第27章「未来への覚悟」
しばらく進んで行くと、強く魔物の気配がした。
「これは…前にも感じた妖気だわ。」
道が急に開けて、また少し広くなった場所に出た。
その奥に、見たことのある魔物の姿がひとつ、不気味に
「確か…ランカイチュウ…とかいう魔物だな。」
蘭丸がその醜怪な魔物を見て顔をしかめた。
卵塊蟲。地獄里で見た、たくさんの人面を持ち、魔物の卵を産み出す怪物である。
既に部屋中に産み付けられていた
「こいつに、俺の霊剣は通じなかったな。椿の黒天もいない。どうやって、倒したら…。」
卵塊蟲を前にして、蘭丸は悩んでいた。
「まあ、見てな。」
エンマは、自信たっぷりにそう言って、前に進み出た。
黄色い魔眼を開き、エンマは開いた右手を卵塊蟲に向けて突き出した。
すると、卵塊蟲の体が突如青い炎に包まれた。まるで、体の内部から火がついて爆発するようにして、卵塊蟲は一瞬で粉々になり、灰となって消滅した。
「一体…どうやって…。」
それをあっけにとられて蘭丸と蓮花は見ていた。
「妖術と霊術を合わせたんだ。奴の体内の妖気から火を起こして、内部の細胞とかをぶっ壊して再生させねーようにして、さらに霊力を練り込んだ炎で外側を焼いてやった。」
一度見た相手の弱点は、エンマも覚えていて、即座に攻略法を思いついたのだった。
「ここで魔物が生まれて、そのまま地上へ出て行ったんだわ。だけど、さっきのある程度強い魔物は、根の国から来た魔物ね。こいつの産む魔物は数ばかり多いだけで、たいして強いわけじゃなさそうだったから。」
あっさりと卵塊蟲を撃破し、一行は先を急いだ。
長い道を通りながら、蓮花と蘭丸には、伝視術により、ある程度、このヤトという生き物の体の構造が把握出来てきた。
ヤトは、元々海に住んでいた生き物だったらしく、それを何者かによって毒に侵されてからは、魔物の通り道として海底に棲みつき、その巨大な体のあちこちから、長い触手のようなものを幾つも出して、その体と触手が通り道の役目をして、根の国・海底・地上の三つの世界を繋いでいるのだった。
おそらく魔物たちは、根の国からここを通って来て、地上へ姿を現しているのだ。
それが今まで誰にも見つけられなかったのは、ヤトが魔物の毒で病に侵された状態になっていたためである。ヤトの厚い肉壁が、魔物の妖気を外へ漏らさないバリアのようになっていて、さらにヤトの全身に毒が回っているために、魔物に害となる力、つまり霊力を乱して封じることが可能になっていたのだ。
例え誰かが万が一ヤトを見つけたとしても、霊力を封じられているので、ヤトの体内にいる魔物たちに殺されるだけだろう。
また、魔物は水が苦手である。海も当然水であるから、普通なら海底にこのような魔物の通り道があるなどとは、誰も考えない。
それにしても、長い道のりだった。
歩いても歩いても、入り口らしきものは見えてこない。
時折、道が分岐している所があって、そこを抜けてしばらく行って、また分岐点があって、という具合だった。
「…迷ったかも…。」
蓮花が困ったようにして言った。
「霊力が使えるようになったのはいいんだけど、そもそもここって、魔物の通り道にされてるわけでしょ。こんなに複雑な道なわけがないわ。魔物にしか分からない何かがあるんじゃないかしら…。」
蓮花は、伝視で、魔物を避けて安全な道を選んで進んでいた。何故ならば、強い妖気を、ずっと奥の方に感じていて、無駄に霊力を消費することを避けたかったからであった。しかしその方法が裏目に出て、迷ってしまったのではないかと焦った。
