第48話 ゆうべはおたのしみでしたね
「あー! ズルいー! ソウジンとラヴィアンがあたしに内緒で二人だけで朝食を食べてるー!」
朝焼けに染まる海沿いのテラス席。
とある大人の男女がホテルのモーニングビュッフェを食べ終えお茶をしてくつろいでいると、色とりどりの料理が乗った大きなお皿を両手にピンクゴールドの少女が『昨晩はぐっすり寝ました』という顔で駆け寄ってくる。
無垢な少女から無垢ではない大人たちが気まずそうに目を逸らしたのは言うまでもないことだった。
「あたしも一緒に食べていい? それともお邪魔だった?」
少女が眩しい笑顔でからかってくる。
普段なら『はい。邪魔しないでくさい』と余裕で応戦する青年だが、
「じゃじゃ、邪魔なわけ、ないじゃないですかー! ねー? ラヴィアン?」
今朝に限っては必死で否定してしまう。
「え……ええ……もちろん。エウレカなら大歓迎よ」
普段クールなダークエルフも今朝はどことなく落ち着きがない。羽織りモノをグイッと引っ張って無防備な胸元を慌てて隠している。
「そもそも、俺たちもレストランで偶然、会っただけなんで!」
「そうよ! だったら、せっかくだし? 一緒に食事をしようかなって」
「まったくもってその通り! 非の打ち所がない説明!」
嘘つきは口数が多いと言うが、どうやら本当らしい。
「へー! そうなんだー! 二人はすっかり仲良しさんだね! 大好きなラヴィアンとソウジンが仲良くしてくれてあたしは嬉しいよ!」
疑うことを知らない少女の笑顔に嘘まみれの大人たちの笑顔は固まっている。
居心地が悪かったのだろう。
「ごめんなさい。私、ちょっと席を外すわね」
ダークエルフの彼女がそそくさとレストランから出てゆく。
すると、少女がハッとした表情を浮かべて青年に耳打ちしてくる。
「ねえねえ。ソウジン。パーティー加入の件、ラヴィアンにもう伝えた?」
「いえ、まだ言ってません……」
「じゃあ! ラヴィアンが戻ってきたら言う?」
「いやー、止めといたほうがいいんじゃないですか?」
「え? なんで? 無理っぽい?」
「ええ。彼女とパーティーを組むのは無理でしょうね」
主に青年の精神衛生上の問題として。
「なによ! ソウジン! 昨日までと言ってることが違うじゃん!」
「まあ、その、昨日とは少々状況が変わりまして……」
「状況ってなに? なにが変わったの?」
「いや、別に……具体的になにがってことはないんですけど……はい」
なぜか声が裏返る。
「もう、なんだか、はっきりしないなぁ……」
お嬢様は不満顔である。
(いや、無理でしょ……同じパーティーとか気まずすぎるって……)
このたとえが正しいかどうかは分からないが、合コンに参加したら元カノがいたくらい気まずいのである。
他の参加者に気を遣わせないように初対面の振りをしていたら『なんだか二人ってお似合じゃない?』とか言われてしまうくらい気まずいのである。
「二人でなに話してるの?」
ダークエルフの彼女が身だしなみを整えて、いつも通りのクールな仮面をまとって戻って来る。さすがはできる女である。
すると、煮え切らない青年には任せておけないと思ったのだろう。ピンクゴールドの少女が勢い良く席を立つ。
「ラヴィアン! もし! まだ参加するパーティーが決まってないなら……あたしたちのパーティーに入って欲しんだけど!」
予想外だったのだろう。ラヴィアンが目を丸くしている。
「私が? エウレカたちのパーティーに? 考えもしなかったわ」
「なら、考えて!
