場で買い取ってもらえるな」
「……なるほど?」
盗賊の被害に遭った場合、所有者が無事である可能性は限りなく低い訳で、基本的に持ち主が名乗り出る可能性は限りなく低い。
「これってクルシェさんも参加するんですか?」
「俺は金には困っていないし、それに盗賊狩りって……ちょっと面倒なんだよ」
「?」
盗賊が溜め込んでいるのが金品だけならいいのだが、大抵は攫われた女が囚われていることが大半だ。
俺が参加している時にそういうのを見つけたら治療するのは俺ということになってしまう。
想像してみて欲しい。
盗賊に散々犯されて狂ってしまった女を俺が治療するのだ。
考えただけでもウンザリする。
だから俺は参加者に鎮静剤を持たせるだけで参加は見送るつもりだ。
「副団長さんは参加するんですか?」
「どうだろ? 懐具合が寂しいなら参加することもあるかもしれないけど」
キリエは日頃から散財するタイプではないが、欲しいものがあったら金に糸目をつけずに手に入れるタイプなので場合によっては素寒貧になっている時がある。
だからキリエが参加するかどうかは、その時の懐具合による。
ちなみに団長は考えるまでもなく不参加である。
大規模な盗賊団と言っても精々100人いれば良い方なので、団長が求める殺戮には最低でも1000人規模でなければ満足出来ないからだ。
それ以前に盗賊程度に団長を投入するとか、万引き犯にロケットランチャーを撃ち込むような暴挙だ。
過剰戦力過ぎる。
◇◇◇
結論から言えばキリエは盗賊狩りには参加しなかった。
前回の戦争から時間が経っていないので懐が温かかったらしい。
そういう訳でほぼ幹部抜きでの盗賊狩りになったわけだが、当然のように依頼は成功でメンバーは懐を温めて帰って来た。
かなりの量を溜め込んでいたらしい。
「三席、こういう美味しい依頼なら大歓迎ですよ!」
参加メンバーはホクホク顔で戦利品を掲げていた。
盗賊が溜め込んでいたお宝だけでなく、依頼主からの報酬もあるので確かにお得かもしれない。
まぁ、こんな依頼は滅多に来ないけど。
今更だが、この世界の貨幣は硬貨が採用されている。
基本は金貨、銀貨、銅貨などだが、その大きさによって価値が変わるようになっており、例えば最も価値がある硬貨は大金貨であり、次に通常の金貨、その次が小金貨という具合になっている。
現代日本から転生した身としては、さっさと銀行でも作って紙幣を発行しろよと言いたくなるが――まだ、そういう発想には至っていないということだろう。
え? それなら俺がやればいいだろうって?
何度も言うようだが、俺は傭兵団の仕事だけでも忙しいのである。
そんなことをしている暇などない。
まぁ、買い物に行くときに重たい金貨を持っていくのは不便だが、そもそも忙しすぎて買い物になんて行けないしな。
ユツキの服を買いにデートに行きたいが――やっぱり服飾職人を呼び寄せてオーダーメイドで作らせた方が良いかもしれない。
婚約者となったユツキに俺好みに服を着てもらうのもワクワクする。
「そういうのは、ちょっと……」
「ぐふっ」
だが普通に断られた。
職人を呼んでオーダーメイドを作るのは駄目だったらしい。
「一緒にお買い物に行きましょうよ。デートもしたいですし」
「休みが……休みが取れれば俺もそうしたいんだよぉ」
1日とは言わないが、半日でも休みが取れれば実行するというのに。
「本当にブラックですもんね、この傭兵団」
「もうマジで辞めたい」
将来の奥さんとデートも出来ないとか最悪だ。
「でもクルシェさんが辞めちゃうと傭兵団が崩壊して、連動して管理している孤児院も潰れちゃいますよね」
「そうなんだよぉ」
俺が辞めたいのに辞められない理由は無職で結婚したくないからというのもあるが、俺が管理しないと孤児院も潰れてしまうということもある。
血の繋がりはないとはいえ、あそこには今はユツキの兄弟姉妹がいる訳で、それを潰してしまうのは心情的にもよろしくない。
ユツキに兄弟姉妹を見捨てろとは言えないしな。
「うぅ~ん。それなら私の弟達や妹達に仕事を手伝ってもらいましょうか」
「…………へ?」
流石の俺でも即座にユツキの言っていることの意味が分からなかった。
◇◇◇
数日後、俺の仕事は驚くほどスムーズに処理出来るようになっていた。
うん。なんかユツキが今まで育てていた兄弟姉妹は基礎的な知識を当然のように持っていて、おまけに字も書けるということで意外と即戦力になったのだ。
勿論、俺やユツキと同レベルの仕事は出来ないのだが、それでもお手伝いが出来る程度には戦力になってくれたのだ。