「だーから言ったんだ。俺に任せろってな。伝視なんかに頼らなくても、妖気の流れを俺が見ればいいんだ。なのに、蓮花がしゃしゃり出てくっから…。」
「なによ!それならそうとあんたが言えばいいじゃないの!」
「だいたい、蓮花は仕切りすぎなんだ。いつまでも俺をバカにしてな。俺は前みたいに弱くて頼りねー奴じゃねーんだ。いつまでも蓮花にリーダー面させてたまるかよ。」
「リーダー面って、なによそれ!私が一番強いんだから、当たり前でしょ!」
「おいおい、こんな所でケンカするなよ…。」
睨み合うエンマと蓮花の間に、蘭丸が割って入った。
「苛々するのは分かるけどさ。一旦落ち着こう。な?」
「あーあ。ここらで魔物でも出てきてくんねーかな。あんまり退屈すぎてよお。」
「体力は温存しておくものよ。無駄に暴れるのはバカのすることよ。」
「なにい!」
冷たい口調で言い放つ蓮花を、エンマはきっと睨んだ。
「なんだってさっきから…。蓮花も、一体どうしたんだよ。」
おろおろとして、蘭丸が蓮花を見た。
「…別に。」
蓮花は、何故か急に、エンマが憎らしく思えていた。
「さっさと妖気でも何でも見つけたらいいじゃない。」
わざと冷たく言って、蓮花はぷいと横を向いた。
「けっ、何だってんだよ。俺が何かしたっつーのかよ。」
エンマは怒るというよりも、不可解な蓮花の態度に疑問を覚えながら、妖気を辿って道を選び進んで行った。
蓮花は、どんどんと前を進んで行くエンマの後ろ姿を見ながら、急に湧き起こった憎らしさの理由を理解していた。愚かなプライド。里一番の霊術使いだという誇り。それが、ここへ来て、霊力が使えなければ何の意味もないということに気付かされたのだった。
それなのにエンマには、霊力も妖力も、またそれを超えた不思議な力もある。その凄さに圧倒され、感嘆したと同時に、本来負けず嫌いな蓮花の中には、エンマに対する複雑なライバル心といったものまで生じていた。
戦いの中に身を置いていないときには、エンマの中にある想像を超える力を素直に認め、そんな力を持つエンマに対し恋心さえ持っていたが、いざ戦いに身を投じれば、蓮花は、そのような女々しい心は掻き消えてしまうのだ。
それでもいつもの蓮花なら、自らの闘争心を支配し抑制して、努めて冷静に行動出来るはずだった。
心がざわめいていたのだ。無力な自分、弱い自分を気付かせてしまう目の前の少年に。
迷路のような道のあり方もまた、蓮花の心を苛々と乱していた。
「俺には未だに伝視は使えねーが、この魔眼で、なんとか道は把握出来るぜ。」
エンマは黄色の目で妖気を辿っていた。
「別に、俺たちを迷わせるためにこんなに道が分かれてるってわけじゃあなさそーだぜ。どれも全部根の国に通じてんじゃねーかな。多分、この通り道は全部、根の国から地上まで繋がってて、色んなトコに根を張って広がってて、そっから魔物が出てくる仕掛けになってんだ。だからヤトってのは、こいつ一匹と見たぜ。」
「じゃあ、魔物は根の国から地上まで、わざわざこんな複雑に入り組んでる道を、妖気を辿って通っていくわけ?」
さっきまでの苛々した気持ちをすっかりと心にしまい込んで、蓮花は言った。
「別に魔物からすりゃあ、複雑でもねーぜ。まあ、根の国から地上まで行くのはちょいメンドーだろうが、さっきのランカイチュウとかって奴から生まれた魔物からすれば、たいしたことねーんじゃねーかな。多分、ランカイチュウは他のトコにもいんじゃねーの。そっから魔物が生まれて地上に出てくんだよ。」
「じゃあ、さっき倒したのはその一匹に過ぎなかったってことか…。」
蘭丸が顎に手を当ててうーんと唸った。