「
「そっか。ラヴィアンってソウジンの戦ってるところ見たことないんだ」
「ええ、そうね」
「ソウジンは攻めて攻めて攻めまくって、反撃する隙すら相手に与えない超攻撃的なタイプだよ」
「……ええ。確かにそうね」
「火力特化の短期集中タイプかと思いきや! 意外とソウジンは体力もすごいんだ! 楽園の時もあたしのほうが先にバテちゃったもん! ソウジンはまだまだ余裕って顔だったのにさ!」
「……うん。よく分かるわ」
「見たことないのに分かるんだ! さすがだねラヴィアン」
「ええ。私もいろいろと経験してるから」
なぜだろう。さっきから青年のカップを持つ手が小刻みに震えている。
「お願いだよ! あたしは『どうしてもラヴィアンのことが欲しい』の!」
「あら、そのセリフ……昨晩も誰かに言われたような気がするわ」
なぜだろう。褐色の彼女が冷たい眼差しを青年に向けてくる。
「当然だよ! ラヴィアンみたいな美人で賢くて強い冒険者は他にいないもん! みんなラヴィアンのことが欲しいに決まってるじゃん!」
「仰る通りでーす!」
全力で乗ってゆくぅ。
「うーん、エウレカたちにはエリクサーの借りがあるけど……ジャンヌからも戻ってこないかって誘われているのよね……」
ラヴィアンが悩ましげに銀色の長い髪をかき上げる。
「そっかぁ……ジャンヌは元パーティーメンバーだもんね」
「いやー、お嬢、しょうがないですよ! こういうのは元鞘に納まるのが一番、波風が立たなくていいんです!」
「ソウジンくん……いやにあっさりと引き下がるわね? 私がパーティーに加入したらなにか困ることでもあるのかしら?」
彼女がテーブルに頬杖を付きながら見つめてくる。
「やだなー、困ることなんてあるわけないじゃないですかー! むしろ残念で仕方がありませんジャンヌによろしくお伝えください」
「私はまだジャンヌのパーティーに戻るとは一言も言ってないんだけど?」
旦那の浮気を疑う奥さんのごとく彼女が
果たして今の自分は上手く笑えているだろうか。
ピンクゴールドの少女が「むー!」と頬を膨らませる。
「もう! 今朝のソウジンはなんだか変だよ! 昨日までは『俺が彼女を口説き落としてみせます!』って豪語してたじゃん!」
「あらあら、ソウジンくん、そんなこと言ってたの?」
「いや? 言ったかなー? 記憶にございません」
「言ったじゃん! 手段を選ばなければどうにでもなるとか! 俺のテクニックをみせてやるとか! 罪悪感に付け込めば真面目なラヴィアンなんてイチコロだみたいなこと言ってたじゃん!」
「お嬢ー! 待ってー! 言ってない言ってない! もしかしたら近いこと言ったかもしれないけど、そこまで直接的な表現はしてない!」
「同じことじゃん!」
「それが同じじゃないんだなぁー!」
「ふーん。そっか。私、そんなチョロい女だと思われてたんだ」
褐色の彼女がにこやかに微笑んでいる。
「そっかそっか。私、まんまと騙されたんだ。信じてたのにな。嬉しかったのにな。全部、嘘だったんだね」
「あの、ラヴィアン、違うんすよ……」
「いいの。気にしないで。こういうのって騙されるほうが悪いんだもの」
大人の男女が醸し出す不穏な空気に少女があたふたと戸惑っている。
「ラヴィアン? もしかして怒ってる……?」
「いいえ。エウレカ。怒ってないわ。少し傷ついてるだけ」
彼女の言葉が胸にグサリと突き刺さる。
さすがにこれ以上は耐えられない。彼女に申し訳ない。ちゃんと誠意ある態度を示すべきだろう。
青年は彼女の足元に
「どうか俺たちのパーティーに入ってください。お嬢にはラヴィアンが必要です。もちろん、俺も……君が
彼女は目を見開き大きく息を呑む。
やがて息を吐いてエウレカに優しく微笑む。それから青年の手を痛いくらいに握り返してくる。
「ええ。喜んで……でも先に言っておくと、私、すごく久しぶりなの。冒険者。だから最初は……優しくしてね」
そう彼女が青年にだけ悪戯っぽく微笑む。
「やったー! ラヴィアン入ってくれるんだ! 嬉しいー!」
無邪気に喜ぶ少女の
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