「俺が傭兵団の中で育てている奴らより優秀だわぁ~」
「私が働きに出る前までは私が教師代わりになって色々と教えていましたから」
「凄く助かる。これなら、もう少し教えていけば……デートの時間が取れるな」
「そうですね♪」
どうもユツキは俺が想像していたよりも優秀だったらしい。
まぁ、考えてみれば1人で傭兵団の管理職を引き受けて支えていた過去があるわけだから、優秀に決まっているか。
「こんなに優秀なのに、どうして前の傭兵団では評価されなかったんだ?」
「最初は評価されていましたよ。でも仕事の忙しさのストレスで食欲が激減して、おまけに孤児院にお給金の大半を仕送りしていたらご飯が食べられなくなって、激痩せして……気付いたら冷遇されていました」
「あれってそういうことだったのか」
最初に会った時にガイコツみたいになっていたのは病気だけが原因ではなかったらしい。
というかユツキみたいな美人が傭兵団の中にいて無事だったのが不思議だったのだ。
うん。何故、無事だったのか知っているのかと言えば、診察の際に処女膜が無事であることを確認したからだ。
診察の魔術って体中をスキャンするみたいな感じだから、知りたくない情報まで知れてしまうのだ。
ともあれ、ユツキが乙女である理由は激痩せしてガイコツみたいになっていたから女として見られていなかったからだった。
俺は別に処女厨という訳ではないが、ユツキの初めての相手は俺になりそうなので少しだけ優越感を感じていたりする。
うむ。このままならユツキの全てを俺の物に出来そうだ。
「それにしてもユツキは優秀だとは思っていたが、まさか子供達に教育出来るレベルだとは思っていなかったぞ」
「あの子達が将来、職に困らないようにと思ってやっていたことですが、クルシェさんのお役に立てたなら良かったです」
「うんうん。本当に助かるわ」
俺は笑顔で頷きながら……。
「それで、ユツキは何処から転生して来たんだ?」
「…………」
唐突にぶっこんだら当然のように沈黙した。
「ナ、ナンノコトデショウ?」
「いや、前から疑問だったんだよねぇ。この傭兵団の職場環境のことを《ブラック》って言ってたことがさぁ。この世界にはブラック企業なんて概念はない筈だから普通に黒って意味になる筈だがユツキは普通にブラック企業のことを言っているみたいだし」
「…………」
俺が淡々と語るとユツキは頬に汗を流しながら必死に俺から目を逸らしていた。
「そ、そういうクルシェさんだって転生者じゃないんですか?」
「そうだよ」
「うぅ。そこは素直に認めるんだ」
「今更隠しても仕方ないだろう?」
「……そうですね」
そうしてユツキは諦めたような深く息を吐き出した。
「前世での名前は思い出せませんが、この世界に生まれる前は地球って惑星の日本って国の東京という都市で女子大生をやっていました」
「JDかよ」
「そう略すってことはクルシェさんも日本からですか?」
「そうだよ。同じく名前は思い出せないが地球の日本出身だが、大学はイギリスの大学に通っていたな」
「まさかとは思いますが……オック●フォードとか言わないですよね?」
「おう。よく分かったな」
「うわぁ~。この人、超エリートだった」
自慢ではないが地球にいた頃は普通に天才と呼ばれていた。
「ひょっとして、将来はお医者様になる予定だったとか?」
「というか普通に医者として働いていたぞ」
「……地球で出会いたかったです」
「はっはっは」
まぁ、地球では普通に結婚してたけどな。
どうやって死んで転生する羽目になったのかは覚えていないが。
ともあれ衝撃の事実発覚。
なんとユツキは俺と同じく地球の日本出身の転生者だった。
「地球にいた頃からご飯を食べるのが好きで、転生してからもひもじいのは嫌で必死に勉強して就職したんです。それなのに就職先の傭兵団が差別主義者の巣窟で、ストレスでご飯が食べられなくなって……最悪でした」
「お、おう。大変だったな」
ユツキが大食いなのは、どうやら前世からの習慣だったらしい。
「だからクルシェさん」
「ん?」
「私は炭水化物が……ご飯が食べたいです。お米を探してください!」
「お、おう」
この世界に転生して以降、米なんて見たこともないがユツキは米に飢えていたらしい。
「私にご飯を食べさせてくれるなら……結婚しても良いです!」
「任せろ!」
こうして俺は仕事をしながら米を探すことになったのだった。
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