「ま、そいつら全部殺しててもキリがねーし、どんどん根の国に向かって進んでった方がいいよな。根の国とこいつを繋いでるトコを見つけて、どーにか根の国から魔物が来んのを封じればいいんだからな。」
「兄貴!ヤトはどうなるの?」
ずっと黙っていたフータが言った。
「…さあな。別にヤトを傷付ける気はねーが、とりあえず根の国との繋がりを断つのが先決だからな。そのために、ヤトが犠牲になってもしゃあねーんだ。それはフータだって分かるよな。いくらヤトが元々は怪物でも何でもなかったとしても、今はこんなにでかくなってて、しかも魔物の通り道にされてんだからな。」
「ギセイ…って?」
「うーん…。人間を守るためには仕方ねーことだってあるんだ。難しいことを俺に聞くなよ。」
「分かった。」
にっこりと頷いて、フータは笑った。
何時間歩いただろう。
時々休憩しながら先を急いだが、まだまだ出口は見えてこない。
しかし、確実に、強い魔物の気配は近付いていた。
今、エンマたちはヤトという生き物の体内を通っていると同時に、海底を根の国に向かって進んでいるのだ。
強い魔物の気配は、ヤトの出口、即ち根の国への入り口となっている所に、まるで門番のようにして立ちはだかっていると思われた。
「おそらく、敵は二匹よ。大きな二つの妖気を感じたから。」
最後の休憩中、蓮花は言った。
「そいつらを倒せば、根の国へ行けると思うわ。だけど、今までの魔物とは桁違いの妖気を発してる。もしかしたら、私でも、倒せるかどうか分からない…。」
「だったら、俺の神力で…。つっても、あれは、たまたまマグレで発動出来ただけだったからな。また出来るかどうかは怪しいな。」
エンマは腕組みした。
「エンマは、根の国のことだけ考えていればいいわ。どうせ、仇討ちに行くつもりだったんでしょ。ヤトのことは私たちに任せて、エンマは根の国に向かうのよ。」
「蓮花!エンマを一人で根の国に向かわせるってのか?それは幾ら何でも…。」
「いや。蘭丸、俺は別に誰の助けもいらねーよ。雷鬼を倒すのは俺だからな。そのために、今まで修行してきたんだ。悪いが俺は、人間の国がどうのってことより、じじいの仇を討つことの方が大事なんだ。」
エンマは、きっぱりと言った。
「そういうと思ったわ。大丈夫。エンマはあんなに凄い力を発揮できたんだもの。あの力は、きっと雷鬼を倒すためにある。だからこんな所で無駄に力を使うことはないわ。」
道中、心が乱れることもあったが、蓮花は、それら全ての気持ちを認めていた。その上で、エンマのために自分に何が出来るかを考えていた。
蓮花の目は、エンマを信じ切っていた。そのまっすぐな目を見て、蘭丸も頷いた。
「そうだな。エンマにはやるべきことがある。俺たちにも。それぞれのやるべきことをやろう。…だけど、本当に、エンマ。お前一人で大丈夫なのか?」
「百パーセント大丈夫なんてことは有り得ねーだろ。修行ばっかりやって、はいこれで完璧大丈夫、なんてことにはなりゃしねーだろ。だから俺は命懸けで戦うぜ。敵いそうにもねー敵だろうが、俺は俺を信じてやるしかねーんだ。」
エンマは拳を握り締め、緑の目を輝かせて、強く自分に言い聞かせるように言った。
「大丈夫だよ、兄貴。おいらも兄貴について行くから。兄貴をおいらの風の力で、守るからさ。」
「フータ…。」
エンマは、何故かフータについて来るなとは、言えなかった。フータの力を借りたいとも、守られたいとも思わなかったが、フータの意志も、エンマと同じくらい固くて、最早それを止めることは出来ないと感じたからだった。
最後の戦いが待っている。
