第12話 呪いの解呪


 宰相の執務室で私は再び尋問を受けていた。ロディの問い掛けに対し、私は事前に決めていた架空の話を淡々と喋っていた。質問が終わると書記官が書類を抱えながら部屋を出て行った。


「もう呪いは解いてあげてもいいでしょう? ロディ様」


 部屋の隅で待機していたアジュダが私の方へと近寄ってきた。後ろには魔法省の人間が二人ほど付き添っている。


「よろしく頼む、アジュダ」 


 ロディがそう言いながら席を立つと、私はアジュダに手を引かれ部屋の中央に置かれた椅子に座った。


「心配しないでレベリオ。これと似たような呪いは解呪した事あるから。ちょっと……いや結構痛いかもしれないけど我慢してね」


 私を安心させようとアジュダがにこりと微笑んだ。私も軽く笑みを返しながら頷いた。


 私を囲うようにして三人が三角形に立ち身構えた。正面に立つアジュダが長い詠唱を唱え始めると足元に魔法陣が現れた。さらに詠唱が続けられると次第に首筋の呪術印がじりじりと焼けるように熱くなっていった。焼けつくような痛みに、私は奥歯を噛み締め必死に堪えた。そして皮を剥ぎ取られるような激痛が首筋に走った。


「うっ!」


 意識が飛びそうになった瞬間、ようやく魔法陣が消え痛みが和らいでいった。首筋からわずかな血がつーっと流れた。全身の力が抜けふらりと倒れそうになった私をアジュダが抱きかかえるようにして支えてくれた。


「頑張ったねレベリオ。もう大丈夫だよ」


 彼女は私を抱きしめながらハンカチを取り出すと首から流れる血を拭き取ってくれた。


「ちょっと出血したみたいだね。ちゃちゃっと自分で治しちゃって」


 アジュダにそう言われたが、今の私はその小さな傷さえ治す事が出来ない。


「体に力が入らなくて……魔法が出せないの」


 アジュダにだけ聞こえるような小声で私は言った。彼女は少し驚いた表情を見せたがすぐに柔らかな笑みを浮かべた。


「ロディ様。念のためレベリオを治癒室に連れて行ってもいいでしょうか?」


「ああ、その方がいいだろう」


 特に心配した様子も見せずロディはそう答えた。私はアジュダに支えられるようにして執務室を後にした。治癒室へと向かう途中、私はアジュダの耳元でささやいた。


「あなたに話したい事があるの……」


 彼女は何も言わずに頷いた。服従の契約が解かれた今、ようやく真実を伝える事が出来る。私はこれまでの事を彼女に語り始めた。






「どういう事だ?」


 おれはプルジャに問い掛けた。彼女はぺたりと床に座り込みながらおれを見上げた。


「ネクロマンサーは使役した死霊の力を操る事が出来る。たぶん聖女様レベリオは母親の力を使っていた」


「使うつっても限度があるんじゃねえのか? レベリオはちゃんとした聖女認定を受けてんだぞ?」


 アンクバートが煙管を拾い上げ再びタバコの葉を詰めながら訊いた。


「普通は全部の力を引き出す事は不可能。でも彼女達は親子。より深く死霊との結びつきが持てるはず」


 確かにプルジャの推測は頷けるものがある。だがどうしても解せないのは、なぜその事をおれに教えてくれなかったのだろうか。今回の一連の事も含め、小さな疑問の数々がおれの中に暗い影を落としていく。



「とりあえずはもう少しセンシアさんの記憶を見せてくれないか?」


 おれがそう言うと、プルジャは少し面倒くさそうな顔をしながらよいしょと立ち上がろうとした。だがその時、彼女よりも前にアンクバートが椅子を倒しながら立ち上がった。


「待て! 遠くに魔物の気配がする。しかも大量だ」


 彼の言葉を受けおれも索敵を試みる。わずかに感じた魔物の気配が徐々に強くなっていった。


「スタンピートだ――」


 

 おれとアンクバートはすぐさま屋敷の出口へと向かう。プルジャの吐いた長い溜息が背後から聞こえてきた。


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