第3話 挨拶まわり

 隣である204号室のドアをノックした。それはこれから体験することになる運命の出会いの1歩目。


「こんにちは、初めまして。私は隣の203号室に引っ越してきた港吾郎と言います。えっと、引越しの挨拶になります。よろしくお願いします」


 隣の部屋のドアに向かって、明るく挨拶し、ドアの向こうから女性の声が聞こえるのを感じた。


「え?あ、はい。ちょっと待ってください」


 女性の声は少し驚いたように聞こえたのでドアが開くのを待つ。

 ドアの向こうにいるのはどんな人かな?と興味を持った。


 ドアが開き始めたのだが、しかし、ドアはドアガードでわずかに開けられただけだった。

 隙間から女性の顔がちらりと見えたが、明らかに吾郎に警戒の色を浮かべていたが、考えれば当たり前の話である。


 女性だからそりゃあ警戒するよなと思い直し、直ぐにドアノブに粗品をかけておきますと言って去ろうとした。


 しかしその時、女性はドアガードを外してドアを全開にしたのだが、その行動に驚いた。


 ドアが開かれ、そこに見えた女性の姿に目を奪われた。

 長い黒髪に大きな瞳を持つ清楚系の美人さんで、白いブラウスに黒いスカートの出で立ちで、すらりとした感じの良い女性に思えた。


「あの、すみません。私、ちょっと用心深いだけなんです。あなたに対して悪気がある訳ではないので、お気を悪くしないでくださいね。えっと、粗品ありがとうございます」


 女性は吾郎に謝った。


「いえいえ、そりゃあそうですよね。これは失礼しました。ちょっと待ってくださいね」


 女性がドアを開けてくれたので、吾郎はドアノブから粗品を外して手渡した。


「ありがとうございます。これは何でしょうか?」


 女性は粗品を見ながら尋ねたので、吾郎は説明をした。


「これは私の地元の店で売っているお菓子です。チョコレートとクッキーの組み合わせでとても美味しいです。お口に合えば良いのですが」


「ああ、そうなんですね!私もチョコレートとかクッキーは好きですよ!ありがとうございます!嬉しいです!」


 女性の顔から笑顔が見えたが、眩しかった。


「それは、良かった。うん。気に入ってもらえたようで嬉しいです」


 吾郎は丁寧に受け答えするこの綺麗な女性に親しみを感じた。


「こんなに丁寧に挨拶してくれる人って今時珍しいですね!」


「いえ、そんなことはありません。私は祖母から隣と下の階にだけは迷惑をかけるかもだから挨拶に行きなさいと言われていたんです」


「あなたのご家族はとても立派な方なのですね。ご丁寧にどうも!」


「いえ、祖母はただのおせっかいなだけです。でも、祖母の言うことは大抵正しいんです」


「そうですか。私も機会があればあなたの祖母様にお会いしたいです」


 もちろん社交辞令だ。


「それは嬉しいです。祖母もあなたに会えると喜ぶでしょう。あっ!手間を取らせてしまいました」


 ちらりと見えた段ボールの様子からこの女性が荷解きの途中のようだったので、早々に去ろうとして御辞儀をした。


「ではまたお会いしましょう。私はまだ荷解きの途中なので」


 女性は申し訳なさそうに言った。


「はい、分かりました。私もまだ他の部屋に挨拶に行かなきゃいけないんです。202号室にも行ってきます。それでは」


「それでは失礼します。またお会いできることを楽しみにしています」


 吾郎は女性に微笑んで言ったが、名前は分からなかった。


「はい、私も、楽しみにしています。それではまた」


 女性は微笑んで答えるとドアを閉めた。


 吾郎は女性が閉めたドアを見ながら、心の中でつぶやいた。


「あの人は誰なんだろう?とても素敵な人だったな。あんな人がいるんだ。良さそうな人が隣で良かった。さて次に行きますか!」


 そうして204号室の次に202号室に挨拶しに向かったが、これから体験するのが運命の出会いその2!になる事を今はまだ知らない。

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