――絶対に雷鬼を倒してやる。そして絶対に生き残ってやる。
エンマの意志は今、ここにあった。そして、その先へと続く道も、見えてきていた。
――死ぬ気はない。絶対に生きてやる。
エンマの意志は、宙にゆらゆらと飛んではいない。
しっかりと、根を張るように、大地の上にぴたりと張り付いていた。
邪悪な妖気が強く漂っていた。
ここが、ヤトの終点だろう。
道がまた急に開けて、広くなった所に出た。
行き止まりのようだったが、微かに穴のようなものが開いている箇所があった。
しかし、その前に、二匹の魔物が立っていた。
魔物たちは、既に蓮花たちの気配に気付いていた。
二匹とも人の体をしていたが、一匹は、角の生えた牛のような頭をしており、
「馬の奴とは私が戦う。牛の奴は蘭丸、あんたの相手よ。」
蓮花は即座に戦闘タイプを見抜いて、蘭丸と二手に分かれて戦うことに決めると、エンマに目配せした。蓮花の考えを見抜き、エンマは頷いて、二人の後ろで身構えた。
「ここからは、通さねえぜ。」
馬頭の魔物が言った。
「あんたの相手は、私よ!」
蓮花はそう大声で叫んで、馬頭の魔物に向かっていった。
一方、蘭丸も、牛頭の魔物に向かって、刀を振り下ろしたが、鉄の棒であっさりと受け止められた。
魔物たちが二人に気を取られている隙に、素早くエンマとフータは瞬足で駆け出して、出口と思われる穴に手を掛けた。
「させん!」
それに気付いた馬頭の魔物が、手から炎をエンマたちに向けて放出した。
「ラアッ!」
馬頭の魔物の腕に、蓮花の蹴りが当たって、炎の軌道が少しずれて、エンマたちに炎は当たらなかったが、魔物自体にはほとんど、ダメージはなかった。
厚い筋肉に覆われた体が、霊気を跳ね返すほどに強い妖気を纏っていたのだ。
蓮花の霊気を纏った拳も、いともたやすく大きな魔物の手に受け止められ、逆に妖気で跳ね返され、蓮花は後方に飛ばされた。ぶつかった肉壁は柔らかく蓮花を受け止めたが、妖気に当たった蓮花の体には、鋭い痛みが走っていて、すぐには立つことが出来なかった。
牛頭の魔物も、鉄の棒に強い妖気を纏っていて、それを両手で振り回して蘭丸に攻撃してきた。蘭丸が霊剣を繰り出しても、鉄の棒で霊気を払われ、魔物の体には、一太刀も浴びせられなかった。
「く…!今までで一番強いな、こいつは…。」
少し距離をとって、蘭丸は深く息を吐いた。
苦戦している二人を見て、エンマの気持ちが揺らいだ。
「やっぱり、俺も…!」
「駄目よ!エンマ、あんたにはあんたのすべきことだけ考えて!私たちなら大丈夫だから!」
蓮花は、必死に馬頭の魔物と戦いながら、エンマに向かって叫んだ。
「行け!エンマ!お前は雷鬼を倒せ!お前にしか出来ないことをやれ!」
蘭丸は刀を構え、牛頭の魔物を睨み据えながら叫んだ。
二人の必死の思いに突き動かされ、エンマは、出口の穴を開けて外へ飛び出した。続いてフータと小太郎も。
ヤトの外には、土に穴を掘って作ったような洞穴が垂直に、上まで長く伸びていた。
エンマとフータは飛天術で上を目指して飛んでいった。
この上に、根の国がある。
この上に、あいつがいる。
エンマの心は静かだった。
憎しみだけに囚われてはいない。
未来が心の中にある。生きたいという強い思いがある。
――死んでもいいからあいつを倒すのではなく、生きたいからあいつを倒すんだ。
これから先も、ずっと人として生きていくために。
これから先も、ずっと自分として生きていくために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます