第21話 抗う狂気
陽が傾き、空は茜色に染まり始めた。闇を纏いし悪魔はゆっくりと静かに宙に舞い上がった。その体から吹き出す黒い靄がまるで生き物のように伸びては縮みを繰り返している。
「
まるで悲鳴を上げるかのようにプルジャが呪文を唱える。巨大なボストロールが次々に現れ一斉に悪魔へと襲い掛かった。小さな獲物を握り潰さんと手を伸ばし、群がるようにボストロール達が一気に悪魔を取り囲んだ。鋼のような巨体同士がぶつかり合い大地が揺れる。だが次の瞬間、まるで腐肉が朽ちていくように、ボストロール達の体は黒い煙を噴きながら、肉を失い骨となりガラガラと音を立てて崩れ落ちていった。
悪魔は不気味な笑みを浮かべたまま、まるで何事もなかったかのようにふわふわと宙を漂っている。
「
森の中で熊に襲われる小鹿のように、怯えた表情のプルジャが再び死霊を呼び出す。ドラゴンにワイバーン、スケルトンにゴブリン。まるで使役している全ての死霊を吐き出すかのように彼女は一心不乱に杖を振っていた。
だがそれらは悉く悪魔によって消し去られていく。ドラゴンの炎でさえもあっけなく霧散し、下級の魔物達は近づくことすら叶わなかった。
「落ち着けプルジャ! 魔力が切れちまうぞっ!」
傷が癒えたアンクバートがプルジャに叫んだ。それでもなお彼女は何かに憑りつかれたように杖を振る手を止めようとはしない。
「ダメ! まだ完全に乗っ取られてはいないはず! 早く、早くしないと!」
「……そんなにやべえのか? 悪魔ってやつは」
「あいつは冥界の中でも最高位の悪魔。アルディモーニ……もう術を解く事は出来ない! 早くレベリオを――!」
これほどまでに狼狽えるプルジャを見た事はなかった。おそらくもうレベリオを殺すしか手はないのだろう。おれは両手の剣を握りしめ悪魔を見据えた。
「
魔力が体中を駆け巡り、血が湧き肉がはち切れそうになる。いつにも増して狂暴な思考が理性を食い破ろうとしてくる。悪魔の姿となったレベリオに向けるのは憎しみや怒りかそれとも
「
おれは両手の剣を絶え間なく振り続けた。だが悪魔を覆う黒い靄が、まるで触手のように伸びてきて剣の軌道を逸らしていく。切っても切って手応えはなく黒い羽根が舞い散るばかり。やがて悪魔の手が剣へと形を変えると物凄い速さで振り下ろされた。
「ぐっっ!!」
辛うじて二本の剣を交差させ防いだがその衝撃で骨が音を立てて軋む。悪魔は剣を引くとすぐさま横薙ぎに切りつけてきた。体を捻じらせぎりぎりでそれを躱す。だが次の瞬間――。
「
悪魔が広げた手の平から無数の黒い蝶が、まるでドラゴンが吹く炎のように勢いよく迫ってきた。一瞬で目の前が真っ暗になり吹き飛ばされる。いくら剣で振り払おうとしても暗闇から抜け出せない。
「ぐぅあぁぁぁーーー!!!」
身に纏う鎧をすり抜け、黒い蝶が体に直接触れる。その瞬間体が焼かれたように熱くなり皮膚が爛れ腐り落ちるような感覚。魔力を体中に張り巡らせそれを防ごうとするがその魔力さえも吸い取られてしまう。激流に流されていくように、おれはそのまま地面に強かに打ち付けられ背中に衝撃が走った。
体中を覆う黒い蝶の羽音が絶え間なく鳴り響く。
「
暗闇の中で聞こえてきたのはとても懐かしい声だった。痛みが和らぎ暗闇が晴れていく。眩い光がおれを包み込み、体を覆い尽くしていた黒い蝶達は徐々に消え去っていった。
「……センシアさん」
頭をもたげたおれの視線の先には肩で息をするプルジャの姿。
そしてその横ではセンシアさんが優しい微笑みを浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます